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14 石壁の聖域

 アルブレヒト皇国の成り立ちは、聖光教会とともにあった。皇王レオポルドと教皇グレゴリウス、その二人が象徴する権力は、表向き均衡しているように見えるが、実際は常に揺らぎの渦中にある。


 その教会が主体となって催されるのが豊穣祭である。祭礼の主催権を握る教会は、皇国全土に十数ある教区の中心――皇都アルテンベルクに聳えるアルテンベルク教区会を要に、三日間の祭を取り仕切る。最終日の夜、打ち上げられる花火は、聖光の加護を象徴するものとして人々に知られていた。


 アレクシスはカエリウスの「三日目は荒れる」という言葉を気にしつつも、やはり花火の夜にクラリッサと並んで歩くことを選んだ。


 ヴァルトハイム公爵家のタウンハウスで出迎えたクラリッサは、街娘の衣装を身にまとっていた。秋咲きの薔薇の香りに包まれた庭を背に、彼女は丁寧にカーテシーをする。その金の髪が陽を受け、花弁のように輝いていた。

 その後ろには公爵夫妻の姿もあり、挨拶を交わして馬車に乗り込む。


「平民服を着られた殿下も、素敵ですわ」

「クラリッサ嬢の方が……」


 気恥ずかしさに、言葉を呑む。彼女の笑顔に胸が締め付けられる。


 馬車が辿り着いたのは、石壁に囲まれた巨大な聖域だった。高くそびえる壁と重厚な鉄の門が、外界を拒むかのように聳えている。その内には礼拝堂を含む本館、高等聖職者の寮、聖職者たちの生活棟、食堂や菜園、作業所までもがあると聞く。しかし、豊穣祭の日であっても開放されるのは門近くの広間と礼拝堂のみ。彼らが見ているのは、広大な敷地のほんの表層にすぎなかった。


「聖光教会は、本当に大きいな」

 石壁の内から響いてくる聖歌に耳を傾けながら、アレクシスは呟いた。

「えぇ。ここアルテンベルク教区会は、聖光教会の中心とも言うべき場所ですわ」


 礼拝堂の扉は開かれ、寄付を受け付ける机や、参拝者の列が延びている。聖職者たちは規律正しく人々を導き、整然とした秩序を示していた。


「民に寄り添う存在は、ありがたいものだ。国ではここまで手厚くはできまい」


「……えぇ、本当に」


 クラリッサは同意を示したが、その声音にはわずかに影が差していた。アレクシスは気づかず、勇気を出して彼女の右手を取る。


「殿下?」

「人が多いから」

「……はい」


 頬を染めて俯き、柔らかく笑うクラリッサ。その横顔を見つめ、アレクシスは心臓が跳ねるのを感じた。

 陽光を受けた金の髪が揺れ、淡い光を返す。

 コンラートに握られたときは嫌悪を隠せなかった彼女が、今は自分の手を拒まない。胸が熱くなり、頬が緩むのをどうしても抑えられなかった。


「何か、見たいものや食べたいものはあるか?」

「……あまり詳しくはなくて」

「では、色々見て回ろう!」

「はい」


 賑わいの中を並んで歩く。言葉にできない想いを胸に秘めながら。

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