35 覚悟の重み
「なぜ! 何故そんな無謀なことをなさったのです!」
ヴァルトハイム公爵家の応接間に、クラリッサの悲鳴のような声が響いた。
重厚な暖炉の火がぱちりと弾ける中、アレクシスはヴァルトハイム公爵と向かい合っていた。そこへ駆け込んできたクラリッサの姿に、場の空気が一変する。
アレクシスは一瞬公爵と目を合わせると、腕を組み、わざと気楽そうに壁へ視線を逸らした。
「きっかけは……カエリウス殿下に提案されたからだけど、やっぱりコンラートを一発殴りたかったからかな」
「……え」
クラリッサが息を呑む。
その先を引き取ったのは、公爵だった。
「これで、皇王派か王弟派かも見極めやすくなる。私はむしろ面白いと思うがね」
「お、お父様まで……!」
クラリッサの声は震えていた。
「もし、もしものことがあったらどうなさるのです!」
しかし男二人はどうにも落ち着き払っていて、まるで戦の準備をしている将のように見えた。
「クラリッサ」
公爵は娘を真っ直ぐに見つめる。
「私は伊達にヴァルトハイム公爵を名乗っているわけではない。アレクシス殿下も、お前も――まとめて守ってみせる」
その横で、アレクシスが立ち上がった。
クラリッサの前に進み出て、両手を取る。
「貴女を景品のように扱ってしまうこと……それは謝りたい」
琥珀の瞳が揺れる。
「だけど、どうか俺を信じて欲しい」
「殿下……」
灰青の瞳は不安と安堵のあいだで揺れ続けた。
◇◇◇
対話を切り上げて廊下に出ると、ヴァルトハイム公爵夫人が待っていた。
穏やかにまとめられた金の髪が柔らかく光を受け、慈愛に満ちた笑みをより美しく見せていた。
「クラリッサ……」
「お母様」
夫人はクラリッサを抱き寄せ、静かに背を撫でた。
「貴女を守るために、アレクシス殿下は立ち上がられたのです。お父様もまた、貴女の幸せのためなら死力を尽くすでしょう」
クラリッサの唇が震える。
「……でも」
「だからこそ、貴女は堂々としていなさい。そして、あの方々を信じなさい」
夫人の声は穏やかだったが、揺るぎない強さがあった。
「それが覚悟をするということです」
クラリッサはしばし目を伏せ、やがて小さく頷いた。
「……はい」




