3 幼き王弟の涙
構内をゆったりと歩く。アルブレヒト王国の王立大学校は同敷地内に高等学園も併設され、学生たちの姿が入り混じる。
回廊の向こうからは鍛錬場の威勢の良い掛け声が響き、春の澄んだ空気を震わせていた。
「興味深い女性だったな、アドリアン」
「そうですね」
留学してまだ数日のカエリウスと秘書官アドリアンは、構内の把握も兼ねて散策を続けていた。
「彼女は法学専攻。大変優秀で、皇国宰相から宰相補佐に迎えたいと言われるほどだそうです」
「へぇ。皇国では女性の官吏はもう一般的なのか?」
「いえ、前例はありません。もし任用されれば、クラリッサ嬢は皇国初の女性官吏になります」
「なるほどな……。年齢的には兄王の方が近いのでは?」
「レオポルド皇王はすでに御成婚済みで二十八歳。だからこそ、年下とはいえ王弟殿下の婚約者に、と」
「ふぅん」
カエリウスは足を止める。
視線の先、屋外鍛錬場のベンチに栗色の髪の少年がぽつんと腰掛けていた。背後には護衛らしい男が控えている。カエリウスが軽く手を掲げると、護衛の男は小さく会釈した。
音を立てぬよう隣に腰掛けると、気づいた琥珀色の瞳が驚きに揺れる。
「うわっ!」
「やぁ、王弟君。着替えたんだね」
アレクシスは言葉を失い、口を引き結んでカエリウスを睨みつけた。
「……いつからだ。いつから俺のクラリッサに手を出していた」
静かだが怒気を含んだ声。
カエリウスは笑みを崩さず、軽く首を傾げる。
「確かにクラリッサ嬢は美しい。貴方が惹かれるのも当然だ。だが、彼女は俺の婚約者だ」
「……誤解だ。今日、初めてまともに話したんだよ。君が想像するような関係じゃない」
「くそっ! やっぱり俺みたいなちんちくりんより、大人の男の方がいいんだ!」
「……私の話を聞け」
アレクシスの大きな瞳に涙がじわじわと盛り上がり、カエリウスが珍しく慌てる。
「え……? 泣くの?」
アレクシスは手のひらで涙を乱暴に拭った。
「俺の背が低くなければ……。頭がもっと良かったら……。彼女に並び立てたのに……」
カエリウスは小さくため息を吐き、彼の背中を軽く叩いた。
「私から見れば、君たちは十分お似合いのカップルだけどな」
アレクシスは嗚咽を押し殺し、ただ拳を握りしめる。
仕方なく、カエリウスは彼が泣き止むまで隣でじっと座り続けていた。




