33 抱擁と策謀
アレクシスは、先ほどまでマルタが座っていた椅子に腰を下ろした。少し迷ったのち、そっとクラリッサの背に手を添える。
ゆっくりと顔を上げた彼女の灰青の瞳は、いつもの理知的な光を失い、不安に揺れていた。その様子に、アレクシスの胸は痛むほどに締め付けられる。
窓の外では冬の風が唸り、ガラスを震わせる。廊下の遠くからは、まだ学生たちのざわめきが尾を引いていた。
「殿下……。わたくしは、決して……」
「俺が、あんな噂を信じていると思うのか?」
アレクシスの即答に、クラリッサは口元に当てていたハンカチを外し、胸の前で握りしめる。
「殿下をお支えすると決めたばかりなのに……こんな……体たらくで……」
俯いた拍子に、雫がひとつ、白い手の上に落ちた。
たまらずアレクシスは、クラリッサの震える肩を抱き寄せる。
「クラリッサのどこを責められるというんだ。君はいつだって正しい生き方をしている」
「わたくしは……男性が怖いのです。あのような目で見られて、立っていることさえ……」
抱き寄せる腕に力を込め、反対の手で髪を静かに撫でる。少しでも、この思いが伝わるように。
「クラリッサ。俺が君を守る。君が弱い俺を支えてくれているように、俺がそんな弱い君を守る。一人で立たなくていい。……俺では、頼りないか?」
答えの代わりに、クラリッサは勢いよくアレクシスに抱きつき、背に両腕を回した。
「いいえ……。いいえ!」
静かに胸元で啜り泣く彼女を、アレクシスは言葉を差し挟まず、ただ強く抱きしめ続けた。
西の窓から差し込む夕陽が部屋を淡く赤に染め、外の喧騒はいつしか遠ざかっていた。
◇◇◇
一方その頃――。
廊下で待機していたカエリウスは腕を組み、壁に背を預けたまま、ふと天井を仰ぐ。
「アドリアン。私はやはり天才かもしれない。とてもいいことを思いついた」
「殿下の“いいこと”で本当に良かった試しが、あまりないように思いますが」
カエリウスは構わず口角を上げる。
「とにかく、君に用意してもらいたい物がある。やってくれるだろう?」
アドリアンの整った顔が見る間に歪み、露骨に嫌そうな表情になる。
横で聞いていたマルタは事情を掴めず、ただ目を丸くして二人のやり取りを見つめていた。




