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絶対強者の孤独

「並ぶ魔力の人間がいないって、孤独なのよ」

 ベラが憂いを含んだ視線を落とす。

「そばにいて苦しくない、魔力が低い相手は、自分を恐れて近付いて来ない。触れ合うことも出来ない。かと言って、自分を恐れない魔力の高い相手では、今度は自分が苦しくて近寄れない。まるで、ヤマアラシのジレンマだわ。でも、レニはわたしを恐れない。わたしもレニを恐れることはない。それが、どれだけ、稀有なことか」

 ベラが両手でわたしの手を包む。

「こうして、当たり前に触れ合えることが、わたしにとって、どれだけ、大きなことか」

 その、重さが、わたしには、わからない。

「わたしにはまだ、姉さまがいて、レニがずっといてくれた。けれど、国王陛下には二百年間、自分に恐れず近付いて触れ合える人間がいなかったの。そんななかで、なんでもないように触れたのがレニなのだもの。国王陛下自身はもちろん、王家や重鎮たちにしたって、絶対に逃せない相手よ」

 わたしにそんな価値があるなんて、わたしにはとても思えないのに。

「それは仕方ないわ」

 ベラがわたしから手を離し、自分自身の両手をきつく握り合わせる。

「わたしがレニに怖がられたくなくて、隠していたのだもの。両親にも、レニの家族にも、根回ししてね」

「わたしが、ベラを怖がる?どうして?」

「魔力は、毒なのよ」

 それは、もう聞いた。離れている相手すら、あんなに青い顔にさせるのが、強い魔力なのだろう。

「貴族は平民より魔力が高い傾向にあるの。平民の魔力の平均値を一とするなら、貴族の魔力の平均値は二十よ。そして、わたしの魔力は四百。ねえ、レニ?」

 ベラが諦念の混じった顔で、わたしに問い掛ける。

「体重一キログラムの鶏を、体重四百キログラムの牛が下敷きにしたら、鶏はどうなるかしら?わたしは、この手で触れるだけで、魔力の弱い人間なら殺してしまえるのよ」

 今日、ベラがわたしにキスをしたとき、なぜ、男性官吏があんなにも血相を変えたのか、理解した。

 男性官吏はおそらく、わたしの魔力の低さを知っていたのだ。ベラのやったことは彼から見れば、牛が鶏を踏み付ける行為で、だから彼はわたしを案じて、あんなにも慌ててベラを引き離したのだ。

「恐ろしいでしょう、そんな人間は」

 けれど、わからない。

「どうして?」

「どうしてって」

 だって、ベラはわたしを踏み付けようとはしていない。わたしが大丈夫だと、わかっていてキスをしたのだから。

「だって、ベラは触らないじゃない」

 馬車に乗るまでずっと、ベラは手袋をはめていた。服装だって、顔と手以外は出ていないものだ。自分を遠巻きにする子供たちに、近付こうとすることもなかった。

 牛の身体が鶏より大きいのは、牛のせいではない。

 鶏を踏み潰すつもりのない牛を、鶏を踏み潰さないよう細心の注意を払っている牛を、どうして恐れる必要があると言うのだろう。

「もしもわたしに触れたらわたしが死ぬとしたら、ベラは絶対にわたしに触らないでしょう?ベラは故意にひとを傷付けたりしないもの。恐ろしいところなんてなにもないよ」

 ベラが、ぽかん、と、わたしを見た。

 通じなかっただろうかと、付け加える。

「ベラの魔力は確かに大きいのかもしれないけど、それはベラのせいじゃないでしょ?自分が強くて、ひとを傷付けてしまいかねないことを理解していて、それでもひとを傷付けないように注意を払ってくれている。ベラは優しいよ、ちっとも恐ろしくない」

 じわじわと、ベラの瞳に涙がたまり、ぱちりと瞬いた拍子にこぼれ落ちた。

「えっ!?だ、な、ご、ごめん、なにか、悲しませるようなこと、」

「違うの」

 あわあわと差し出したハンカチを受け取り、ベラが首を振る。

「ほっとしたの。馬鹿ね。レニがこう言う子だなんて、わかっていたはずなのに。怖がって、勝手にレニの耳を塞いで」

 ありがとう、と、呟くベラの気持ちを、きっとわたしは一生、理解してはあげられないのだろう。

 思えば。

 ベラがほかの子供と一緒にいるところを、見たことがない。わたしは両親から、魔力が少ないなりに、良い縁談を探せと、お茶会に連れ回されたりもしたが、そこでベラに会うことはなかった。

 ベラは魔力が高いゆえに、誰かと関わる機会を、奪われ続けて来たのだ。

 そして、誰かと関わる機会があっても、それは。

「良いよ、それは、もう」

 誰かと関わる機会が極めて少なくて、関わる機会があっても、恐れられたり、遠巻きにされたりするだけなんて。

 恐れられるのを、恐れて、当然じゃないか。

 こんなにも、優しい子なのに。ベラはなにも、悪くないのに。

「そんなことで、ベラを嫌ったりしないよ。わたしがちゃんと知ろうとすれば、知れたことなんだろうし」

 と言うか本来、いくら口止めされたと言っても、両親が教えるべきことだと思う。わたしがたまたま大丈夫だっただけで、普通であれば命に関わることなのだから。

 おそらく、魔力の低いわたしは、両親に愛されていないのだろう。せめて才女であるイザベラ・モルガン伯令嬢との繋ぎとなれと送り込まれ、もし、それで死んだとして、モルガン伯家に賠償を求める理由となるとでも思われていたのではないだろうか。

 通過儀礼から帰るのが遅くなったにもかかわらず、迎えの馬車が待っていなかったのが、その証拠だろう。

 王城側は細心の注意を払っていたとは言え、魔力がひとを殺すなら、最悪の事故が起こる可能性だってある。王城からどんな連絡が行ったのか、ベラがどんな伝言をして馬車を返したのかわからないけれど、ほかの子よりも時間が掛かると聞かされれば、普通の親なら心配するはずだ。馬車は返したとしても、無事を確認する侍従くらい、送るものではないだろうか。

「レニ」

 ベラがわたしの手を掴む。目元は赤くなっていたが、もう、泣いてはいなかった。

「わたしが、無理に頼んだのよ。同じ伯爵位とは言っても、家の力の差はあるもの、逆らえなくても、仕方がないわ」

「そうだね。ありがとう」

 ベラの両親は、家の力を翳しても、末娘の心を守ろうとした。わたしの両親は目上の家に逆らってまで、末娘の命を守ろうとはしなかった。それだけの話だ。

 魔力底辺の落ちこぼれを、虐待もせず育ててくれている。その恩があるから、家のために命すら使われたことも、受け入れるべきなのだろう。

「伯爵家の娘のまま、王妃になれるもの?」

「どうかしら。なれないことはないと思うけれど」

 話題を変えたわたしに、ベラが応じる。

「メレジェイ伯家では後ろ盾が弱いから、どこか公爵なり侯爵なりの、養子されるかもしれないわ。寄親の、マグナガン侯家の可能性が高いかしら。うちの寄親の、ウィッテルド公家や母さまの実家が名乗り出るかもしれないし、もし本当にどこかの養女にと言う話になれば、ほかにも手を挙げる家はあるだろうけれど」

 高位貴族と縁付きになれるのだ、両親は喜んでわたしを養子に出すだろう。

「もしもわたしが死んだとて駄目で元々、運良く世継ぎを授かれれば、いずれ外戚になれるものね」

「国王陛下が早逝しない限りは、百年単位で先の話でしょうけれどね」

「それもそうね」

 クスクスと笑えるのは、それが自分の話と言う実感が、未だに湧かないからだ。

 だって少したりとも、王様が恐ろしいとか危ないとか、感じなかったのだ。自分がそんなすごいことをしたなんて、思えない。

 ベラだから信じているけれど、ほかの誰から聞かされていたとしたら、たぶん嘘だと思って信じなかっただろう。

「もしもレニが王妃になるなら」

 だって両親より兄姉より、ベラの方がわたしを想ってくれている。

「絶対にわたしが侍女として付くわ。だから、大丈夫よ、レニ」

「ニニは連れて行けないものね」

「連れて行けはすると思うわ。王妃として、国王が出来ないような、魔力の低い相手への対応は必要になるもの。たぶん外宮に部屋を与えられるから、ニニはそこにいて貰えば良いわ」

「外宮?」

 王城ではなくて、だろうか。

 ああそうか。

「そこに、先王のご兄弟の子孫たちが詰めて働いているの?」

「そう。どの国も、貴族は比較的魔力が高い者が多い傾向があるとは言え、そうでない国はいるし、魔力の低い平民では、王城に陳情に行くにも命懸けになりかねないから」

「それで、魔力が低いひと用に、施設を分けているんだね」

 そして、魔力底辺のわたしは、そんな場所でこそ輝くと。

「わたしも付いて行くけれどね」

「え」

 それは、大丈夫、なのだろうか。

「王城は、国王陛下の魔力が高過ぎることだけではなく、高い魔力の者が揃っていることも問題なのよ。太后さまも、王弟殿下も、王弟妃殿下もいるもの。重鎮だって、魔力は高い方が多いし。わたしひとりなら、さして問題はないわ。むしろ襲撃避けになるし、邪魔なら少し離れていれば良いし」

「襲撃避け」

「魔力が低い相手なら、徒手でも無力化出来るわ」

 ベラが胸を張って見せる。自分の魔力の強さに対して、開き直ったような言葉に目を見開き、ベラの強さに笑ってしまった。

「物騒だよ」

「わたしのレニに手を出そうって言うのよ?それなりの報復は受けて貰わないと」

 そこまで言って、でも、とベラは笑みを苦笑に転じた。

「レニは王城から出して貰えないかもしれないわね」

「えっ、どうして」

「優先すべきはお世継ぎだもの。せっかく見付かった貴重なお妃なら、少なくとも数人授かるまでは、安全な場所に囲われるかもしれないわ。そうでなくても、国王陛下が離れることを許さないかもしれないし」

 離れることを、許さない?

「どうして、そんな」

 自分で言うのもなんだが、わたしはベラのように美人ではない。不細工、と言うほどではないが、貴族としては十人並みの容姿だ。

「レニにはわからないだろうけれど」

 苦笑のまま、ベラは言った。言葉こそ拒絶のようにも聞こえるが、それはむしろ、いとおしくてたまらないと言いたげな声音だった。

「それくらい、孤独なのよ。魔力が強いってことは」

拙いお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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