何れ留まる足音
ドクドクと、貴方の前から足音がする。少しずつ少しずつ、その不快な足音が近付いてくる。それに一時の恐怖が掠めようとも、逃れる手立ては無いだろう。そしてとうとう、それが貴方の肩に手を掛ける。事など無く、すり抜けては先へ行ってしまったんだ。
その鼓動は死への足音であることは明白だろう。そんな事は誰でも知っている。ただ、死への鼓動を刻むのは、貴方では無かった。もしくは、その必要さえも無かったと言えるだろう。
別に特別な事ではない。全ての肉は総じてドクドクとした足音に追われる運命だ。その気色悪さに不快になるのも解るが、何れ腐ってしまうのは仕方ないんだ。流れてはいるけれども、それが留まるときはそういう事だから。
だけど、どれだけ不愉快でもそれは留めてくれるものなんだ。だとすれば、貴方を留めてくれるものとは。テロメアの磨耗、脳からの電気信号、心臓の収縮運動。いや、その何れもが貴方を留めるものとはなってはくれないよ。
肉の牢獄に囚われてるから、自由は尊いんだって信じているんだよ。持ち得ないものは良いものであるし、今手元に在るものは悪いものだから。だけど本当は自由なんだ、誰も貴方を捉える事なんて出来ないし、自らを証明なんて出来ないようにね。
ドクドクと、貴方の前から足音がする。少しずつ少しずつ、不快な足音が近付いてくる。少しばかりの恐怖も無く、ただそれが過ぎ去るを待つのみなんだ。そして、誰かが貴方の肩に手を掛ける。
「私は貴方を覚えてはいないけど、きっと貴方も覚えてはいないよね。怯えるのを止めたとしても、それは外からくるものじゃなくて内側に秘めているものなんだ。だけど、本当はね」
その瞬間に、きっとその人は息を引き取り、同時に貴方も同じように。貴方では無い貴方が前に進むだけ、鼓動の度に脱皮して、知らぬ貴方が歩むだけ。それ故どうして恐れようか、ただ盲従のそれに近しいというのに。