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36 牙を剥く影

 聖騎士団の訓練場。冬の空気が鋭く肌を刺し、吐息は白く蒼く立ちのぼる。土の場に残る足跡が、冷えた風にかすかに震えた。


 アレクシスは木剣を握り続け、額に滲む汗を拭わずに繰り返し打ち込む。振るうたびに木の響きが乾いて広がり、周囲の静寂を断ち切るようだった。相手を務めるのは聖騎士団副団長ディートリヒ。鉄のように締まった体躯に、闘志と職掌の重みがにじんでいる。


「殿下、もう一度だ」

 ディートリヒが盾を固く構え、アレクシスの斬撃を正面で受け止める。受け手の足がしっかりと粘ると、打撃の反動が腕へ返る。痛みが走るはずだが、アレクシスの動きは途切れない。


「勢いだけでは勝てぬ。心構えを忘れるな」

 ディートリヒの聲は厳しく、だが苛立ちではなく師の冷たさを帯びていた。刃は技と同時に精神を試す。副団長の指摘は、ただ技術を磨けというだけのものではない。


 アレクシスは一度深く腰を落とし、呼吸を整えてから構えを取り直す。木剣が斜めに軌跡を描き、ぶつかるたびに訓練場に淡い衝撃が走った。仲間の拍手も声援もない。二人だけの世界で、彼は剣を振るい続ける。


◇◇◇


 日が傾き、薄紫の陰影が空を染める頃。稽古を終えたアレクシスは、剣を肩に預けたまま場の端に立っていた。寒風が衣を揺らし、吐く息が細く流れる。


「殿下、調べてきたよ」

 駆け寄ってきたのはマティアスだ。笑みの少ない顔で、握りしめた羊皮の端を見せる。普段の朗らかな調子は消え、報告の重みだけが残っている。


「どうだった」


「噂を流しているのは……力を失った皇王を傀儡にしようとしている勢力。その中で最も力が強いのがホーエンベルク家──コンラートの家だね」


 マティアスの声音に、風音が掻き消される。事実は冷たく眼前に広がる。

 アレクシスは剣先をゆっくり地に突き、手の平に伝う冷たさを確かめた。


「……後悔させてやる」


 風が鳴り、剣先にわずかな光が宿る。刃に映るのは決意だけだった。

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