減るような何かはない
廊下の先の扉の中では、強張った顔の子供たちが待っていた。見覚えのある顔もいくつか。高位貴族の子たちだ。わたしとベラが近付くと避けられる。まさかの、ここでも底辺差別、が、
「やあ。やはりきみもいたか」
と思ったら、ふたり組が寄って来た。
わたしでも顔と名前が一致する。公爵子息とその従者だ。
「マーケル公子息。ご機嫌麗しゅう」
「モルガン伯令嬢も。この部屋でそんなにも涼しげな顔が出来るとは、さすがだね」
やっぱり毒でも撒かれているのだろうか。
「レニは気にしなくて良いのよ」
思わず、きょろ、と辺りを観察したら、ベラから釘を刺された。お陰で公爵子息の視線まで、わたしに向く。
「そちらが噂のメレジェイ伯令嬢かな」
噂ってなんだろう。
「あまり見ないで頂けますか?減るので」
減るのか。いや、何が減るのだろうか。もしやベラまで、底辺差別なのだろうか。
「……」
減るらしいので、にこやかに会釈だけしておく。
「ご紹介には与れないのかい?」
「減るので」
減らないと思うけどな。
「わたしは少しあちらの方に用事があるので、失礼いたしますわ」
強引に話を断ち切り、ベラはわたしの手を引く。
「レニはここで待っていてね」
数歩離れた場所で止められ、目的のひとに近付くベラの背を眺める。ベラが話しかけたのは、この場の取り仕切りをしているらしい男性だ。ふたりで数言話したあとで、揃ってこちらへ歩み寄って来る。
「メレジェイ嬢、いくつか質問しても良いですか?」
「はい」
なんだろう。
「こちらの、モルガン嬢といて、何か身体に異変や不調を覚えたことはありますか?」
「?」
どう言う意図の質問だろうか。
「モルガン嬢のせいで、と言うことですか?」
もしやベラがなにか、疑われているのだろうか。
「彼女はそんな、ひとに害をなすような子では、」
「あ、はい。わかりました。大丈夫です」
「レニ、大丈夫よ。わたしがどうこうってわけじゃないの。でも、庇ってくれてありがとう」
言ってベラはわたしに抱き付き、頬にキスをした。
「ちょっと、」
ベラがわたしにベタベタするのはいつものことだけれど、化粧をしているのにキスをするのは、口紅が着くからやめて欲しい。
そう、言おうとして、
「っなんてことを!」
「えっ?」
血相を変えた男性官吏にベラから引き離されて、びっくりした。
「なにを考えているんだ、モルガン嬢!きみ、メレジェイ嬢、大丈夫かい?身体に異常は!?」
なぜ、そんなに、鬼気迫る顔で問われるのかわからない。いや、確かにベラの行動は、時と場合と場所を弁えていないけれど。
「大丈夫、ですが」
答えて、無理矢理引き剥がされたベラが転んでいることに気付く。
「ベラ、大丈夫?」
男性官吏を避けて、ベラに手をさしのべる。
「ありがとう、大丈夫よ」
ベラがわたしの手を取って立ち上がるのを、男性官吏は目を剥いて見ていた。
「ええと、その」
「口紅付いちゃったわ。ごめんなさいね」
「ちゃんと拭いて。じゃなくて、どう言うこと、ベラ?」
男性官吏とベラを見比べようとするわたしの顔を掴み、ベラがハンカチを取り出す。
「拭くから動かないで」
「いやでも」
なんであんなに乱暴に引き離されたのか。なんでこんなに信じられないものを見る顔を向けられているのか。どちらも、わからないのだ。
「良いのよ。レニは気にしなくて。はい、綺麗になった」
「そんなこと言われても」
さっきから、ずっとなのだ。
「わたしがなにかおかしいの?なにか、変なことをしている?」
「大丈夫よ。そうですよね?レニ、メレジェイ嬢がおかしいわけじゃないでしょう?」
ベラが男性官吏に問い掛ける。
「……メレジェイ嬢、本当に、具合が悪くなったりはしていないのですね?」
「はい。体調に問題はありません。普段通りです」
「普段から、不調があるわけではなく?」
「健康です。定期検診でも毎回、医者要らずの健康体だと」
「そう、ですか」
一度視線を落としたあとで、男性官吏はわたしの目を見た。きっぱりと告げる。
「モルガン嬢の言う通り、あなたにはなんの問題もありません。私の勘違いで、メレジェイ嬢にもモルガン嬢にも大変失礼致しました。申し訳ありません」
「怪我はないので大丈夫です。ね、レニ?」
「ベラに怪我がないなら。わたしも、なんともありませんから」
けれど納得は行っていない。
「ありがとうございます。間もなく順番に、陛下との謁見が始まりますので、今しばらくお待ち下さい」
男性官吏が頭を下げ、離れる。手に持っていた帳面になにか書き加え、同僚を呼んでなにやら話し合っている。
「ベラ」
「大丈夫よ」
「なにが?」
「すぐに嫌でもわかるから、大丈夫。信じて」
ベラの目を見据える。ベラもこちらを見ていて、決してそらすことはなかった。
「……わかった」
「ありがとう。大好きよ、レニ。世界でいちばんよ」
「大袈裟だね」
「大袈裟なんかじゃないのよ」
ベラがわたしの腕を抱き、肩に寄り添う。
「ちっとも、大袈裟なんかじゃないの」
どうか、したのだろうか。
問い掛ける前に、高らかに名を呼ぶ声が響いた。わたしでも、ベラでもない名だ。呼ばれたらしい少女が、蒼白な顔で、わたしたちが入って来たのと逆の扉の前に立つ。
少女が扉をくぐり、扉が閉まって。一分ほどで、少女は戻って来た。真っ青な顔で、女性騎士に支えられながら。そのまま、部屋の外へと連れられて行く。
「レニ」
そんな姿を眺めながら、ベラがわたしを呼ぶ。
「扉をくぐると廊下があって、廊下の先の扉の向こうが、謁見用の広間よ」
「そうなの?」
「そう。それでね、進めるところまで進みなさいって言われるの。広間の奥に、陛があって、その上の玉座に、国王陛下がいらっしゃるわ」
わたしの肩に頭を預け、静かな声でベラは語る。
「詳しいね」
「姉さまに聞いたから」
わたしの姉も兄たちも、そんなこと教えてはくれなかったのに。
「良いこと?レニ。止められるまで、決して止まっては駄目よ?広間を進んで、陛を昇って、玉座の足元で跪くの」
「広間を進んで、陛を昇って、玉座の足元で跪く」
「そうよ。そうしたら、右手で陛下の右手を取って押し抱き、額に当てるのよ。そこまでしたら、陛下からお言葉があるから、良いと言われるまで、その体勢でいるの」
なかなか辛い体勢のように思うけれど、保たないといけないのか。
「大変そう」
「レニならちゃんと出来るわよ。頑張って」
なるほど、緊張で大変ななか、さらにそんな大変な姿勢を取らされるから、みんなフラフラで戻って来るのか。
でも、みな数分で戻っているから、廊下も広間も、そんなに広くないし、陛下のお言葉も短いのだろうか。
「見込みがある相手ならそれなりに長く話して下さるらしいわよ」
つまり、すぐ戻って来る子は見込みがないと。世知辛い世の中だ。わたしもきっと短時間で終わるだろう。なにせ魔力ド底辺の下級貴族だ。
そんな会話や思考のあいだにも、どんどん呼ばれては、戻って来て退室して行く。あとから呼ばれた子の方が、時間が長い傾向にあるようだ。見込みがある子ほど、あとに呼ばれていると言うことだろうか。でも、それなら真っ先にわたしが呼ばれていなければおかしいのに。
気付けば部屋に残るのは四人。わたしとベラ、それから、さっき声を掛けて来た公爵子息の主従だ。まず従者の彼が呼ばれ、次いで公爵子息が呼ばれる。
もしやわたしは忘れられていて、呼ばれないのではないだろうか。
そんな疑いさえ頭を過ぎるなか、公爵子息が戻って、男性官吏が次の名前を読み上げる。
「マリアベラ・モルガン嬢」
「行って来るわね、レニ」
ベラがわたしの手を放し、扉へと向かう。扉を潜ってから戻るまでの時間は、いままででいちばん長かったと思う。さすがベラだ。
しかもベラは、誰かに支えられることなく、しっかりとした足取りで戻って来た。
「ここで待っているから、安心していってらっしゃい」
「レニ・メレジェイ嬢」
ベラの言葉に被るように、わたしの名前が呼ばれ、ベラがひらひらと手を振る。
「わたしが言った通りにすれば良いだけ。なんにも難しいことはないわ。焦らず、いつも通りに歩けば大丈夫よ」
「うん」
頷いて、歩き出す。
「行って来ます」
そうして扉は、わたしのために開かれた。
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