差別と差別化
やっとの心地で広間から戻れば、ベラはちゃんと待っていてくれた。
「おかえり、レニ」
「ただいま」
「帰りましょ」
差し出されたレニの手を取り、女性騎士の案内で帰路に着く。行きはあんなに距離も時間も長かったのに、帰りはあっけないほど短かった。やっぱり、わざわざ遠回りをさせられていたらしい。
もう見えたお城の出口に向かって歩きながら、言う。
「差別は良くないと思わない?」
「差別化は必要よ。その差別に必然性があるならね」
「なにか、理由があっての遠回りだったの?」
長い廊下も、広過ぎる広間も、無駄ではなく意味があるのだろうか。そうだとしても、あんなに歩かされたり待たされたりしたのは、納得が行かないけれど。
「そう。理由があるのよ。でも」
こてり、とわたしの肩に、ベラが頭を乗せる。
「レニには知らないでいて欲しかったわ」
「どうして?」
「わたしは臆病だから」
臆病。ベラが。
「鞍なしのスレイプニルに乗れる令嬢は、臆病じゃないと思う」
「レニだって怖がってなかったじゃない」
「オーガストはよく躾されているから恐くないよ」
ベラが、ぎゅっとわたしの腕を抱いた。
「そうね。そうよね。大好きよ、レニ」
「わたしも好きだよ、ベラ」
今日のベラは、どうにも様子がおかしい。
ベラであっても、国王陛下に目通りするのは、緊張したのだろうか。
ふと、王様の言葉を思い出して、尋ねる。
「ねえ、ベラも王様の、手を取った、のよね?」
ヒュッと息を飲んだのは、先導する女性騎士だった。
「……いいえ」
わたしの肩から頭を上げて、ベラが答える。
「わたしでも、陛下の手には触れなかったわ」
「やっぱり触っちゃ駄目だったの?」
「駄目ではないのよ。触れるならば、触るのが正しいの」
でも、誰も触っていないのだ。
だから王様は"何年も誰かの手を握ったことがなかった"。
「ベラは」
なぜ、誰も王様の手が取れないのか。
「王様が、恐ろしかった?」
「恐ろしくはなかったわ」
ただ、とベラは続ける。
「触れはしなかった。それと、わたしとレニ以外の子たちからすれば、恐ろしかったでしょうね」
「わたしは」
真実に手が触れそうで、声が揺れる。
「怖くも恐ろしくもなかったよ」
もちろん、畏れ多いとは思っているし、粗相をして怒りを買ったら怖いと言う思いはある。だが、おそらく、王様が言った恐ろしいも、ベラの言う恐ろしいも、そう言う怖いではないのだ。
「ええ。そうでしょうね。レニは、それで良いのよ。少しも、おかしなことじゃないの」
「嘘」
嘘だ。おかしいのだ。わたしが。なにがかは、わからないけれど。
「そうね、嘘よ」
ベラはどこか寂しげに微笑んだ。
「平気でわたしと手を繋いで歩けるレニは、普通ではないわ。おかしいの。でも、わたしはレニが普通ではなかったから、友達になれたし、救われたの。それは覚えていて」
ベラと、手を繋いで歩けることが、おかしい?
「わからないわよね。わからないでいて欲しくて、わたしが、レニの耳をふさいでいたもの」
ベラが泣きそうな顔で言うから、思わず立ち止まり、ベラを抱き締めていた。
「良いよ。許すよ」
「レニ」
「なにか、理由があったんでしょ?ベラが理由もなくそんなこと、するはずないもの。だから、許すよ。友達だもん。当然でしょ」
ベラの手が、わたしを抱き返す。
「ありがとう。レニ。ありがとう。大好きよ」
ベラは大きく深呼吸してから、言った。
「話すわ。今日の儀式の意味も。どうして、わたしが避けられるのかも」
「……わたしが差別されてたわけじゃなくて、ベラが避けられていたの?」
なんと。
真剣に驚いたと言うのに、ベラは笑い出してしまった。
「ふふ。そうよ。ふふふふっ」
わたしから身を離し、待っていてくれた女性騎士に、ごめんなさいと謝る。
「でも、ねえ?あなたも、レニがどれだけ奇特な存在か、わかるでしょう?わたしたちの孤独を癒してくれるのは、レニだけなのよ」
「ええ。まさか、そんな方が、現れて下さるとは」
女性騎士は頷き、わたしへ深く頭を下げた。
「どうかその恩恵を、我らが王にも分け与えて下さいませ」
それは、どう言う。
言葉の意味を取りかねたわたしと違って、ベラはよくわかっているようだった。
「そうなるわよね。やっぱり」
「ずっと、待ち望まれていましたから」
ベラがため息を吐いて、女性騎士に案内を続けるよう求める。
「せめて、わたしも触れないまでも、前に立てるだけの力があって良かったわ。貴重でしょう、それでもまだ」
「そうですね。しかも、メレジェイ嬢からの信頼も厚いようですから」
「そうよ。わたしの、いっとう大切な子だもの」
女性騎士が案内した馬車付き場には、なんと我が家の馬車は待っていなかった。
「わたしが伝言して、帰って貰っていたの。今日は、わたしの家に泊まって行って?」
わたしを自分の家の馬車に案内しながら、ベラが言う。
「早めに伝えたから、レニの家のご馳走は明日に持ち越されていると思うわ。勝手にごめんなさい。でも、今日を逃せばわたしから説明出来ないだろうから」
「良いよ。わかった」
「ありがとう」
頷いて、ベラの家の馬車に乗り込む。来た時は真昼間だったのに、もうすっかり日も暮れて、星が出ていた。
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