extra.贖罪には大好物を添えて
王様視点
「…………価値観の異なる、駄目な王と思われた」
最愛の婚約者に手紙を届けた騎士の報告を受けて、頭を抱えた。
レニから手紙で、余の花として知られるキキョウを、自分の紋章に使いたいと伝えられて舞い上がり、もちろんと快諾する手紙と共に、王宮の温室のキキョウで花束を作らせて添えた。
手紙では、嬉しいと礼を伝えてくれたレニだが、その実際の反応は、芳しくなかったらしい。
「これでは嫌われてしまう。どうすれば」
「そんなことで、レニはひとを嫌ったりしませんよ」
肩をすくめて答えるのは、マリアベラ・モルガン。メレジェイ家の者は家長から末端の使用人に至るまで魔力が低いため、代わりとしてモルガン伯一家が、王宮に呼ばれたのだ。すべては近いうちに王宮へ住まうこととなるレニが、快適に過ごせる場所を調えるために。
「だが、呆れられはしたのではないか?」
「そんなこと」
息を吐いて、マリアベラ・モルガンは語る。
「これからいくらでもありますよ。メレジェイ家が、どんな家かはもう聞きましたか?辛うじて伯爵位ではありますし、重税を課さないので領民に親しまれてはいますが、そのせいで暮らし振りは裕福な平民の方が上等くらいの、貧乏な家ですよ。生まれてこの方お金に困ったことのない陛下とは、価値観が違うのは当たり前でしょう」
「ひとの良さは、レニと同じなのか」
その割にレニの扱いは、冷たいものだったようだが。
「確かに、レニの扱いは良いとは言えませんでしたが」
まさに、苦虫を噛み潰したような顔をして見せるマリアベラ・モルガン。
「それも愛ではあったのですよ。嫡男ならばともかく、レニは末の娘です。家で一生養えないからには、いずれ家を出て行かせなくてはならないのです。出た先で生きて行けるように、心も、技術も、鍛える必要があったから」
「そんなに、悪いものなのか。魔力の弱い者の、扱いは」
「弱いだけならそこまででもないはずです。平民は軒並み魔力が弱いですから。ただ、レニは貴族で、弱いのではなく魔力測定の針が全くふれない魔力です」
行き先によっては、ひどい扱いになったでしょう。
マリアベラ・モルガンは、苦々しげな顔で言う。
「もちろんわたしが、そんなことにはさせませんが。人身御供のようなものでも、モルガン家と関わらせたのも、あわよくばモルガン家に使用人としてでも迎え入れて貰えればと言う、親心だったのだと思います。それにしたってもう少し、気遣ってあげて欲しかったものですが」
息を吐いて、首を振るマリアベラ・モルガン。
「あの家はレニに鞭を振るばかりで、飴と言えばメイドのニニくらいのものでした。敵に塩を送るのは癪ですが、レニのためなので言いますよ」
本当に嫌そうに、マリアベラ・モルガンは言った。
「レニの機嫌を取りたいなら、王家としてレニのために、ニニを雇えば良いでしょう。レニはニニの作るお菓子が好きで、いちばんの好物はニニのニンジンケーキです。なんでも美味しそうに食べてくれますが、ニニのニンジンケーキには敵いません」
「ニニのニンジンケーキ」
「今度王宮に呼ぶときに、用意しておいてあげたらどうですか。一昨日一緒に寝たときに、寝言で呟いていましたから、たぶん食べたいのだと思いますよ」
癪だと言いつつ、ずいぶんと塩を送ってくれる。
いや、違うか。これは、余への塩ではなく、レニのための気遣いだ。
「助言、感謝する。そうしよう。王宮は無理だろうが、外宮の低魔力者向けの場所ならば、メレジェイ家の使用人でも過ごせるはずだ」
そう答えたときの、どこかほっとした顔が、なによりの証拠だろう。マリアベラ・モルガンの世界は、レニを中心に回っているのだ。これからの余の世界が、そうなるであろうことと、同じように。
早速メレジェイ家とニニ本人に打診すれば、どちらも喜んで申し出を受け入れ、次の日には、ニニの所属は外宮に移された。
そうして、再会の日。
思わぬ贈り物に歓喜した余を、レニはさらに喜ばせることになる。
「ニンジンケーキだ!わたし、ニンジンケーキ大好きなんです!」
「ああ。そう聞いて、メレジェイ家のメイドに作らせた」
「え?もしかして、ニニが作ったニンジンケーキですか?本当に??」
目をまんまるにして、レニが問う。
「そうだ。ニニを、そなたの専属とするために、王家で雇った。いまは外宮で過ごして貰っている」
そう伝えたあとにレニが見せた表情は、余が見たなかでいちばん輝くものだった。
「嬉しいです!嬉しい!!ありがとうございます、王様!!」
ぴょんっと跳ねて余に抱き付くレニは、それはそれは愛らしく。
ふたりで食べたニンジンケーキは、余にとっても、いちばん好きな食べ物になった。
おまけのお話までお付き合い頂きありがとうございました
感想でニニさんとニンジンケーキを気にして下さった方がいらしたのに
本編で触れられなかったのでおまけとして
ニニさんは子持ちの寡婦で
レニさんより五歳ほど歳上の男の子ふたりのお母さんです
ニニさんを三人目の我が子のように思っていて
お別れも言えず養子に出されたレニさんを心配していたところに
王宮から打診を受けたので
息子たちも独り立ちしたからと迷わず転職を決めました
所属は一旦外宮の食堂
ニニさんの作るおやつは優しい味で外宮でも人気です




