五月雨に物思ひ〈四〉
「一旦、落ち着こう…」
仕事着である着物を着たままであったことを思い出し、暁人は手早く和装を解いて、ラフな部屋着に袖を通した。
気恥ずかしさに身の置き所なく騒めいた心を落ち着かせようと、リビングのキャビネットから茶香炉を取り出す。錆利休色の焼き物でできた皿の上に、茶筒から取り出した深緑色の茶葉を乗せていく。小さな蝋燭に火をつけて熱し始めると、徐々に清涼な香りが立ち昇り始めた。一度目を閉じ、深く息を吸って嗅覚を研ぎ澄ますと、脳内から雑念が追い払われた気がした。
暁人がweb小説を書き始めたのは、今から五年ほど前のことだった。昔から、字を書いたり、絵を描いたりするのと同様に、本を読むことも好きだった暁人は、一度自分でも小説を書いてみたいとは思っていた。いろいろと構想を練ってはいたものの、本業の活動で手一杯でなかなか最初の一歩を踏み出せずにいたのだが、現在運営している書道教室が軌道に乗ったのを機に、webで執筆を始めてみることにしたのだ。長年温めていた話だったこともあり、思った以上に筆が乗って、いつの間にか多数の読者を抱える長編作品になっていた。連載開始から二年で書籍化されることになった時もあまり実感が湧かなかったのだが、最近ではアニメ化までされることとなり、夢現のような感覚が抜け切らずにいる。
「今日は、書けそうかもしれない…」
連載開始より毎週火曜日と金曜日に欠かさず更新を続けてきた暁人だったが、水無月の初め頃から、この先の展開をどうするか決めかねて、話のストックも尽きてしまい、更新を止めるという事態に陥っていた。
今日の書道教室の内容をBGM付きの自由な揮毫としたのも、無意識に自身の行き詰まった状況を払拭したいという意図も働いたのかもしれない。
事実、その思いつきが事態を好転に導いてくれた感がある。
暁人は、常にない情熱の色を見せてくれた彼女との、つい先程の会話を思い返していた―。