表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/41

11 夏のカフェテラスにて

 王立大学校のカフェテラス。白い石畳にパラソルが影を落とし、夏の風がページをめくるように穏やかに吹き抜けていく。

 テラスの奥では学生たちの笑い声が交じり合い、昼下がりの陽射しを明るく弾いていた。


 そんな喧噪の片隅。クラリッサは本を広げ、後ろに控える侍女が扇で静かに風を送っている。

 そこへ影が差した。


「やぁ、クラリッサ嬢」


 不意に目の前にアイスティーが置かれた。顔を上げると、コンラート・ホーエンベルクがにこやかに立っていた。反射的に、クラリッサの眉間に皺が寄る。


「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか」


 断りもなく椅子を引き、彼女の隣に腰を下ろす。


「貴方から差し出された飲み物なんて、怖くて口にできませんわ。下げてくださる?」

「ははは、辛辣だ。でもそこが素敵だよ」


 その手が、彼女の手を掴んだ。


「お嬢様に触れるのはおやめください」

 侍女が声を上げるが、コンラートは鼻で笑う。


 黒い瞳がじっとりとクラリッサを見つめる。

「クラリッサ嬢は王弟殿下との婚約をなくしたいんだろう? なら僕に触れられるのを嫌がる理由はないはずだ。僕には立場も、剣技もある。法学でも貴女と渡り合える。――貴女は僕の手を取るべきだ」


 握られた手を見下ろし、クラリッサは震える息を吐いた。

 確かに婚約を解消したい思いはあった。だが、この男の手だけは、取りたくなかった。


「離してください」


 必死に引くも、コンラートは離さず、その手に唇を寄せる。


「おやめくださいませ!!」


 高い声が響いた刹那、コンラートの腕が捻り上げられた。

 ――カエリウスだ。

 もう一方の手で、クラリッサが振り上げたグラスを受け止める。氷の音が静かに鳴った。


「誰だか知らないが、王弟殿下の婚約者に何をしている」


 声は低く、しかし冷徹だった。

 コンラートがその威圧に息を呑む。だが、カエリウスは自ら名乗らない。

 上位者が名を明かさぬ限り、下位の者に口を開く権利などない――その沈黙が、何より雄弁だった。


 コンラートは舌打ちをして、手を振り払うようにして立ち去った。


 カエリウスは紅茶の入ったグラスをテーブルに戻す。

「貴女も、かけるなら水にしておけ。紅茶はシミになる」


 穏やかな声音に、クラリッサは俯いたまま、小さく息を震わせた。


「……お嬢様を助けていただき、ありがとうございました」

 侍女が深々と頭を下げる。

 カエリウスは一度だけ頷き、冷静に言った。


「連れて行ってやってくれ」


 侍女がクラリッサを支え、テラスを離れる。

 その姿を見届けながら、カエリウスはアドリアンに問うた。


「アドリアン、あの男は誰だ?」

「コンラート・ホーエンベルク。侯爵家の子息ですが、ホーエンベルク家は皇王派の中でも有力です」

「なるほど」


 青い瞳がわずかに細められた。

 遠く、柱の影に立つアレクシスがこちらを見ているのが見えた。

 カエリウスは視線を返すことなく、ただ言葉を飲み込む。


 ――自ら立てぬ者に、手を貸す気はない。


 クラリッサが去った後、風がパラソルの端を揺らす。

 カエリウスとアドリアンもまた、静かにその場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ