紫陽花のよひらのやえに見えつるは〈二〉
―そうですね、私だったら―
後に続く彼女の朗らかな声音を思い出し、知らず暁人は笑みを溢した。
暁人の中では、二択にない第三の選択肢も念頭に置いていた。ただ、それを選ぶと今後の主人公の戦闘スタイルが大きく変化するため、躊躇していたのだが…
「そうだよな、僕もそう思うよ。ありがとう神谷さん。」
現実で出逢ったファン一号のどこかあどけない笑顔に背中を押され、その夜暁人は久し振りに複数話書き溜めることができたのだった。
*
「ねぇねぇ、聞いてよ綾香!なんと、昨晩、更新されてたの!」
昼休みの混み合う食堂の一角に膳を置き、席を確保した紗月は、同じく隣に座ることができた綾香に、本当は朝イチで伝えたかった話題を振った。
「ホント?良かったじゃん。ここしばらくずっと悶々としてたもんね…」
紗月の意気消沈ぶりに少なからず心を傷めていた綾香は、久し振りの明るい笑顔を見て我が事のように喜んだ。
「そうなの。しかもね、こうだったらいいのになってちょっと考えてた方向に話が展開してて、だけど意表をつかれる感じで、この伏線がここで回収されるの?ってこともあったり、とにかく物凄くしっくりくる話の纏め方だったの!」
昨晩の興奮冷めやらぬ様子で食い気味に説明した後、定食についていた豆腐とわかめの味噌汁を啜りながら、紗月は先週土曜日の会話を思い出していた。
―私だったら、なんとか両方選べないかなって考えちゃうと思います…。だって、せっかく手に入れた力なのに、勿体無いなって。これまでの苦労を思うと、欲張りになりたいというか…。あ、自分が主人公だったら、の話ですよ!―
少し子供っぽかっただろうか、と思いつつも、素直な感想を述べた紗月に対し、暁人は一瞬ハッとしたように真顔になったが、すぐにまた相好を崩して大きく頷いていた。
―そうですよね、僕もそう思います。彼はきっとそういう人物でしょう―
その後、二、三の会話を交えた後、暁人は「ありがとう、貴女と話せて良かった」と言って片付けに戻って行った。
いつの間にか降り続いていた雨も止んで、雲の切れ間から差し込んだ暖かな陽射しが、濃紺の羽織の背中を照らす様にしばし目を奪われ―――
「―――き、…紗月ってば!」
ハッとして顔を上げると、そこには心配そうにこちらを覗き込む綾香の姿があった。
「大丈夫?早く食べないと美味しくなくなっちゃうよ。」
知らぬ間に意識を遠くに飛ばしていたらしいと気づき、慌てて食事を再開した紗月は、今晩帰宅したらもう一度章の始めからじっくり読み返そうと決意し、冷めかけた唐揚げに手を伸ばした。