23 夕日に揺れる誓い
アレクシスは時折、放課後にクラリッサが在籍する法学教室を訪れるようになっていた。
少しでも学べることがあればと、彼女や、彼女が師事している教授に教えを乞うている。
講義が終わると同時に、アレクシスは机に突っ伏した。
「知らないことばかりで……。まずは用語を覚えるだけでもいっぱいいっぱいだ」
「殿下は、少し詰め込みすぎなのではありませんか?」
クラリッサがそっと背に手を添える。温かい掌に、アレクシスは一瞬肩の力を抜いた。
「基礎くらいは知っておかなければ。毎回クラリッサに一から教えてもらうのでは時間の無駄じゃないか」
クラリッサは小さく笑った。
「殿下、まだお時間はありますか?」
「え? まぁ……あるよ」
「見ていただきたいものがあるのです」
彼女に連れられ、大学校の屋上に出る。
そこからは、王城や教会、皇都の街並みが一望できる。夕陽が地平線の森を赤く染めていた。
その上には、白々と大きな月が姿を現し、さらにその傍らに、赤く小さな月が寄り添うように浮かんでいる。
「ここは、夕陽がとても綺麗に見えるのです。いつか、殿下にも見ていただきたいと思っていました」
「この夕陽を見て、俺を思い出してくれたのか。嬉しいな」
「な! そ、それはそうなんですが……」
クラリッサが慌てる。頬の赤みは、夕陽のせいか彼女自身のせいか――アレクシスには見分けがつかなかった。
「そういうことだろう?」
「……はい」
地平線に触れる陽が、ゆらゆらと燃える。
「殿下は、もう少し少年時代を過ごされては? 貴重な時間ですもの」
灰青の瞳が、どこか寂しげに揺れている。
「でも、俺にはあとどれほどの時間がある? ほとんど王が実質不在の状態で……国が何年もつ? 俺が立つのは早ければ早い方がいいのだろう?」
彼女の手をそっと取る。細くて小さな手――それでずっと自分を支えると言ってくれていたのか。
「クラリッサ。俺のことはアレクと呼べ」
灰青の瞳に夕陽が滲む。
「アレク殿下」
「違う。アレクだ」
一拍置いて、問いかける。
「クラリッサ、貴女はまだ俺との婚約を辞めたいと思っているのか?」
瞳が揺らぎ、小さな唇が開くも、彼女からは言葉が出てこなかった。
「貴女に女性として俺は惹かれている。俺の隣には貴女にこそいて欲しいんだ。俺の妻になって欲しい」
クラリッサは視線を伏せ、静かに首を振った。
「殿下は素晴らしい方です。……わたくしは、貴方には相応しくないわ」
そっと手を抜き、一礼すると、そのまま足早に去って行った。
アレクシスは静かにため息をつき、冷え始めた風の中、柵にもたれた。
沈みゆく夕陽が白い月に飲まれ、赤い小月が淡く滲む。
気づけば、頬を伝うものがあった。
「……くそ」
強引に手のひらで拭い取る。
けれど、消せるのは涙だけで、胸の奥の熱はどうしても消えなかった。
◇◇◇
廊下の陰で、その様子を窺っていた男がいる。
「殿下も必死だねぇ……。僕もそろそろ本気を出さなきゃな」
コンラートは鼻歌を歌いながら、その場を後にした。




