道のりが長過ぎる
列が扉に飲まれた。我が家の玄関ホールくらいの広さの部屋。奥に扉がある。
「なにか不調のある者は隠さず申し出るように」
きっと優秀なのであろう青年が、子供たちに声を掛ける。
確かに低位貴族からすれば、王様なんて雲の上の殿上人。王城だって、今回以外は一生来ないかもしれない場所だ。緊張のあまり具合を悪くする子だっているだろう。
毎年のことだし、きっと手順書も作られているのだろうな。
思いの外、手厚い気遣いに感心しつつ待つ。
奥が謁見用の広間だろうか。予想して、やっと開いた扉の向こうを見れば、その先は廊下で、廊下の先、謁見の場所とは思えない部屋に通された。
どれだけ待たせるんだ。時間指定で呼んだくせに。
げんなりしながら待ち、部屋の奥の扉をくぐる。
なんだかもう見当がついていたが、向こうは廊下で、その先に同じような部屋があった。
これまでだって、散々行列で歩かされたのに。
いつまで続くのかと息を吐き、ちらりと横を見れば、共に長い道のりを歩いて来た男の子が、随分と青い顔をしていた。
低位とは言え貴族だ。こんな風に座ることも許されず、歩き通し待ち通しは慣れていないのかもしれない。
「大丈夫ですか?倒れそうなら、座った方が」
「あ……ああ。ありがとう」
か細い声を出す少年のために、床へハンカチを敷き、背と手を支えて座らせる。
少年は、座っていることすら辛そうな様子だった。
可能なら、どこかで横になった方が良い。
「あの、具合の悪い方が、」
誰か係の方にと思って見回し、部屋の中の子供が自分以外軒並み青い顔をしていることに気付く。
わたしはピンピンしているのだけれど。はて。
貴族の子と言うのは、みんなこんなに体力がないものだろうか。だとしたら、この儀式はやり方を考え直した方が良いと思う。
「あなたは、大丈夫かしら?」
「え、あ、はい。大丈夫です」
優しげな女性に問われて答えれば、こっちへ来てと入ったのと逆の扉へ案内され、外にいたおじさんに託された。
「この回はこの子だけです」
「わかりました。メレジェイ伯令嬢ですね。ここからまた少し歩きます。もしなにか不調があれば教えて下さい」
王城勤めの偉いひとだろうに、子供相手に丁寧なおじさんだ。
「はい」
その扉の外も廊下だった。
わたしは元気なので構わないのだが、これまでの部屋で体力が尽きてしまった子供たちに、さらに歩けと言うのは酷ではないだろうか。しかもこの廊下も、やたら長い。
「疲れてしまいましたか?次の部屋では座れますからね」
「ありがとうございます」
この儀式は、こんなに時間がかかるものだっただろうか。
姉や兄たちは、夕方近くに呼ばれて、日暮れ前には帰って来ていたように思うのだけど。それとも、貴族とは名ばかりの底辺組だから、冷遇されているのだろうか。
長い長い廊下の先は、華やかな部屋だった。クロスのかかった大きな長机や、テーブルセットがある。貴族用の控室、と言った印象の部屋。
「具合が悪くなっていたりはしませんか」
「大丈夫です」
体力的にも体調も問題はない。ただ、送迎の馬車をずっと待たせている。
「人数が集まるまではここでお待ち頂きます。馬車付き場でお待ちの馬車には、まだ時間がかかる旨を伝えて置きますのでご安心下さい。お待たせして申し訳ありませんが、お茶とお菓子をお出ししますので、ごゆるりとおくつろぎ頂ければ幸いです」
待たされるのは良い加減うんざりだが、扱いは丁寧かつ至れり尽くせりだ。
「わかりました。ありがとうございます」
「もし不調があったら、控えている者に遠慮なくお伝え下さい」
「はい」
具合は本当に問題ないが、あまり待たされるとお手洗いには行きたくなるかもしれない。
やることもないので立ち去るおじさんを見送っていたら、扉が閉まったあとで、控えていたエプロンドレスのお姉さんが声をかけて来る。
「随分歩かされたでしょう?お茶の前にお化粧室に行きましょうね」
仕事の出来るお姉さんだった。
綺麗なトイレに案内され、ついでに化粧も直して貰う。元の部屋に戻れば、焼き菓子の甘い匂いがした。
午後一番の時間指定だったから、昼食が早かったし控えめだった。唐突に空腹を覚えて、今更ながら自分が緊張していたのだと自覚した。
「あの」
「はい。なんでしょう」
「ここで、どのくらい待つことになりそうですか?」
ずっと気を張っているのは疲れる。それなら思い切って、これからどうなるのかを訊いておいた方が良い。
そう思って問えば、同情めいた目を向けられた。
「少なくとも二時間ほどは、待つことになるかと思います」
「そんなに?」
思わず不満のにじむ声が出てしまった。悪気はないし、低位貴族だし、子供だし、お目こぼしを賜りたい。だって、こちらは指定時刻通りに来たのに、すでに二時間近くは歩かされたり待たされたりなのだ。さらに二時間以上待てとは、あんまりではないだろうか。
姉も兄たちも、そんなに大変だったとは言っていなかったように思うのに。こんなことなら、もっとちゃんと体験談を聞いておくべきだっただろうか。でもだって、ちょっと礼をするだけ、と言う話だったし。
「そうよね、嫌よね。ごめんなさい。でも、ある程度は人数が集まらないといけないの。好きなだけお菓子を食べていて良いから、許してね」
砕けた口調は、先の失言は子供だから許すと言う意思表示だろう。わたしとしても、このあんまりな扱いが、このお姉さんのせいではないとわかっているし。
「わかりました。いただきます」
文句を言ってもしょうがない。席に着いて、焼き菓子に手を伸ばした。
「どうぞ存分に召し上がれ。太后様お気に入りの焼き菓子だから、とっても美味しいのよ。美味しいお茶も入れるから、ゆっくり休んでね」
「はい」
言葉通り、びっくりするくらい美味しい焼き菓子だった。お茶も美味しい。
カリカリしても、疲れるだけだ。
開き直ってくつろぐことにして、わたしはすっかり緊張を解いた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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