26 玉座の影
王城、謁見の間。アレクシスは兄レオポルド皇王と相対していた。
数ヶ月ぶりに見る兄の背は、王座の背後のステンドグラスの光を受けて、淡く縁取られている。
――まるで神の加護を背負う王。
けれど、その輝きは中身を伴わぬ幻影だと、アレクシスはもう知っていた。
「兄上、お久しぶりにございます。お呼びであると伺いましたが」
その穏やかな挨拶に、怒声が空を裂いた。
「アレクシス! 呼ばれた理由がわからんと申すのか!」
初手からの罵声。
アレクシスはわずかに息を吐く。これが今まで兄が周囲を支配してきた手口――恐怖と声の威圧。
謁見の間には教皇、宰相、各卿らがずらりと並び、誰もが息を潜めて兄弟を見守っている。
その光景は権威の象徴であり、同時に腐敗の匂いそのものだった。
「理由は、私にはわかりかねます」
静かに、だが芯のある声で。
「お前は、成人前の身で政治に首を突っ込んでいるそうだな! 生意気な真似を!」
「兄上をお支えするための学びが、罪となるのですか」
レオポルドの表情が一瞬引き攣る。
ステンドグラスの光がアレクシスの琥珀の瞳に反射し、燃え立つように輝いた。
「どうせお前は、私の玉座を狙っているのだろう!」
兄の声は怒りと怯えの混じったものだった。
アレクシスは微笑を浮かべたまま、ひと言。
「――さぁ、どうでしょうか」
その刹那、空気が弾けた。
レオポルドは立ち上がり、王座を蹴るように前に出ると、弟の胸ぐらを掴んだ。
「王はこの私だ!」
拳が振り上がり、乾いた音が響く。頬に焼けるような痛み。
アレクシスは一歩よろめいたが、唇を拭うと、ためらいなく拳を返した。
重い衝撃音。
兄王の体が弾かれ、玉座の下に崩れ落ちる。
列席した者たちは息を呑み、誰ひとり動けない。
アレクシスは一歩進み出た。
冷たい光の中、声が鋭く響く。
「兄上。――その玉座は何のためのものですか。
民を導くためか、それとも己を飾るためか!」
その場の誰もが、幼かった王弟が確かに“王”へ変わる瞬間を見た。
「反論があるなら、きゃんきゃん喚かず――また殴ってみせてください。
ですが、武勇では私は貴方に負けません」
言葉は淡々と、けれど刃のように鋭い。
レオポルドは蒼ざめ、何も言い返せなかった。
アレクシスは踵を返し、振り向かぬまま歩き去る。
その背に、ステンドグラスの光が静かに降り注ぐ。
誰もが悟った。
――次の王の姿を、今この場で見たのだと。




