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目標達成のごほうびは

 立ち去る王弟様を見送って、ベラが言う。

「と言うわけだからレニ、お菓子を食べ過ぎては駄目よ。昼食が入らなくなるわ」

 出されたものすべてを食べる必要はないけれど。

 言ってベラは、首を傾げて微笑んだ。

「美味しいものが沢山出るわ。お腹いっぱいで途中から食べられなくなったら、残念でしょう?」

「うん。わかった」

 頷いて、食べかけの焼き菓子を見下ろす。これだけにするべきか、もう一個欲張って良いか。

「気に入ったなら包ませるゆえ、持ち帰って食べると良い。二、三日中ならそう味も落ちまい」

「良いんですか!?」

 こんなに美味しいお菓子を、持ち帰って良いなんて。

 念のためにベラを伺えば、大丈夫と頷きを返された。

「ありがとうございます!嬉しいです!!」

 満面の笑みで王様にお礼を言えば、どこか呆れた顔をされた。

 片手を伸ばし、躊躇い、それから恐る恐る、頬をなでられる。

「そなたは、余の婚約者になったのだぞ」

「そうですね」

「侯爵の養女にもなった」

「はい」

 もう片手も伸ばして、王様がわたしの顔を両手で挟む。

「こんな菓子など、いくらでもねだって良い立場だ。それどころか、ドレスでも装飾品でも美術品でも、欲しいなら余が買い与えよう。わかるか?」

 もちもちと、噛み締めるようにわたしの頬を捏ねながら、王様は言った。

「魔力を持たぬ身でありながら、余が触れてもなんの害も起こらないと言うことは、そなたは余より魔力の少ない者、誰とでも、思うままに、触れ合えると言うこと。そなたは余でなくても良いのだ。余でなくとも、そなたを欲しがる者は多くいるだろう。この国だけではない。他国でもだ。だが」

 王様の目が、わたしの目を見詰める。射抜くような、視線だった。

「余にはそなたしかおらぬ。ヒトを恋しく思い、ヒトとの触れ合いを求めるなら、余はそなたにすがるしかないのだ」

 美しい顔に、自嘲の笑みが刷かれる。

「そなたが我が国の民であったことは、余にとってこの上なき僥倖だ。そなたにとって、どうだったかは知れぬがな」

 この国で、ベラと出会い、王様に見出だされ、王后として求められているいまは、わたしにとって。

「わたしにとっても、幸せですよ、王様」

 手袋を外して、指先を見せる。

 冬は寒い。暖房がなければ、家の中にいても。

「この……手は……」

「王様には、縁がないですかね?霜焼け、って言うんですよ。寒い日がずっと続くと、こうなるんです。わたしの部屋は、暖房がなくて、夜はとくに、とても寒いんです」

 わたしは魔力を持たない、役立たずな娘だったから。そんなわたしにまで、燃料を回す余裕は、メレジェイ家にはなかったから。

「魔力の大小が命に関わるのが普通なら、魔力を持たない人間は普通、魔力の強い人間には近付かないものなのでしょう?わたしの特異性は、魔力の強い相手に近付かなければ気付かれないものですから、そんな特性気付かれないまま、役立たずな娘として一生を終える可能性も、十二分にありました。違いますか?」

 王様の両手が、わたしの両手を包む。霜焼けで荒れ、赤くなった手を。

「ベラと友人になれたのは偶然の幸運でしたが、王様に見出だされたのは偶然ではないでしょう?計測器頼りにせず、どんなに魔力の低い子供とも、実際に会って確かめることを決めた、王様のお陰で、わたしと王様は出会ったのです。もし、生まれたのがこの国でなかったら」

 世の中には、魔力至上主義の国も多くあると聞く。

「わたしは魔力なしの役立たずとして、蔑まれ、見下されて、たくさん苦労して生きて行くことになったでしょう。それに比べれば、王様に捕まり、王后としてお役目を与えられることの、なにが不幸なものでしょう。この、平和で豊かな国の王后として生きるなら、凍える冬も、茹だる夏も、もう恐れる必要はないんですから」

 気付けば、王様の腕に捕らえられていた。

「王様?」

「そなたのことを、知っていたなら……!」

 苦しいくらいにわたしを抱き締めて、王様が声を詰まらせた。

「知っていたなら、すぐにでも、迎えに行った!寒さも暑さも飢えも、なにものにも、そなたをおびやかさせはしなかった!!」

 悔いているのか、このひとは。知りもしなかったわたしの、不遇を。

「大丈夫ですよ。それが、当たり前だったから」

 落ちこぼれのわたしの扱いなんて、棄てられないだけで十分だと、思っていたから。

「辛いと思ったことはありません。屋根も食事も、与えられなかったわけではないですから」

 お前など娘でないと、放り出される可能性もあった。

「それに、二年前までは、兄と一緒に子供部屋だったから、ちゃんと冬は部屋を暖めて貰えていました。こんな風に手が荒れたのは、ここ二年だけですよ」

 わたしから身を離した王様が、わたしの手を捧げ持って悲しげに顔を歪める。

「だが、こんなに赤くなって、痛いのではないか?」

「このくらいなら痛くはないですよ。ちょっと痒いですけど」

 ひどいと皮膚が腐ることもあるから、悪化するようなら言うようにと、ニニに厳命されていた。だから、これは軽症の部類なのだ。

「そう、なのか?ほんとうに?」

「はい、本当です。それより」

 たぶん、王様は気付いていないけれど。

「目標達成おめでとうございます」

「む?」

「出来たじゃないですか、ハグ。思ったより、簡単に出来ましたね」

 きょとん、としたあとで、ガッ、と赤面した王様が、飛び退るようにわたしから離れた。

「す、すまない、その、そんな、つもりでは」

「え?いえ、わたしは大丈夫ですよ?嫌だったら、そもそも目標に掲げません」

「い、嫌ではないのか。否、だからと言って、」

 ぐるぐるあわあわしている王様は、なんだか可愛らしいが、そんなことを言っては落ち込ませてしまいそうだ。

 落ち着くまで、そっとしておいた方が、

「レニ」

「?」

 ベラに呼ばれてそちらを向けば、とんとん、と自分の頬を指で示していた。

「ごほうび」

 なるほど?

 隣に座れたから頭をなでた。それより上のことを達成したなら、褒め方も変えるべき。それは納得出来る。

 しかしそれが、果たしてごほうびになるのだろうか。

「は・や・く」

 だが、身体接触に慣れる、と言う意味では、ありかもしれない。

「王様」

 幸いにもわたしは、やるのもやられるのも慣れている。

「なん、」

 ちゅ

 振り向いた顔を引き寄せ、頬を啄む。

「あ、ごめんなさい、口紅付いちゃ、」

 ハンカチを取り出して拭こうとした頬は、バシンと大きな手で隠された。

「な、な、な、」

 こぼれ落ちそうに瞠目した王様が、信じられないものを見る目でわたしを見つめる。

「ごほうびです」

「ごっ!?」

「目標達成出来たので、その栄誉を讃えて」

 誉を上げたものへ、美女から口付けなんて、ベタな話だし、美女役がわたしなのが残念だけれど、残念ながら王様にキス出来る人間はいまのところわたししかいないらしいので、仕方ない。

「わたしからあげられるものなんて、これくらいしかないので」

 しょっぱいごほうびかもしれないけれど、許して欲しい。

 申し訳なくなって来て、眉を下げると、がし、と肩を掴まれた。

 なんだか、だんだん王様の躊躇いがなくなって来ているようで嬉しい。懐かない猫が、懐いて来る経過のようだ。

「そなたが自分を安売りすることは許さぬ」

「売りませんよ」

 女性相手ならともかく。

「男性相手でダンスの時以外に手以外へ触れさせるのは、家族とモルガン家の方だけです。王様は家族になる予定なので、大丈夫でしょう?」

 ベラの父相手だって、乗馬の指導の時と、褒めるときに頭をなでられるときくらいだ。

「かっ……」

 さっきから、王様の顔はずっと真っ赤だ。

「奥さんになるのだから、家族でしょう?」

「奥さん」

 王后なんて言うから身構えてしまうけれど、つまりは奥さん、あるいは嫁さん。相手が王様なためにやんごとない状況になっているが、誰かに嫁がされること自体は理解して、受け入れるつもりだったのだ。

「頑張った旦那様に、こほうびの口付けをするのは、少しも安売りなんかじゃないでしょう?」

 うんうん。こう言うと、なんだかわたしでも許される気がして来た。良い感じだ。

 ひとりで納得してにこにこしていると、王様が深い深いため息を吐いた。

「モルガン嬢、ひとつ、問うても良いか」

「レニはこう言う子なので、慣れて下さい」

「先回りの回答、感謝する」

 なんの会話だろうか。

「心配しなくても、達成出来たからって、今日はこれ以上高い目標は設定しませんよ?初日に詰め込んで、反動で触れ合いへの苦手意識が強くなってしまったら、元も子もないでしょう?」

「それは、どうも」

「最後にお別れのハグをして頂けたら、今日はそれで満点です!」

 さっきのハグはおそらく衝動的なものだった。だから、きちんとやろうと思ってのハグも、経験しておいて欲しい。

 その思いでの発言だったが、王様には呆れた顔をされ、ベラには笑われた。

「いたいけな見た目に反して、容赦がないな、そなたは」

「そうですか?普通ですよ」

 首を傾げつつ、手を伸ばして、王様の頬を拭う。濡れ布巾でないと落ちないかと思ったが、幸いにも乾いたハンカチで無事口紅を拭い取れた。

「頬じゃなく、唇の方が、口紅が移っても目立たないですかね……?」

 しかしわたしも、唇同士の口付けの経験はほとんどない。

「そなたに、余の心臓を慮る心があるなら、しばらくは頬か額で許してくれ。口紅が付いても拭ってくれれば構わぬから」

「あはは、さすがに唇を奪われるのは嫌ですよね」

「嫌ではない」

 即答で、否定の言葉が返った。

「嫌ではないが、ハグ以上に口付けは慣れぬ。まずは頬や額で、慣れさせて欲しい」

 ふむ。

「わかりました。えっと、意識の擦り合わせとして聞くので、忖度なしで答えて頂きたいんですが」

 嫌がることをごほうびとするのは、わたしも避けたい。

「その、正直に言って、わたしが口付けして、王様は嬉しいですか?」

 ベラが思いっきり噴き出した。不思議と今日は、ベラがよく笑っている。

「大事なことでしょう」

「そうね。本人に直接訊くのはどうかと思うけれど。答えにくいでしょう。肯定でも否定でも」

 そう、だろうか。

「どちらでも、わたしは気にしないけど」

「レニはそうでしょうね。と言うわけなので、素直なお気持ちをどうぞ、陛下」

 ベラから王様へ視線を移せば、両手で顔を覆っていた。

「ええと、嫌なら、嫌って言って、良いんで、」

「嫌ではない」

 顔を覆う手の向こうから、答えが返る。

「ずっと、誰かに触れたいと、思っていたのだ。気兼ねなく触れることの出来る相手を、欲っしていたのだ。嫌なものか。紛れもなく褒美だ。余にとって、そなたとの触れ合いは」

 ああ、わたしなんかのキスが、ごほうびになってしまうほど、このひとは他人との触れ合いに飢えているのか。

「好きに触れて、良いんですよ。わたしにだけは」

 彼は王だ。本当はわたしに許しなど得る必要はない。許しなど得られずとも、誰にだって好きに触れて良いのだ。

 けれどわたし以外にそれをすれば、彼は相手を殺してしまう。

 だから、彼はひとに触れることを恐れ、ひとに触れることを躊躇う。

「お別れのハグをしてくれたら、ごほうびにキスをしてあげます。次に会ったときも、挨拶にハグをして下さい。そうしたら、キスをして返しますから」

 両手を伸ばし、美しい顔の両頬を包んで、笑う。

「触りたいときに触って下さい。そばにいないなら、呼んで良いんです。あなたは王で、わたしは臣民です。人恋しい時はいつでも呼んで、抱き締めて良いんですよ」

 顔を寄せ、コツリと、額をぶつける。

「ほら、わたしなら、こんなに近付いても、触れても、なんともないんです。安心して下さい。こんなもの、ごほうびでもなんでもないんです。当たり前に、あなたに与えられるべきものですよ」

 ふ、と、王様が噴き出す。

「同じことを、余もそなたに伝えたかったのだ」

「同じことを?」

「ああ」

 王様が手を伸ばし、わたしの身体を抱き寄せる。

 タガが外れた王様は、ベラと同じくらい、触れ合いを求めるようだ。

 ああ、違うか。

 思い至って、王様の背に手を回す。

 王様も、ベラも、触れ合いが特別好きなわけではない。ただ、普通のヒトなら当たり前に与えられる触れ合いを、与えられなかったから。だから、飢えているだけの話なのだ。

 唯一、気兼ねなく触れ合える相手がわたしだから。だから、すべての触れ合いを、わたしに求めざるを得ないだけ。

「そなたは未来の王后だ。現状、王后になり得る、唯一の娘だ。余、個人としても、国としても、そなたに逃げられるわけには行かぬ。ゆえに、余は個人としても王としても、そなたを余に繫ぎ留めるため、そなたの願いはなんであろうと叶える。そなたは、わがまま放題しても、許される立場となったのだ」

 なるほどだから、こんな菓子などと呆れられたのか。

「……染み付いた価値観を払拭するのは、そう簡単ではありませんよ」

「まあ、そなたの評判を落とすようなわがままは、余も推奨せぬが」

「そうですよ。それに、そんなわがまま放題したら、ベラに怒られちゃいますから。ね、ベラ」

 目を向ければ、ベラが肩をすくめる。

「ベラとアンちゃん、ベラのお姉様にも、お目付役を頼みましょうか。ふたりとも、魔力がとても高いので、王宮勤めも出来るでしょう?」

「そうね。姉さまもいた方が、心強いわね。いかがでしょう、陛下。レニを繋ぎ止めたいなら、わたしたち姉妹は役に立つと思いますよ。なにせ、レニとは長い付き合いなので」

 ふふ、と笑って、ベラは首を傾げた。

「同じベッドで寝たこともある仲ですからね」

「なっ……」

 絶句する王様に補足する。

「一回だけですけどね。でも、女の子同士ならそんなに変わったことでもないですよ、王様」

「また、一緒に寝ましょうね」

 王様でも、ベラでも。

 わたしだけと頼りにして来る相手を、突き放せはしない。

「うん。結婚するまではね」

 さすがに王后になってまで、友達だからと同衾は許されないだろう。

「ええ。結婚するまでは。何度でも」

「レニ、」

「さすがに、婚約者のあいだは駄目ですよ、陛下。どうぞ清い関係でいて下さい」

 なにか言いかけた王様を遮って、ベラは告げた。

「父親に似て、さかしいことだな」

「褒め言葉と、受け取っておきます」

「?」

「レニは気にしなくて良いのよ」

 ほんとうだろうか。

「……モルガン嬢の言う通りだ。そなたの気にすることではない」

 王様にまで言われると、食い下がるわけにも行かない。

「モルガン嬢は、そなたの、大切な"友人"なのだろう。そして余は"婚約者"だ。それで良い。納得しよう」

 どうにも、含みを感じる言い方だけれど。

「良いのだ。余としても、そなたのそばに常に"そなたを絶対に失えない者"がいることは、望ましい。余が常に寄り添って守れれば良いが、国政を放り出すわけにも行かぬゆえ」

「ええ。わたしにとってレニは"掛け替えのない親友"です」

 宣言してからベラは、それにしても、と笑った。

「ハグは慣れたようですね。その姿、王弟殿下や太后陛下にお見せしたら、喜ばれるのでは?」

「む?」

 指摘されて初めて王様は、わたしをずっと抱き締めていたことに気付いたらしい。腕の中のわたしを見下ろして、固まる。

「そうですね。喜ばしいことです」

 そんな王様に、掛けられる声。

「愛しの婚約者を手放し難い気持ちは重々わかりますが、昼食の手配が出来ました。昼餐室に準備をさせておりますので、婚約者殿を案内して差し上げて下さい、兄上」

拙いお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読ませて頂いています。 ようやく触れ合える唯一ができた王様、その唯一がレニみたいな優しい子で良かった(しみじみ) ところで 「モルガン嬢、ひとつ、問うても良いか」 「ベラはこう言う子なの…
どれだけ人との触れ合いを絶望していたのか、そして、それが与えられるべきものだったと言えるレニがどれだけ得難い人であるのか。 レニにとっても、また。 王様、可愛いですね。 今後のお話も楽しみにしてい…
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