34 白手袋
クラリッサとマルタを公爵家の馬車に送り出した後、カエリウスはアレクシスに小さな包みを手渡した。
「これは……?」
開ければ、真新しい白手袋。
「敵対勢力との争いは、王になれば一生つきまとう問題だ。だがな――愛する女を傷つけた男を叩き潰すのは、すぐにやってもいいんじゃないか?」
「え……つまり?」
「どーんとやれ。細かい段取りはアドリアンがする。何より、私が楽しい。派手に頼むぞ。な、アドリアン」
アドリアンは深いため息をつき、アレクシスに頭を下げた。
「手配はすべてこちらで致します」
心なしか顔色が青い。
「……ほんとに?」
戸惑うアレクシスを置き去りにして、カエリウスは軽やかに背を向けた。
◇◇◇
大学校と高等学園が共用するカフェテラス。昼下がりの陽光が石畳の床に反射して、ざわめく学生の影を長く落とす。
アレクシスはマティアスと共に席について時を待つ、やがて近づく足音に視線を向けた。
先導するエーリヒとルーベン。その後ろに、女学生たちを従えるようにコンラートが悠然と歩いてくる。
アレクシスは深く息を吸い、椅子から立ち上がった。
「お呼びと伺いましたが?」
薄く笑うコンラートの前に、アレクシスは手にしていた白手袋を放った。
ぱさり。
石畳に落ちた瞬間、周囲の女学生たちが短い悲鳴を上げる。
「……これまた随分と古典的だな」
コンラートの声には揶揄が滲む。
だがアレクシスの低い声が、その場の空気を一変させた。
「私の婚約者、クラリッサ・ヴァルトハイムの名誉のために――お前に決闘を申し込む」
黒に沈むような琥珀の瞳。その眼差しに射抜かれ、テラスのざわめきは凍りつく。
コンラートは静かに手袋を拾い上げ、にやりと笑った。
「僕も剣には自信がある。受けて立とう。ただし、もし僕が勝ったら――クラリッサ嬢に結婚を申し込む。責任は取らなくちゃね」
再び女学生たちが悲鳴を上げる。
「もちろん、断られるかもしれない。でも“申し込む権利”を得られるだけでも価値は大きいだろう? それに、僕たちの名誉もかかっている」
アレクシスは一歩踏み出し、宣言した。
「一週間後、聖騎士団訓練場で会おう」
踵を返す。
背後から聞こえるコンラートの不敵な笑いが、いつまでも耳の奥に焼きついて離れなかった。




