13 不穏なる予告
「だから何で来た」
「今回こそ予め先ぶれは出しただろう」
「私はどうぞとも何とも返事をしていないだろう。いなかったらどうするつもりだった」
「え? 待っていればいいんじゃないか?」
邸宅の玄関で、カエリウスはアレクシスを指さしながらアドリアンを振り返る。
「殿下を翻弄できる方がいるという事実に感動しております」
薄く微笑むアドリアンに、カエリウスは容赦なく足を踏んだ。
留学先の邸宅、その応接間。
従者に案内されたアレクシスは、ソファに腰を下ろすなり憤然と口を開いた。
「コンラートという男は一体なんなんだ。なんの権限があって俺のクラリッサに近づく!」
「なぜそれを私に言う」
「……学友には話しにくい。それに、カエリウス殿下はクラリッサを助けてくれたから……」
カエリウスは足を組み、両手を膝に重ねた。光の加減で、青い瞳がわずかに冷たく見える。
「王弟君。少年であることに胡座をかいてはいけない」
その言葉に、アレクシスは肩を震わせた。
「……はい。俺もカエリウス殿下のように余裕のある大人の男になりたい……」
「恐れながら、カエリウス殿下は“余裕のある大人の男”というより風変わりなだけです」
アドリアンが淡々と口を挟む。
「はははっ! 今日は随分反抗的じゃないか、アドリアン」
「先ほど足を踏まれましたので」
軽口が交わされる中、アレクシスは膝の上で拳を固めていた。
「そうだよな……愚痴ってるだけじゃダメなんだよな。ちゃんと力をつけないと」
カエリウスはソファに深く身を沈め、グラスの水を揺らした。
その指先の動きは、微かな音を立てながらも不思議なほど静かで、どこか緊張を誘う。
「君が精神的に大人になろうがなるまいが――力を持たねばならない時が、もうすぐ来るだろう」
「え?」
その声音は柔らかいのに、背筋を撫でるように冷たかった。
アレクシスの中で、軽口を交わす“兄のような人”の姿が、急に遠くのものへと変わっていく。
「皇王も、以前のようには力を振る舞えないだろうからな」
「……どういう意味だ」
「君が知る必要はない」
軽く流した声音に、アレクシスの背筋がぞくりと粟立つ。
カエリウスは笑っているのに、その笑みの奥に何か鋭いものが潜んでいるように感じた。
――この人は、自分とは違う場所に立っている。
そう思った瞬間、胸の奥に得体の知れない冷たさが沈んだ。
「君は豊穣祭を見に行くのか?」
問いかけられ、アレクシスの頬がわずかに染まる。
「うん。見て回る予定」
カエリウスは金の髪をかき上げ、青い瞳を細めて言った。
その一瞬、穏やかな笑顔の裏に、ひどく冷たい光が走る。
「豊穣祭の三日目は荒れる。安全な場所にいなさい。だが――しっかり見届けることだ」
冗談めかした口調なのに、その言葉の芯には硬い刃があった。
アレクシスの胸の奥が、ひやりと凍るように痛んだ。
次の瞬間には、またいつもの柔らかい笑みが戻っていた。
それがかえって恐ろしく、そして――心の底から、格好いいと思ってしまった。




