1 波乱の幕開け
本作は前作『聖女追放』のスピンオフ作品です。
前作を未読でも楽しめますが、物語の核心部分に関わるネタバレを多数含みます。
前作を読んでくださる予定の方はご注意ください。
41話で完結します。
「あなたとは、婚約を解消させていただきますわ!」
芽吹きの季節、柔らかな春の陽光が差し込む大学校と高等学園の共用カフェテラスに、女性の張りのある声が響いた。
石畳に囲まれた広いテラスには、学生たちが昼下がりの陽光を浴びながら談笑している。その空気を切り裂くように発せられた一言に、ざわりと視線が集まった。
声の主は、金髪をきっちりと結い上げた背の高い細身の女性――クラリッサ・ヴァルトハイム公爵令嬢。その気品と鋭い眼差しは、彼女がただの学生ではないことを物語っていた。
対するは栗色の髪を後ろで束ねた少年。まだ声変わりの終わらぬ幼い声で、毅然とした返答を返す。
「俺は婚約解消しない。絶対に」
アルブレヒト皇国王弟、アレクシス・アルブレヒト。十四歳のその顔はまだ幼さを残すが、まっすぐに令嬢を見据える琥珀色の瞳には揺るぎない光が宿っている。
クラリッサはわずかに唇を噛み、次の瞬間、手元のグラスの水を彼に浴びせかけた。飛沫が陽光を受けて散り、周囲からどよめきが起こる。
少し離れた席で一部始終を眺めていたのは、セレスタ王国からの留学生、第二王子カエリウス・セレスタだった。
「ふぅん。ずいぶん面白いことをしているな。
あれは?」
横に控える秘書官、アドリアン・ヴァロリスが小声で囁く。
「アルブレヒト皇国王弟、アレクシス・アルブレヒト殿下と、その婚約者クラリッサ・ヴァルトハイム公爵令嬢です」
状況を理解した刹那、クラリッサと目が合った。凛とした令嬢は迷わず歩み寄り、ためらいなくカエリウスの腕を取る。
「先日の歓迎晩餐会でご挨拶させていただきましたね。クラリッサ・ヴァルトハイムと申します」
「はい、先日はどうも」
にこやかに礼を言う間もなく、彼女はアレクシスの前に立ち、声高に告げた。
「わたくしは、この方と未来をともに歩みます!」
「……は?」
呆然とするカエリウス、顔面蒼白になるアレクシスとアドリアン。
テラスの空気は一瞬で凍りつき、やがてざわめきが渦を巻く。
――これが、後に続く波乱の始まりであった。




