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20 石壁の沈黙

 皇都アルテンベルクの外縁にそびえる聖騎士団本部は、もはや一つの要塞だった。灰色の石を幾重にも積み上げた厚い壁、狭間のように穿たれた窓。重々しい鉄扉をくぐれば、冷たい空気が肌を刺す。


 その一角、応接間。

 窓は高く、重いカーテンの隙間から射し込む光は床に淡く影を描いていた。壁際には聖騎士の武具が飾られ、威圧感に満ちている。


 アレクシスは準礼装に身を包み、落ち着かぬ様子で首元に手をやった。姿勢を正そうとするが、肩に余計な力が入りすぎている。

 一方でカエリウスは窓辺に目をやり、悠然と脚を組んでいた。その横顔は静かで、緊張など一片も見せない。


 ――大集会場では、今も騎士たちが集い、新たな秩序の話を聞いているはずだ。

 その中心にいる人物こそ、これからここに現れる。


◇◇◇


 重い扉が叩かれ、低いノックの音が室内に響いた。


「猊下がお越しです」


 従者の声に続き、一人の老いた巨木のような人物が入ってくる。

 聖光教会教皇、グレゴリウス。


 一歩、部屋に足を踏み入れただけで、空気が張り詰める。冷気が流れ込んだかのように肌が粟立ち、アレクシスは思わず腕を抱いた。


「お待たせしてしまいましたな」


 その声は、静かなのに腹の底まで震わせる響きを持っていた。

 慌てて立ち上がったアレクシスは、深々と頭を下げる。


「いえ……こちらこそ、お時間を頂戴し、ありがとうございます」


 グレゴリウスは一瞬だけその厳しい眼差しを和らげた。

「殿下。私如きに頭を下げてはなりませんぞ」


 だがアレクシスには、彼に頭を下げないという発想そのものがなかった。目の前にいる人物は、そうさせるだけの威厳を纏っていたからだ。


 隣でカエリウスが立ち上がり、手を差し出す。

「猊下。先日ぶりですね」

「カエリウス殿下。……貴方のお力添えがなければ、成し遂げられなかった。深く感謝を申し上げます」


 二人は短く握手を交わす。アレクシスはその光景を見つめながら、呼吸が浅くなるのを感じた。


 カエリウスは振り返り、アレクシスを紹介する。

「猊下、こちらが王弟アレクシス殿下です。彼は――師を探しておられる」


「師……?」

 低く呟いたグレゴリウスの視線が、まっすぐにアレクシスを射抜いた。


「……王の道を歩むための」

 カエリウスが補う。


 アレクシスは声を失った。胸が詰まり、喉が塞がれるようだ。言葉を返そうとしても、ただ冷や汗が首筋を伝うばかりだった。


 長い沈黙ののち、グレゴリウスは静かに言葉を落とす。

「……良かろう」


 その声が石壁に反響し、部屋全体に重くのしかかる。


「私はこれまで沈黙を貫いてきた。その沈黙こそが、この国を皇王の専横に委ねてしまった。だが私は自らそれを破った。ならば、その責任を取らねばなるまい」


 アレクシスははっと顔を上げる。だが次に放たれた言葉はさらに重かった。


「――王の後継を育てるという形で、な」


 呼吸すら忘れたかのように、アレクシスはその場に立ち尽くす。


 グレゴリウスは続ける。

「私は宗教家にすぎぬ。政治の細やかな技は宰相閣下に学ぶがよい。だが……王がいかに在るべきか、その哲学だけは伝えよう」


 その言葉に、アレクシスは強く唾を飲み込むしかできなかった。

 そんな彼を横目に見ながら、カエリウスは艶やかに微笑む。


「ほらな。君には、最良の師が見つかっただろう」


 アレクシスは返す言葉を持たないまま、ただその場に佇んでいた。

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