天の海、月の舟〈三〉
暁人サイドです。
―願い事、ですか…―
自宅に帰り、洋装に着替えて書斎の椅子に腰掛けた暁人は、つい先程の紗月との会話で得た天啓を逃さないよう、早速PCの画面と向き合っていた。
「やっぱり、神谷さんと話すと良いヒントをもらえる。」
―昔は、欲しい物とか、出来るようになりたいこととかを書いてたんですけど…ある時から毎年願う事はひとつになってて。『愛し合う二人が必ず出会えますように』、ですね―
そこから着想を得た話を、暁人の言葉で綴っていく。
(今日もいろいろと褒め言葉を浴びせてくれたな…)
目の前の人物が作者本人だと露ほども思っていない彼女は、東雲玉兎の小説に水を向けた途端、立て板に水の如く、その可愛らしい唇から讃辞を紡いでくれた。
ふと、自身がしでかした大胆な行動を思い出し、その感触を確かめるように人差し指の背を唇につけた。
思いがけず繋がった縁に、自分ばかりが高揚しているようで、ちょっと悪戯してみたくなったのかもしれない。常にない自分の行動に、我ながら戸惑いを隠せなかった。
「神谷さん、楽しんでくれるかな…」
いつしか寝食も忘れ、静かに更け行く夜に、キーボードの音だけが響いていた。
東雲の小説をいっぱい褒められて喜ぶ暁人。




