11 夏のカフェテラスにて
王立大学校のカフェテラス。白い石畳にパラソルが影を落とし、夏の風がページをめくるように穏やかに吹き抜けていく。
テラスの奥では学生たちの笑い声が交じり合い、昼下がりの陽射しを明るく弾いていた。
そんな喧噪の片隅。クラリッサは本を広げ、後ろに控える侍女が扇で静かに風を送っている。
そこへ影が差した。
「やぁ、クラリッサ嬢」
不意に目の前にアイスティーが置かれた。顔を上げると、コンラート・ホーエンベルクがにこやかに立っていた。反射的に、クラリッサの眉間に皺が寄る。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか」
断りもなく椅子を引き、彼女の隣に腰を下ろす。
「貴方から差し出された飲み物なんて、怖くて口にできませんわ。下げてくださる?」
「ははは、辛辣だ。でもそこが素敵だよ」
その手が、彼女の手を掴んだ。
「お嬢様に触れるのはおやめください」
侍女が声を上げるが、コンラートは鼻で笑う。
黒い瞳がじっとりとクラリッサを見つめる。
「クラリッサ嬢は王弟殿下との婚約をなくしたいんだろう? なら僕に触れられるのを嫌がる理由はないはずだ。僕には立場も、剣技もある。法学でも貴女と渡り合える。――貴女は僕の手を取るべきだ」
握られた手を見下ろし、クラリッサは震える息を吐いた。
確かに婚約を解消したい思いはあった。だが、この男の手だけは、取りたくなかった。
「離してください」
必死に引くも、コンラートは離さず、その手に唇を寄せる。
「おやめくださいませ!!」
高い声が響いた刹那、コンラートの腕が捻り上げられた。
――カエリウスだ。
もう一方の手で、クラリッサが振り上げたグラスを受け止める。氷の音が静かに鳴った。
「誰だか知らないが、王弟殿下の婚約者に何をしている」
声は低く、しかし冷徹だった。
コンラートがその威圧に息を呑む。だが、カエリウスは自ら名乗らない。
上位者が名を明かさぬ限り、下位の者に口を開く権利などない――その沈黙が、何より雄弁だった。
コンラートは舌打ちをして、手を振り払うようにして立ち去った。
カエリウスは紅茶の入ったグラスをテーブルに戻す。
「貴女も、かけるなら水にしておけ。紅茶はシミになる」
穏やかな声音に、クラリッサは俯いたまま、小さく息を震わせた。
「……お嬢様を助けていただき、ありがとうございました」
侍女が深々と頭を下げる。
カエリウスは一度だけ頷き、冷静に言った。
「連れて行ってやってくれ」
侍女がクラリッサを支え、テラスを離れる。
その姿を見届けながら、カエリウスはアドリアンに問うた。
「アドリアン、あの男は誰だ?」
「コンラート・ホーエンベルク。侯爵家の子息ですが、ホーエンベルク家は皇王派の中でも有力です」
「なるほど」
青い瞳がわずかに細められた。
遠く、柱の影に立つアレクシスがこちらを見ているのが見えた。
カエリウスは視線を返すことなく、ただ言葉を飲み込む。
――自ら立てぬ者に、手を貸す気はない。
クラリッサが去った後、風がパラソルの端を揺らす。
カエリウスとアドリアンもまた、静かにその場を後にした。




