32 渦の中で
「これは、やはり……あの件からか。アレクシス殿下の誕生宴」
カエリウスは腕を組み、低い声でマルタに問いかけた。
「おそらくは……」
「私も賓客として出席していた。クラリッサ嬢とも挨拶は交わしたな」
「はい。覚えております」
「あの騒ぎは遠目に見ていたが、殿下がすぐ駆けつけたので問題ないと思った。……少し私も甘かったようだ」
マルタはクラリッサを抱きしめながら、ただ首を振るしかなかった。
◇◇◇
靴音が石畳を打つたび、苛立ちが胸の奥で弾けていく。
大学校の廊下を駆け抜けるアレクシスの心臓は、焦燥と怒りで焼けつくようだった。
噂が宮廷に広がっているのは知っていた。だが高等学園では耳にすることは少なく、後手を踏んだ。
小会議室の前で待っていたアドリアンが一礼をし、すぐに扉を開ける。
中は薄暗く、窓には冬の曇天が重く垂れ込めている。
クラリッサはマルタに抱きしめられるように椅子に身を預け、顔を俯かせていた。
その傍らから、カエリウスが足早にアレクシスへ近づき、低い声で囁く。
「噂の広がり方が異常だ。学生の戯言ではない。……政治的な目論見がある。おそらく、大物が背後にいる。覚悟しておけ」
その言葉とともに向けられた青い瞳は、氷のように冷たく澄んでいた。
アレクシスはその眼差しに囚われ、一度瞳を伏せ、深く息を吸う。
そして顔を上げた時――琥珀の瞳は沈むように暗く、決意を宿していた。
「……はい」
カエリウスは不敵に笑い、振り返ってクラリッサとマルタを見やった。
「マルタだったな。君もこちらへ」
「ですが……お嬢様が……」
「心配いらない。アレクシス殿下は紳士だから」
片目をつむりウィンクするカエリウスに、マルタもアレクシスも同時にギョッとした。




