37 代理戦争の幕開け
澄んだ冬の青空に空砲が上がる。
轟音と共に白い煙が流れ、聖騎士団訓練場は熱気に包まれていた。周囲には臨時の屋台が立ち並び、色とりどりの布がはためき、香ばしく焼ける肉の匂いが漂う。まるで祭のような光景だった。
アレクシスは消えていく煙を仰ぎ見ながら、小さく嘆息した。
「さすがに……これは俺の想定を超えてきたな」
胸当てをまだ着けていない彼は、白いシャツの袖を肘までまくり、風に靡く襟元を指で整える。
冬の陽を受けたブーツとトラウザーが、磨き上げたような黒光りを放っていた。
背後に並んだ三人の学友たちは、それぞれ誇らしげに笑っている。
「我が商会も店を出しているのです」――鼻高々に言うのはエーリヒ。
「うちの領地産のお酒も並んでるよぉ」――マティアスも得意げだ。
ただ一人、ルーベンだけがアレクシスと同じように苦笑を漏らしていた。
「やぁ、王弟君」
軽やかな声に振り返れば、正装に身を包んだカエリウスが立っていた。
海の色を思わせる深い青のフロックコートが膝まで流れ、白のシルク・クラバットが喉元で柔らかく結ばれている。
胸元の銀飾章が淡い冬光を弾き、彼の気品をいっそう際立たせていた。
「殿下……これはもはや……祭りでは」
「祭りだとも。派手でいいだろう?」
その余裕の笑みに、アドリアンの苦労が脳裏をよぎる。わずか一週間でこれを整えさせたのだ。
「ほら、アレクシス殿下。お客様をお連れした」
カエリウスが後方を示す。
人々の賑わいの中に、場違いとも思えるほどの冷気を帯びた一団があった。
聖光教会教皇グレゴリウス。
宰相オイゲン・リューデル。
財務卿リヒャルト・ヴォルフシュタイン。
そしてヴァルトハイム公爵。
アレクシスはカエリウスを見やる。青い瞳の男はゆったりと頷いた。
「皆、君を見にきた。王弟派の人間としてね。この意味がわかるかい?」
「はい」
「これはアレクシス対恋敵の小競り合いじゃない。王弟派対皇王派――代理戦争だ。存分に力を示せ」
彼らは皆、正装に身を包み、その存在自体が大きな後ろ盾であることを示していた。
アレクシスはカエリウスの底冷えするような青の瞳を真っ直ぐに捉え、手を差し出す。
固く握り合い、そして抱擁を交わした。
その光景を、訓練場を取り囲む群衆が目に焼き付ける。
――王弟の背後には、セレスタ王国、教皇、宰相、財務卿、ヴァルトハイム公爵が立っているのだと。
アレクシスは彼らとも順に握手を交わし、深く一礼した。
「軍務卿は来ない。試合の立会人を務めてもらうからね。公平を保つために、事前に君と会うのは避けたいそうだ。悪く思わないでくれ、とのことだ」
カエリウスの言葉に、アレクシスは訓練場を仰ぎ、口の端を上げた。
「はは……ありがたい。わかりました」
背を叩くカエリウスの手は、不思議と温かかった。




