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逢ひ見ての side暁人

エピローグとして暁人視点を追加しました。

柔らかな朝の光が障子越しに室内を照らしている。寛いだ室内着姿で文机に向かう暁人は、金を散らしたかな用料紙に、さして迷いのない筆で何事か認めていた。

 キッチンの片手鍋から立ち昇る出汁の香りが徐々に濃くなり、和室の暁人の元まで届いてきた。そろそろか、と立ち上がり、朝餉の支度に戻る。味噌汁と卵焼きを手早く作り終えて、寝室のベッドを覗くと、昨晩の疲れからか、まだ眠ったままの紗月がいた。猫のように丸まって、暁人の居た場所の布団をぎゅっと抱きしめている。思わず暁人は、ふ、と笑みを漏らした。


(起こすのが忍びないな。)


 ベッドに腰掛け、寝顔をじっくりと見つめる。ふと、紗月の口元が弧を描き、僅かの後に元に戻る。夢の中で、何か良いことがあったのだろうか。そこに自分が居ればいい―――そう思いつつ、この一月半ほどの彼女との時間を思い返していた。


 思いがけず遭遇した生身の読者。それも、かなり熱烈な。作品に対する好意的な評価を、語彙を駆使して伝えてくれる姿に、自分自身が褒められている気がして照れ臭くも嬉しかった。かつてない経験に、年甲斐もなく心が浮き立つのを感じた。落ち着いた佇まいとあどけない笑顔のギャップに驚かされたが、趣味嗜好を同じくし、感性が似ている彼女に、ベタに過ぎるが運命の出逢いという言葉がちらついた。連載五年にして訪れていた閉塞感を打破してくれた救世主でもある。気づけばどんどん彼女に惹かれていく自分がいた。而立をとうに超えた自分が、まだ年若い彼女に手を出して良いものか-。そんな葛藤もありながら、あからさまなアプローチを抑えきれなかったのは、この僥倖を逃してはならないという、無意識の警告がそうさせたのかもしれない。こうして彼女と思いを通わせた朝を迎えて、欠けていたパズルのピースがはまった気がした。


「……せん、せ…」


 柔らかな布団に顔を擦り付けながら、紗月が幸せそうな顔でむにゃむにゃと寝言を呟いた。暁月か、東雲か。いずれにしても自分が呼ばれたのだと疑いもなく考えたところで、自身の有頂天ぶりに苦笑を漏らした。


 紗月の寝顔のあまりの可愛らしさに、いつまでも眺めていたい気もしたが、持ち前の悪戯心が顔を出し、少しちょっかいをかけたくなってきた暁人は、もう一度紗月の隣に潜り込んだ。昨晩の初々しい反応を思い出し、欲望に火が灯りそうになる。少しだけ開かれた桜色の唇を、昨日の繰り返しのように親指の腹でなぞった。そのまま、自身の唇で塞ぐ。


「ん…」


 軽く啄んで唇を離すと、悩ましげな声が微かに漏れた。未だ、目は閉じられたままだ。

 暁人は、細く長い綺麗な指で、彼女の耳を擽る。口元を近づけると、少し掠れた低い声で、紗月に甘く囁いた。


「おはよう、紗月さん。朝ご飯できてますよ。」


 眠り姫が、その瞳を開くまで、あと少し―――


逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔はものを思はざりけり


恋人との逢瀬に有頂天になった暁人は平安貴族のように後朝の和歌を認めております笑

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