大きいことは良いこと
その後たどり着いた昼餐の場では、明らかに泣いたとわかる顔を太后様に心配された。
「大丈夫です。少し、自分が、不甲斐なかっただけで」
「あら、レニちゃんは立派よ?あんなに知らない大人に囲まれたのに、立派に受け答えが出来たじゃない」
太后様は、王様に抱かれたままのわたしの頭をなでてくれて、隣に座ると良いと誘ってくれた。
「母上」
それを止めたのは王様。
「余が、共に昼食をと誘ったのです。横取りしないで下さい」
「婚約者を泣かせるような子が、言うじゃない」
「泣いたのは、王様のせいじゃ、ないです」
母子喧嘩に割って入り、王様の頭に頬を寄せる。
「今日は、王様と食べます。お義母様とは、またの機会に」
広い部屋の中には、とても大きな机があって、片端にはカトラリーの並べられた席がいくつか。もう片端には、すでに料理の並べられた席がふたつあった。
お互いに、苦しまないために。
これがいつもの、王様と周囲の距離なのだろう。
ならばわたしはここで、王様をひとりにはしたくない。
「……そうね。息子だからと、意地悪を言っては駄目ね」
太后様が苦笑して、もう一度わたしの頭をなでる。
王様は頷いて、わたしを席まで運んで。
「……余とそなたで、並ぶ料理が違うな?」
ふたり分並んだ食事に、首を傾げた。
殻付きのエビや分厚いステーキ、ゴロゴロと大きく切られた野菜の入ったスープが並ぶ席と、おそらくムースであろう料理や小さく切られたお肉、よく裏漉しされたポタージュが並ぶ席。間違いなく、わたしの席は後者だろう。
「わたしの分は、食べやすいように配慮して下さったのだと思います」
「そう、か」
わたしでは、殻付きのエビなんて絶対お上品には食べられないので、素晴らしい気遣いに心から感謝する。せっかく綺麗なドレスを着せて貰っているのに、汚したら目も当てられない。
でも、王様は、きっと。
「美味しいものがあったら、わたしにもちょっと分けて下さいね?わたしのお料理も、わけっこしますから」
「ああ。わかった」
頷く王様が嬉しそうだから、わたしの提案は正解だったのだろう。
先に着き、食前の祈りを捧げ、カトラリーを手に取る。本来は順番に出すものであろう料理が、すでに全て並べられているので、食卓はとても賑やかだ。
「好きなものから、好きなだけ、食べれば良い」
目移りするわたしに気付いたのか、王様が言う。
「足りなければ言えば良い。食べきれぬなら、その分は余が食べよう。無駄にはしない」
食べきれるだろうかと不安に思ったことまで見透かされて、ついはにかむ。
「ありがとうございます」
先に全部並べられていると、お腹の塩梅も考えやすい。たぶんこれが前菜だろうと思う料理へと、わたしはフォークを伸ばした。
食べやすいよう細かく切って、ソースで和えられた生野菜。横には薔薇の花のように巻かれた、薄切りのお肉が添えられている。
「……?」
ずいぶん赤いお肉だけれど、火は通しているのだろうか。
「ん?ああ、生ハムを見るのは初めてか?」
「なまはむ」
「製造過程で加熱工程を入れないハムのことだ。塩漬けにして水分を抜いているから、豚肉でも生のまま食べられる。安心してお食べ」
なるほど、生ハム。
フォークで刺して、持ち上げる。小さめに巻いてくれているので、このままひとくちで食べられそうだ。
そもそも家では、ハムが、と言うか、お肉や魚が出ることがほとんどない。
えい、と思い切って口に入れる。強い塩気。硬いようで、柔らかくもある、今まで食べたことのない、不思議な食感。噛み締めると、口いっぱいに旨味が広がる。
「口に合うか?」
王様に問われて、こくこくと頷く。美味しい。
「そうか」
王様が顔を綻ばせて、自分も生ハムを口にする。
「うん。美味いな。生ハムは、生の野菜と一緒に食しても美味い。試してみると良い」
言って王様はまず自分が、添えられていたレタスと生ハムを一緒にフォークへ刺して口に入れる。
真似して巻かれた生ハムを解き、小さく切って生野菜と一緒に口に運ぶ。生ハムの食感と、生野菜のシャキシャキした食感が合わさって、また新しい食感に感じた。
「ふ……」
「?」
思わずと言ったように漏らされた笑い声に、きょとんと顔を上げる。
「いや、すまない。そなたは、美味いと思ったことがよく顔に出て良いな。見ていて、気分が良い」
「……すごく、美味しいです」
「そうか。急がなくて良い。ゆっくりお食べ。余のことも、気にしなくて良い。表情のわかる場所で、そなたが美味そうにものを食べている。それだけで、とても満たされる」
それは、小動物が一生懸命ものを食べているのを、愛でるような気持ちではないだろうか。
疑惑を覚えなくもなかったが、まあ王様が楽しいなら良いかと、気にしないことにした。
生ハム単体でも、生野菜単体でも、一緒に食べても美味しい。もぐもぐと食べ進めれば、控えめに盛られていたお皿は、たちまち空になった。
「もっと要るか?」
「いえ。ほかのものが、食べられなくなるので」
「それもそうだな」
王様が手を伸ばして、食べ終えたお皿を避けてくれる。代わりに目の前に置かれたのは、スープのお皿。
わたしが本来の順番通りに食べようとしていることに、気付いていたらしい。
お皿になにか仕掛けでもあるのか、さっきのお皿と料理はひんやり冷たかったのに、スープは鍋から注いだばかりのように温かかった。
ふうふうと冷まして、口に運ぶ。何種類もの具材を形がなくなるまで煮込んで、丁寧に裏漉ししたのであろうポタージュ。口当たりは滑らかなのに、いろいろなものが混じり合った、複雑な味がする。
「それも口に合ったか。ほら、こちらも食べてみよ」
口許に差し出されるのは、王様の分のスープ。わたしが食べやすいようにか、スプーンに載せられた具は小さな欠片にされている。
あ、と控えめに口を開けば、そっと差し込まれるスプーン。ポタージュと違ってサラッとしたスープはけれど、野菜の旨味が溶け込んで、これまた美味しかった。具材の食感も美味しい。
「ふむ。美味いか」
頷いた王様が、わたしの口から引き抜いたスプーンで、自分の口へとスープを運ぶ。
……間接キスだな。
わたしはベラやマリアアンで慣れているけれど、王様はどうだろうか。気付いていて気にしていないのか、気付いていないのか。
どちらにせよ、騒ぎ立てることでもないか。
「王様も、どうぞ」
気にしないことにして、わたしのスープもすくって王様に差し出す。
わたしの差し出したスプーンを咥える王様を見て、改めて、綺麗な顔だなと思う。食事中ですら、切り取れば絵画の一場面のようだ。
「ん。スープは大きな具の入ったものが好みだが、具のないスープも悪くないものだな」
「具の大きさは幸せの大きさですよね」
美味しいものを、口いっぱいに頬張っているときは、とても幸せな気持ちになる。もちろん、社交の場でそんなことは出来ないし、目撃されるとニニには睨まれるけれど。
でも、ニニのニンジンのケーキは、大きな切れ端を大きな口を開けて頬張るのが、いちばん美味しいんだ。
「ふふ、面白いことを言う」
王様は楽しそうだ。目を細めて笑っている。
「そなたの暮らす世界は、幸せで溢れていそうで良いな」
「王様は、違うんですか?」
辛いことが、ないわけではない。家は貴族にしては貧乏な方だし、わたしはみそっかすの落ちこぼれだし。けれど、日差しは暖かいし、ニニの作るおやつは美味しい。
「どうだろうか。幸せか、幸せでないかなど、長いこと、考えていなかったように思う」
それは少し、さみしいのでは、ないだろうか。
「だが」
王様がスープの具材を掬い上げる。大きな具材を、大きなまま、大きな口で頬張って。
ふふ、と、子供のように笑う。
「そうだな。幸せだ」
「はい。具の大きさは幸せの大きさですよ」
ポタージュは美味しいので、これはこれで幸せだけれど。
「そなたが隣にいれば、余も同じように、幸せで溢れた世界が見られそうだ」
そうなら良い。本来なら選び放題のはずのこのひとが、わたししか選べないと言うのなら、その、選ぶしかなかったわたしが、少しでも王様を幸せに出来たなら。
それからも、わたしと王様はわけっこしながら食事を進め、そのあいだ、王様はずっと笑みを浮かべていた。
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