2 面倒くさい女
「とりあえず話を聞いても?」
騒動の後、大学校の小会議室を借りて、クラリッサとカエリウスは向かい合った。カエリウスの背後にはアドリアンが立つ。
窓から差し込む春の光が埃の粒をきらめかせ、磨き込まれた木の机に反射する。外からは学生たちの笑い声や馬車の車輪の音が遠く響いていた。穏やかな陽気に反して、クラリッサは背筋を伸ばし、硬い表情を崩さない。
「わたくしは、アレクシス殿下と婚約解消したいのです」
「それは聞いた。なぜだい? 良い縁談ではないか」
カエリウスは椅子の背に身を預け、余裕の笑みを浮かべて足を組んだ。長い淡い金の髪に青い瞳、均整の取れた姿はまるで絵本の王子のよう――だがその所作のどこかに尊大な雰囲気が漂う。背後に立つアドリアンは黒髪の短髪。藍色の瞳は硬質な空気をはらんでいる。
クラリッサはほんのわずかに視線を落とした。
「自分で言うのもなんですが、わたくしはお勉強が得意です。女であるにもかかわらず、こうして大学校に籍を置いているくらいですから。それに、公爵令嬢であり、血筋も確か。ですから、婚約者として指名されたことに理解はしています。
ですが、わたくしは殿下より五歳も年上なのです。背も高く、女性としての魅力に欠けます。わたくしは殿下にはふさわしくないのです」
カエリウスと背後のアドリアンは、思わず顔を見合わせて目を瞬いた。
クラリッサは確かに背が高いが、それでもカエリウスやアドリアンよりは低い。細身の肢体は洗練され、意志の強い瞳と相まって十分に美しい。
「クラリッサ嬢、あなたは美しい。王弟妃に相応しい女性だと思うが?」
クラリッサは静かに首を振る。
「アレクシス殿下には、もっと相応しい女性がいるのです」
カエリウスは肩をすくめて質問を変えた。
「では、なぜ私を巻き込んだ?」
「それは申し訳なく思っておりますわ。ですが、カエリウス殿下なら、悪いようにはならないと思いました。我が皇国とセレスタ王国は外交上、友好関係にありますから。殿下がお支えする王国と“共に未来を歩む”のは、なんら間違いではありませんわ」
カエリウスの唇がにやりと吊り上がる。
「ははっ! 貴女はなかなか面倒くさい女だな!」
「殿下!」
アドリアンが鋭く咎めるが、カエリウスは構わず笑った。
「いやいや、面白い。で? まだ理由があるだろう?」
カエリウスは手のひらを彼女に向かって差し出し、続きを促す。
「アレクシス殿下のお名に傷をつけないためにも、わたくしは公衆の面前で声を張り上げ、殿下に水をかけ、その上で身の程知らずなことを申すような、頭の悪い女になる必要があったのです。
巻き込んでしまったこと、お詫び申し上げます」
クラリッサが深く頭を下げるが、それを見て口角を上げたカエリウスは、机越しに身を乗り出して笑った。
「顔を上げてくれ。だが一つだけ言いたいことがある。面白いことをする時は、あらかじめ教えておいてくれ」
「殿下!」
アドリアンの声を背に、カエリウスは金の髪を揺らしながら爽やかに笑い声を響かせた。




