19 師を求めて
「今日は、なんで来たのかって言わないんだな」
「さすがに、なぜ来たかはわかる」
豊穣祭から数日後。
まだ王城には混乱の余韻が漂っていた。重苦しい空気を逃れるように、アレクシスは馬車を降り、カエリウスの邸へと足を運んだ。
午後の日差しは斜めに差し込み、白い石壁を淡く照らしている。
応接間の窓辺には、カエリウスが好んで飾る蒼いデルフィニウムの一輪が、午後の光を受けて微かに揺れていた。
きちんと整えた身なり、背筋を伸ばしてソファに腰を下ろすその姿――
アレクシスの肩には、迷いよりも覚悟の影が見えた。
対するカエリウスは、王弟を迎えるにあたり最低限の礼を整えただけで、相変わらずの余裕を崩さない。
その青い瞳が、少年を試すように静かに光る。
「クラリッサに……王になれと言われた」
「そうか」
その一言に、茶器の中の水面がかすかに揺れた。
「俺は、これまで、自分が王になるなどとは考えたこともなかった。兄上はまだ若く、健康で……。だから成人すれば臣籍降下し、兄を支えるのだとずっと思っていたんだ」
カエリウスは足を組み、カップを指先で転がした。
「……それで?」
「まず、何をしたらいい。俺には、その道を説いてくれる師がいない。側近候補さえまともに見繕っていないんだ」
拳を握る手が、膝の上で震えていた。
カエリウスはその様子を一瞥し、軽く眉を上げる。
「側近なら、君にはもういるじゃないか。法に通じ、視野が広く、冷静に物を見ることができる人物が。そして君を裏切らないだろう人物」
「……クラリッサか?」
カエリウスの口角が、ゆるやかに上がる。
その笑みは、知っていながら問いを投げる教師のようだった。
「男として格好よくありたいのは分かる。だが、彼女の知を利用しないのは――ただの愚か者だ」
アレクシスは唇を噛み、俯いた。
陽の光が頬を照らし、影のようにその表情を落とす。
それを見届け、カエリウスは茶器を静かに置いた。
「師については……私も所詮は異国の人間だから、全てを把握しているわけではない。だが、一人だけ――素晴らしい人物を知っている。紹介してあげよう」
青い瞳の奥で、光がゆらめく。
それは、炎とも氷ともつかぬ、不穏な美しさを帯びていた。
アレクシスは息を呑み、深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「ただな――とても“雰囲気のある”お方だ。呑まれるなよ」
カエリウスが不敵に笑う。
それは忠告というより、これから“何かを見せてやる”者の顔だった。
「カエリウス殿下よりも雰囲気のある方がいるのか?」
その問いに、カエリウスは一瞬だけ驚いたように目を細め、そして静かに笑った。
「……君は、なかなか可愛げがあるな」
カップを持ち上げ、紅茶の香りとともに笑みを隠す。
アレクシスは胸の内に募る不安と期待を抱えながら、その姿を見つめ続けていた。
窓の外では、冬の訪れをいち早く告げる風が、鈍く枯れ葉を揺らしていた。




