22 自らの手で
クラリッサと話していた女性が一礼して離れていく。一度アレクシスから離れた視線が、再び戻り――ほんのわずかに翳った。
「え?」
問いかける前に、クラリッサは手元の本に目を落とした。アレクシスは、今のは気のせいだったのかと首を傾げる。
友人から本を受け取り、空いている席を探した。
「殿下は今度、いつ大騎士団の方に顔を出されるんです?」
「あぁ、確かに最近は聖騎士団ばかりで、顔を出してなかったな」
「殿下が来てくだされば、みんな安心しますよ」
「そうか……」
誰も聖女追放事件のことには触れない。気のいい友人たちだと、改めて思う。
「でーんか!」
「わっ!」
後ろから巻き毛の女子生徒が抱きついてきた。
「また来たのか」
「僕たちの行動、筒抜けなんじゃないか」
「帰れ帰れ」
「わぁー、みんなひどーい!」
軽口で追い払おうとしても、彼女は一向に懲りずまとわりつく。仲間内のじゃれ合い程度に思っていたが――今日は違った。
「お前は、どうして俺に構う」
「え? だって、そんな……」
わざとらしく言葉を詰まらせ、頬を赤らめる女子生徒。
アレクシスは眉を顰め、声音を落とした。
「王弟妃の座を狙っているのか?」
「え、やだ! そんなハッキリ……」
気持ちが急速に冷えていく。こんな女を近くに置いていたのか、と。
女子生徒はアレクシスの両手を許可なく握った。
「殿下! 私ではダメですか?」
即座に手を振り払う。
「俺はお前に構っている暇はない。俺には愛する婚約者がいる。金輪際、俺に近づくな」
甘い言葉も、気まぐれな笑顔もいらない。今の自分に必要なのは、そんなつまらないものではないのだ。
はっとしたように女子生徒が立ち尽くしたその背後に――クラリッサが驚いた顔でこちらを見ていた。
そのさらに向こう、見知った男がクラリッサに近づいていくのが見えた。コンラートはクラリッサの隣に腰を下ろし、クラリッサの眉間がわずかに寄る。ざまぁ見ろという気持ちと、焦燥が胸の奥でせめぎ合う。アレクシスは駆け寄った。
黒い瞳の男と視線がぶつかる。
一瞬、時間が止まったようだった。
次の瞬間には、アレクシスは迷いなくクラリッサの隣へ歩み寄り、その肩を抱き寄せていた。
「なぜクラリッサにちょっかいを出す。彼女が王弟の婚約者と知ってのことか」
腹から声を出す。あの日、何もできずに立ち尽くした自分とはもう決別するんだ。
コンラートは肩をすくめ、両手を上げた。
「いやぁ、彼女とは同じ法学専攻なんですよ。不快な思いをさせたなら謝ります」
軽く一礼し、そのまま立ち去っていった。
「腹が立つ……」
「で……殿下」
腕の中から小さな声。慌てて彼女を解放すると、クラリッサは顔を真っ赤にし、目を泳がせていた。
「すまない。嫌だったか?」
「……いえ、そういう訳では……」
「嫌じゃなかったのか……」
胸の奥が熱くなり、息が少しだけ乱れた。
もう一度手を伸ばそうとして、背後の侍女の鋭い視線に気づき、渋々手を下ろす。
別の席からカエリウスがティーカップを傾け、実に楽しげに眺めていた。
「良かったじゃないか。王弟君。今度は、自分で助けられて」
その青い瞳がわずかに細められる。
「――そうやって、自分の国をも守るんだ」




