15 花飾りの下で
手を繋いで歩く。立ち並ぶ屋台、行き交う人、街を彩る花飾り。曲がりなりにも王弟であるアレクシスには護衛が前後を固めていたが、群衆に紛れると存在を忘れるほどの人波だった。
「アレク、あれ、的当てがあります」
お忍びであるので、互いに愛称で呼ぶようにしているが、呼ばれるたびにアレクシスの心臓は跳ねてしまう。
「本当だ。やってみる?」
「……いえ、私は。でん……じゃなかった、アレクは運動神経がいいですし、的当てもできるのかしらって」
そう言われてはやらないわけにはいかないだろう。
「やってみよう」
クラリッサの灰青の瞳が、灯に照らされてキラキラと輝いた。
目線の高さがいつの間にか並んでいることに、二人は気づかない。
アレクシスはその輝きを正面から見つめてしまい、思わず顔を赤らめた。
店主に声をかけ、綿を巻きつけた投げ矢を五本渡され、的を見る。景品が棚に並べられており、それを狙えばいいようだ。
「クラリーはどれが欲しい?」
「え? えぇと、あの小さいクマさんが欲しいです」
見ると、両手ですっぽり収まってしまうほどの小さいクマのぬいぐるみがある。
「結構小さいな」
「お兄ちゃん、あれは小さいから案外難しいよー!」
店主が笑いながら教えてくれる。
「え!? そうなのですか? アレク、別のものでいいです」
「やるだけやってみよう」
先端が柔らかい綿だから、かなり空気抵抗を受けそうだ。アレクシスは右手を引き、鋭く投げた。
コトン。的中。
「お兄ちゃん、うまいな!!」
「アレク! すごいです!!」
無邪気に笑ってクラリッサが左肩に触れてくる。
「本当に当たるとは思わなかっ……ひゅっ」
声が裏返る。アレクシスは口を手で覆って顔を真っ赤にさせた。一瞬きょとんとしたクラリッサは、柔らかく笑う。
「……成長されているのですね」
「ち、ちが! ……今のは」
「ふふ」
優しげに笑うクラリッサを見て、アレクシスは反論するのはやめた。彼女が笑っていればそれでいい。
それから続けて四投全て命中し、店主が些か青ざめていたので、最初のクマだけ貰って行くことにした。
クラリッサが両手でクマを包み、嬉しそうに見つめていた。
「そういうの好きなの?」
クラリッサが視線を上げると、頬が少し赤らんでいる。
「……はい。小さくてかわいいものが好きなのです。普段のわたくしには似合いませんが」
「そんなことないと思うが。……小さくてかわいいもの? じゃあ俺のことも好き?」
つい冗談で言ってしまったが、クラリッサは耳まで真っ赤にしていた。
「な! な! な! 何をおっしゃるのです!?」
思いがけない反応に、アレクシスまで顔を真っ赤にさせる。ずっと見ていた店主が口笛をひゅう!と鳴らしたので「やめろ!」と叫ばずにはいられなかった。
それからはリンゴ飴を食べ、踊りの輪に入り、笑いながら歩いた。クラリッサの手が解かれることはなかった。
歩き疲れてベンチに並んで腰掛ける。
「ねぇ、大聖女様の話きいた?」
「聞いた聞いた。本当にお可哀想に。助けて差し上げたいよな」
そんな声が耳に入る。
「大聖女様?」
「……」
クラリッサは何も言わずに、ずっと握っていた手に力を込めた。
「クラリー?」
「いえ、何でもないのです」
その瞳に翳りが差す。と、群衆の中に見知った人影があった。聖騎士団副団長ディートリヒ。わざと汚した平民服に身を包み、人波を観察している。
「副団長」
アレクシスが静かに声をかけると、すぐにこちらを向き、アレクシスの手元を見てニヤリと笑った。アレクシスはギクリとして、クラリッサと握っている手を背に隠す。
「こんにちは。見にいらしてたんですね」
「うん。ディートリヒも?」
「はい。……殿下」
ディートリヒは声を顰める。
「どうか、高台の安全な場所へ。高台の噴水公園ならば、王城バルコニーも望めますし、安全です」
彼は、アレクシスの護衛と視線を合わせると、彼らと頷き合った。
「何かあるのか?」
「時代が、動くのです。殿下、ぜひその目でしっかりと見届けてください」
「え?」
ディートリヒは爽やかな笑みを見せる。
「それでは、豊穣祭をお楽しみください」
そう言い残して去る背を見送り、アレクシスとクラリッサは目を見合わせた。彼女は静かに首を振る。
小さな不安が、心に芽生え始めていた。




