29 皇国大騎士団訪問
冬の冷たい風が吹き抜ける皇都の外れに、石造りの威容を誇る皇国大騎士団本部があった。堅牢な城壁に囲まれたその施設は、まさに軍事の心臓。武門の誇りを示す旗が高々と翻り、訪れる者を威圧する。
アレクシスはクラリッサを伴い、重厚な扉をくぐった。広間を抜ければ、武具を纏った騎士たちの視線が一斉に集まる。驚き、そして静かな敬意。彼らは少年の頃から訓練に加わってきた王弟をよく知っていた。
軍務卿ハルトヴィヒ・ツェルナーが執務室に姿を現すと、周囲は自然に静まった。灰色の髭を蓄え、鋭い眼光をもつ歴戦の将。アレクシスは一歩前に進み、軽く顎を引いて目礼した。
「軍務卿。ご無沙汰している」
ツェルナーは短く頷き、わずかに笑みを浮かべる。
「殿下。もっと早くお顔を見せていただければと思っておりましたぞ。宰相殿や財務卿にはもうお会いになられたとか。私どもが最後とは、いささか寂しい」
軽口めかした声音に、アレクシスは琥珀の瞳をわずかに揺らし、苦笑を返す。
「最も信頼しているからこそ、最後にさせてもらった。軽んじたわけではない」
「ならば良い。殿下が若き日から稽古に励まれた姿は、我らがよく知っております。殿下を仰ぐことに、誰一人異を唱える者はおりますまい」
クラリッサがそっと一歩進み出て、深く一礼する。
「殿下がこの先どのような道を歩まれるとしても、国のために共にあられる方々がいることを願います」
ツェルナーはその言葉に頷き、再びアレクシスを見た。
「殿下。私はこの剣を、国のために振るい続けましょう。殿下のお考えを深く問うことはいたしません。だが、いざという時には、この身をもってお支えいたします」
その眼差しは、忠誠よりもむしろ覚悟を示すものだった。
「……頼もしい言葉だ」
アレクシスはゆっくりと息を吐き、視線を正面に据えた。
「私もまた、この国の未来のために歩む」
軍を動かす者に、軽々しく「王になる」とは言えない。
その一言を口にするだけで、謀反の火種になりかねない――。
アレクシスは慎重に、しかし確かに意志を滲ませた。
クラリッサが背後で静かに微笑む。
◇◇◇
大騎士団本部を後にした二人は、その足で聖光教会本部へ向かった。大広間では戒律改編の会議が続いており、教皇グレゴリウスを中心に聖職者たちが意見を交わしている。そこに立ち会っていたカエリウスが、扉口の二人に気づいた。
「やぁ、王弟君。それにクラリッサ嬢も」
カエリウスは青い瞳を細め、口角を上げる。
「並んで立つ姿、なかなか様になっているじゃないか。うまくやったものだね」
その言葉に、アレクシスの頬が一気に赤く染まる。
「……はい」
言葉に詰まると、クラリッサが驚いたように横目で見た。
「ははは。そうか、声変わりも終わったのか」
カエリウスは少年をからかうように笑い、片手を軽く振った。
「あんなに泣いてた少年が。立派な青年になったね」
「……からかわないでくれ」
アレクシスは口を尖らせながらも、どこか嬉しそうに目を逸らした。




