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逢ひ見ての〈二〉

「最初は、ただの偶然だと思っていたんです。私が先生と話した内容と、少し重なるところがあるなって…。でも、あの女の子との会話…七夕とか、彩雲とか。それに、名前も。朧って、私の名前を、少し…もじったのかな、とか…。違ってたら、恥ずかしいんですけど。でも、一番そうなのかなって思ったのは、作者名です。『東雲玉兎(しののめぎょくと)』って、『(あかつき)の月』って意味なんですよね?」


 一抹の不安を抱えながらも、ほぼ確信に近い自身の推測を畳み掛ける。紗月の言葉を嬉しそうに聞いていた暁人の瞳には、愛しいものに向ける熱が籠っていた。


「御名答。」


 細く長い指が、控えめな拍手の形を取る。


「いかにも、僕がこの本の作者です。」


 そう言って、袂からあの小説の第一巻を取り出した暁人は、その場でサラサラとサインを施し、どうぞ、と紗月に差し出した。


「……本当に、先生が…?」


 清涼な茶の香りが、驚きと共に大きく息を吸った紗月(さつき)の鼻腔を(くすぐ)った。

 彼の操る墨のように深い色をした紗の夏羽織の肩が、目の前で面白そうに少し揺れる。


「…やっと、気づいたんだ、神谷さん。」


 紗月より一回りほども歳上のはずの、落ち着いた和服を着こなす姿からは想像もつかない、悪戯(いたずら)が成功したかのようなやんちゃな笑みを浮かべて、紗月の書道教室の講師である松永暁人(あきと)は、頬杖をつきながらこちらを見つめていた。



「今日あたり、貴女が僕を問い詰めてくるかな、と踏んでました。」


 そう言って、楽しそうに暁人は笑う。


「もう、どうしてずっと隠してたんですか?私、知らずに結構恥ずかしいこと捲し立ててた気がするんですけど…」


「ごめんごめん、いつ気づくのかな、と思って。」


 羞恥に顔を染める紗月に、さして悪びれもせず暁人は笑顔を向けていた。


「でも、沢山褒めてもらえて、凄く嬉しかったですよ。そんな経験、初めてでしたし。それに、貴女といろいろ話せてとても助かったんです。良いインスピレーションをもらえて、本当に感謝してるんですよ。」


 やっとお礼が言えましたね―――そう言いながら、そっと紗月の左手に手を添えた。


「そろそろ、良い時間ですね。場所を変えましょう。」


 いつの間にか、夕闇が空を覆い始め、店内も店仕舞いの準備を始めていた。この後は、河川敷で花火が打ち上がる予定だった。暁人からは、特等席に招待する、と聞いているのだが―――


「ご案内しますよ。足は痛みませんか?」


 草履の足元を気遣う余裕を見せながら、手早く会計を済ませた暁人は、再び紗月の手を引き店を出て、人の流れと逆方向に歩き始めた。


「どちらに向かっているんですか?」


「貴女も知っている場所ですよ。」


 人波を避けながら、逸れないように着いていく。ふと、前から来る人を避けきれず、肩がぶつかり弾かれた。


「きゃっ」「―危ない、」


 瞬間、手をぐいと引かれ、広い胸に抱き留められる。至近で嗅いだ白檀の香りが脳を直接刺激した。薄手の羽織のサラリとした手触りを感じる。


「大丈夫ですか?」


 心配そうな暁人の声が頭の上から降ってくる。建物の窪みに身を寄せて、一時的に人波から外れられたようだ。見上げると、気遣いの色を宿した夜空のような瞳に吸い込まれそうになる。


「……っ、すみません!なんとも、ないです…」


「…良かった。あと少しだけ、僕を盾にしてついてきてください。」


 紗月の無事を確認すると、再び人並みの中へ踊り出した。しっかりと繋がれた掌から、お互いの熱が伝わってゆく。喧騒が、どこか遠くに感じられた。


やっと、冒頭に繋がった…

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