逢ひ見ての〈三〉
「今度は、ちゃんとおもてなししますって、約束したからね。」
そう言って悪戯っぽく片目を瞑り、暁人は自宅の扉を開いた。
ベランダの窓を開けて、紗月を外に促す。僅かに湿気を孕んだ夜風が、紗月の頬を撫でた。
「ここが、特等席だよ。かけて待ってて。何か飲み物を持って来よう。神谷さんは、お酒は大丈夫かな。」
「ありがとう、ございます。大丈夫です。」
(すごい、本当に特等席だ…)
紗月はベランダの手摺にもたれて、あたりの景色を見渡した。前回来た時には気付かなかったが、河原の方が良く見渡せる。これなら花火も遮るものなく楽しむことが出来るだろう。
既に太陽は沈み、西の空にわずかなグラデーションを残し、一面深い青に染まっている。
「ブルーモーメントですね。」
シャンパングラスとボトルを手にして戻って来た暁人が、紗月の心を読んだかのように言った。
「…私も、同じこと考えてました。先生にお借りした本に、載ってたなって…」
「あともう少しで始まると思いますよ。呑みながら待ちましょう。」
そう言って、いくつかの摘みやすいオードブルやフルーツも持って来て、ベランダのテーブルに並べていった。並んだグラスに金色の細かい泡が立ち昇り、否応なく期待が高まってゆく。
「これ…先生が作ってくださったんですか?」
「うん。料理は結構好きなんだ。お口に合うと良いけど。どうぞ、召し上がれ。」
プロ顔負けかと思うほどの美味しい料理が呼び水となり、お酒もついつい進む。あっという間にほろ酔いになったところで、開会を告げる一尺玉が鮮烈な音と光を放った。
「わあ……!!」「始まりましたね。」
思わず立ち上がり、手摺にもたれかかると、暁人も隣に陣取った。次々と上がる色とりどりの花火に、二人して眼を奪われる。
「綺麗……」
一瞬の閃光を煌めかせながら、無数の光の尾が夏の夜空を泳いでいく。その儚き明滅の芸術に、二人の間を心地良い沈黙が包む。肩を触れ合わせながら、しばらく見入っていた紗月だったが、ふと隣を見上げて唇を尖らせた。
「…先生って、結構意地悪ですよね。私が東雲先生のこと、いろいろ話すの聞いて、面白がってたんでしょう?」
「面白がっていたというか、嬉しかった…んだと思います。」
ふわふわした高揚感に任せて、少し愚痴をこぼした紗月に、心外だ、と言わんばかりの顔をして暁人は返した。少し着崩れてはだけた首元から、綺麗な鎖骨が僅かに覗く。
「もう少しこのまま、ストレートな愛情表現を聞いていたいな、と思うほどには。」
言いながら、暁人の右手が頬に触れた。
「――愛っ、、」
紗月の頬にかかる後毛を掬って、耳の後ろにかけ直す。触れる指先から迸る電流が、紗月の肌を粟立たせた。
「……だって、僕のこと大好きでしょう?神谷さん。」
揶揄い混じりの笑顔を浮かべ、楽しそうにこちらを見つめる暁人。思わず息を呑んだ紗月の頬が上気していたのは、飲酒のためだけではないことは明白だった。
「…気づいてたんですか。」
「…僕の自惚れでなければ。君の眼差しが、そう語りかけてくれていたから。…違ったかな?」
「…ちが、わない、です…」
恥ずかしさに一瞬顔を背けると、金色の光の華が次々に咲いた。意を決した紗月は、もう一度暁人に向き直る。
「先生のことが、好きです。暁月先生も、東雲先生も。」
「ありがとう。僕も、貴女のことが好きですよ、紗月さん。」
暁人の右手が再び頬にかかったかと思うと、親指が紗月の柔らかな唇を撫でた。打ち上がる笛音が途切れた刹那、微かな衣擦れの音が耳に届く。
七色に光り輝く大輪の華を背景に、二人の唇が重なった。
ちょっと力尽きたので、ここで完結とさせていただきます…。夢の話を膨らませただけなのに結構頑張った…。
気が向いたら続きを書く…かも?
お付き合いありがとうございました。




