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まず、ハグより始めよ

 王弟様が案内してくれたのは、広い、と言ってもいままでいた部屋や、あの無駄に広い広間ほどではないけれど、わたしの私室に比べたら何倍も広い部屋だった。

 ふたり掛け(と言っても三、四人余裕で座れそうな大きさ)のソファが対で並べられたソファセットが二揃え、ひとり掛け(これもわたしとベラなら並んで座れる大きさ)のソファが対で並べられたソファセットが一揃え、三脚並べられたソファセットが一揃え、それらから距離を置いて、ひとり掛けの大きなソファと小さな机のセットがひとつ、それから壁際に、わたしのベッドよりも大きなカウチソファがひとつに、鏡台と姿見が置かれている。

 調度はどれも華美ではないが質が良く、おそらく、王族用の控えの間、なのだろうと思う。

 証拠に王様は迷いもなく、ほかの調度からは距離を取られたひとり掛けのソファと机のところへ、

「兄上」

 行こうとして、呼び留められた。

「あなたとレニちゃんの交流の場なのに、定位置とは言え離れて座ってどうするのです。あなたの今日の席はここ」

 言って王弟様が指差すのは、ふたり掛けのソファが向かい合った席。

「僕とベラちゃんは離れていますから、こちらに座って下さい。ほら、兄上が座らないと誰も座れない」

「だ、だが、余は」

「良いからこっちに来て座る!」

「わ、わかった」

 ビシッとソファを示されて、王様がおずおずと従う。

「アレスそなた、母上に似て来ていまいか?」

「母子ですから似ることもあるでしょう。さ、レニちゃんおいで」

 手招かれて、王様の座るソファセットに近付く。ソファは二台。空いた席は三人分。王弟様とベラは離れて座ると言ったから、わたしはどこに座っても良い。

 会話をするなら、向かい合わせが話しやすいだろう。だが、王様が乗り越えなければならないのは。

「ちょっと、兄上、失礼ですよ」

 王様が座るソファの、空いた空間を選べば、ぎょっとした顔で立ち上がって飛び退られた。なかなか、運動神経がよろしいようで。

 さすがに咎める声を出した王弟様を、笑みでなだめ、王様に目を向ける。

「大丈夫です、近付いても噛み付いたりしませんから、どうぞこちらへ座って下さい」

 ぽんぽんと、ソファを叩いて促す。それにしても、恐ろしくふかふかのソファだ。腰掛けるとよく沈んで、まるで包まれているような心地がする。

 こんなソファはきっと、

「レニちゃん?大丈夫?顔色が悪いよ」

「やはり、余が近付いては」

「違いますよ」

 うろたえる王族ふたりを制して、ベラがわたしに目を向ける。

「レニ、確かにそのソファはひとつで家が建てられるくらいの値段のものだけれど、高価だけあって丈夫だからレニが上で飛び跳ねたって壊れないわ。それに、王城には掃除の達人がいるから、もし汚したとしてもなにもなかったみたいに綺麗にしてくれるわよ。だから、そんな青ざめなくても大丈夫」

「でっ、でででで、でもっ!」

「王后になるのでしょう?これからは、その品質のものに囲まれて生きることになるのよ。慣れなさいな」

 そんな、貧乏な底辺伯爵家の娘に、無茶を言う。

「心配しなくても、あなたの夫になるひとは、この国一の魔法の使い手よ。レニがなにを壊しても汚しても、元通りに直してくれるわ。そうですよね、陛下?」

 ベラに問い掛けられて、惚けた顔をしていた王様が、はっとして頷く。

「あ、ああ。死者を生き返らせることは不可能だが、壊れたものならばいくらでも直せる。我が妻の願いとあらば、なんであろうと直して見せよう」

「ほら、ね、だから大丈夫。高い調度にも、高い服にも、高い食事にも、慣れなきゃ駄目よ。出来る限りのことはすると、約束したでしょう?」

 まさかこんな壁があるなんて、思ってもいなかったからだよ。

 口にこそしなかったが、表情でわかったのだろう。ベラ苦笑して、片手を振る。

「丁度良いじゃない。陛下はひととの触れ合いに、あなたは最高級の生活に、それぞれ慣れるよう、一緒に頑張ったら良いわ」

「うっ……それも、そう、だね。ありがとう、ベラ」

 引き受けたからには仕方がないと腹をくくって、わたしは両の頬を叩いた。

 よし、と頷いて、王様へ目を向ける。背筋を伸ばし、両手を広げて、言った。

「まず、ハグから始めましょう、王様」

『え??』

 疑問の声は、複数箇所から聞こえた。

 まずは王様。それから王弟様。それに、お茶を用意していた使用人たちと、壁際に控えていた護衛さんたち。広い部屋だからあまり気にならないが、意外とたくさんのひとがいる。

 ベラは声は上げず、面白そうに成り行きを窺っている。

「その、レニ、と、呼んでも?」

 わからないなりに対話を試みることにしたらしい王様に、愛想良く頷く。

「仮にも婚約者ですからね、お好きにお呼び下さい」

「仮ではなく婚約者だし、なんとしても王后になって貰うからね、レニちゃん。そのつもりでね」

 王弟様がしっかり釘を刺して来る。

「伴侶になる予定の婚約者ですから、お好きにお呼び下さい」

 言い直せば、それで良いと頷かれた。

「では、レニ」

 近付きはしないまま、わたしの名を呼んで、王様は問い掛ける。

「ハグから始める、とは、どう言う意図であろうか」

 それにしても、現状、底辺伯爵家の娘が椅子に座り、王様を立たせている図式なのだけれど、大丈夫だろうか。不敬罪的な意味で。

 ベラと王弟様は少し離れた位置のソファセットに陣取って、紅茶片手に優雅にこちらを観察している。ふたりがなにも言わないのだから、良いことにしよう。

「本日の最終目標です。王様」

「本日の最終目標?」

「ええ。少し、考えてみたのですが」

 接触に慣れない王様と、仲を深めるために、どうすれば良いか。

 普通であれば、会話を交わしてだんだん親しくなって、と言う流れをたどるものだろうけど、王様に関しては、どんなに親しい相手とも、身体接触は出来ない状況で生きて来たのだ。

 つまり、ただ、会話をするだけではおそらく、触れ合いがないまま平行線をたどってしまいかねない。

「習うより、慣れた方が早いし確実だと思うのです」

 だからこそ、いっそ、どんどん触って、わたしは触って大丈夫なものなのだと、認識して貰った方が良い。

 だって椅子には座れるのだ。わたしも椅子と同じと思えるようになれば、平気で触れるはず。

「ただ、いきなり難度の高いことをするのは辛いでしょう?」

 ダンスを踊ったことのないひとが、突然、ワルツを踊れるようにはならない。正しい姿勢を覚え、正しいステップを覚え、音を聞くことを覚え、相手と呼吸を合わせることを覚え、そう言う、ひとつひとつの積み重ねを繰り返して、やっと踊れるようになるのだ。

「でも、だんだんと、なんて甘いことを言ってもいられません」

 なにせ百年以上も育てられ続けた意識だ。育てるのと同じだけ時間をかけられては、わたしが死んでしまう。

「なので、目標と期限を設けて、それに向かって努力する方向でどうかと考えました」

「なるほど」

「手を繋ぐ、は前回達成したので、今日の目標はハグです!」

 ぐ、と拳を握って宣言すれば、耐えきれなかったようにベラが笑った。

「さすが、レニらしいわ」

「見た目によらず、スパルタだね、レニちゃん」

 気楽な外野の声をよそに、王様を見上げる。

「いかがでしょう」

「そなたが、真面目に考えてくれたことは、よくわかった。だが、その、突然、ハグ、は」

「もちろん、あくまで今日の最終目標ですから、そこまで刻んで行きますよ」

 まあちょっと、勢いでガッと来てくれたらと、思っていなくもなかったけど。それはそれだ。

 しかりしかりと頷いて、改めて自分の横を叩く。

「まずは隣に座って下さい。噛み付いたりしませんから」

「さきほど、顔色が悪かったのは」

「わたしの実家は、あまり裕福ではないので」

 どうせ調べればわかることなので、隠しもせずに話す。

「もしこのソファを汚したり壊したりしても、弁償なんてとても出来ないんです。だから、そんなところになにも考えず座ってしまったことが、恐怖で」

 口にすると改めて怖い。だってベラ、家が買えるって言わなかった?家って、どの程度の家??

「や、やっぱり、怖、」

「だ、大丈夫だ。なにかあっても余が直せる。怖がらずとも良い」

「ほ、本当、ですか?」

「本当だ」

 頷く王様に、右手の小指を掲げる。

「約束、して、くれますか?」

「約、束?」

「小指同士を絡めるのですよ、陛下。平民の子供がよくやる手遊びです」

 首を傾げた王様に、ベラから解説が入る。

「小指を……」

「やっぱり、駄目、ですか?弁償……」

「い、いや!約束する!そなたに弁償など、絶対にさせぬ!」

 王様が慌てたように一歩踏み出し手を伸ばす。長く整った指が、子供のようなわたしの指に絡んだ。手袋越しに、温もりが伝わる。

「ありがとうございます」

「あ……その、身体は」

「なにも問題ありません。さ、座って下さい」

 小指を離し、手の届く位置に近付いた腕を、掴んで引く。

「もしやそなた、謀ったか?」

「弁償が怖いのは本当ですよ」

 本当に怖いからくれぐれも頼む。

「そうか。本当に、身体はなんともないのだな?」

「ええ。と言うか、申し訳ないのですが、みなさまがなにをそんなに神経質になっているのか、わたしには少しもわからないんです」

 王様が隣に座ることより、このソファに紅茶のシミを作ることの方が、わたしは怖い。

「そう、か」

 息を吐いて、それでも恐る恐る、王様はわたしの隣に座った。ただし、端に寄って。とにかく大きいソファなので、そうすると全く身体は触れない。

「はい、よく出来ました」

 それでもきっと王様にとっては、すごく勇気のいることであっただろうと、手を叩いて賞賛する。

「そなたは、椅子に座った程度で褒めるのか」

「なにが苦手だとか、難しいとかは、ひとによって違いますから」

 両親は結局最後まで、それをわかってはくれなかったけれど。そしてついには、わたしはよその娘になってしまうけれど。

「苦手なことを頑張ってこなしたなら、それは褒められるべきことですよ。王様は、よく頑張りました」

 椅子に手を突いて身を浮かし、身を乗り出して王様の頭をなでる。王様は背が高いから、立っていたらわたしでは絶対に届かないけど、座ってくれたから頭に手が届く。見た目にはどこか冷たく硬質に見える漆黒の髪は、触れると温かく柔らかかった。

 振り払われる可能性もあると思ったが、むしろ驚き過ぎて固まってしまったようだ。

「レ、ニ?」

 頭をなでられるのは好きだ。両親や兄姉になでられたことはほとんどないが、ベラの家ではいろいろなひとから頭をなでられた。

「頑張ったなら、頑張ったから褒めてって、言って良いんですよ。わたしが頭をなでてあげます。そしたら、もっと頑張ろうって思いませんか?」

 頑張っても、褒められないと、頑張る気持ちが萎んでしまう。だからわたしは、頑張ったひとは褒めてあげたい。

「そう、だな」

「そうでしょう!」

 にこっと笑って、ソファに座り直す。

「じゃあ、次はもっとこっちに来て下さい。肩が触れるくらいに」

 外野で王弟様が噴き出した。笑うようなことは言っていないのに、失礼な。

「甘やかすのかと思ったら、やっぱりスパルタ」

「子育ての才能があるでしょう、レニは」

「そうだね。子供が生まれても安心だ」

 外野は、紅茶片手に気楽なものだ。こちらは真剣にやっていると言うのに。

 いつのまにか、わたしたちの前の机にも、紅茶とお菓子が並んでいる。とても美味しそうだが、ソファや絨毯を汚したらと思うと怖い。

「汚しても、構わぬと言ったはずだが?」

 その葛藤に気付いたらしい王様が言う。そうは言っても、根付いた貧乏根性は、簡単に払拭出来るものではないのだ。

 言うは易し、である。

「なるほどレニにとっては、ここで紅茶を飲むことこそ、とてつもなく難しいことなのか」

「そうですね」

 と言うか気付いてしまったが、確実に茶器も高い。カップだけでも、果たしていくらするのか。

「わかって来たぞ、いまは、カップを割ることを恐れておるのだな」

「よくおわかりで」

 頷いて、深呼吸する。

 ベラの言う通りだ。

 王様に頑張れと言うならば、わたしも手本を見せなければならない。

 意を決して、紅茶のカップに手を伸ばした。震えそうになる手をどうにか鎮めて、把手をつまむ。

 大丈夫。いつも通りにやれば、落としたりこぼしたりしないはず。

 カップを口に運び、紅茶を口に含む。たぶん美味しい紅茶だろうに、味なんて少しもわからなかった。

 ……それは、もったいないな?

 カップをソーサーに戻しながら、そう思う。

 きっと高い紅茶だ。味わないともったいない。

 そのためには、この緊張をやっつけないと。

「?」

 む、と考え込んだわたしの頭に、なにかが触れた。

 わたしの頭に手が届くところにいるひとなんて。

「王様?」

「頑張ったら、頭をなでて褒めるものなのであろう」

 覚えが良い。

「そう、ですね」

「そなたは頑張った。ゆえに、褒めておるのだ」

「ありがとうございます」

 なでられるのは好きだ。それがひどくぎこちない、震える手だとしても。

「わたしは、大丈夫なんです。触っても、抱き締めても、なんともありません。さっきだって、太后様の膝に乗せられていたくらいです」

「母上より」

 触れていた手を引っ込めて、王様は呟く。

「余の方が、魔力は何倍も高いのだ」

「アリから見たら、ヤギもウシも変わりませんよ。どっちもとにかくでっかいなにかです」

「余は、ウシか」

「たとえです、たとえ。王様がウシだと言っているわけではありません」

 言いながら、よいしょと王様の方へ身を寄せる。

「そのまま」

 腰が引けた王様に、そう言って留まらせる。少しずつにじり寄って、腕が王様に触れた。びくりと、百歳をとうに超えた男が身を震わせた。

 泣いている子供だ、このひとは。

 寂しがりやのヤマアラシのように、触れ合いたくても、触れ合えば傷付けてしまうから、我慢するしかなかった。そのまま、大人になってしまった。

 だから心に、寂しいと泣いている子供がいる。

 そっと寄り添って、告げる。

「ほら、なんともない」

 なんでもない顔で、笑いかける。

 詰めていたらしい息を吐いて、王様はぎこちなく微笑んだ。

「そう、か」

 わたしの腕に、ほんの少し、重さがかかる。

「そうか」

「そうですよ」

 両の手袋を外し、王様の手を取って、なでる。

「ね、なんともないんです」

 王様の肩に頬を寄せた。

「そうか」

 頷きつつも、王様の身体はひどく強張っている。

 緊張のし過ぎも身体に良くない。こころに負荷がかかり過ぎて、嫌われたり苦手意識を持たれては、本末転倒だ。

 しかし、すぐ離れてもそれはそれで、逃げたように思われてしまうだろうか。

「甘いものが」

 さてどうしようと悩んでいたわたしに、王様が声をかける。

「好きだと聞いた」

 誰に聞いたのだろう。昨日、わたしが焼き菓子を食べるのを見ていたお姉さんだろうか。

「そうですね、好きです」

 甘いもの、温かいもの、それからスパイス。冬は身体を温めるものが好きだ。

 わたしに与えられた部屋は、夏はとても暑く、冬はとても寒いから。

「その焼き菓子は、甘くて美味い。そなたも、気に入るのではないかと思う」

「そうなんですね」

 それはとても興味深いが、ソファに深く腰掛けたわたしからは、少しばかりお皿が遠い。

「ああ、届かぬか、待て」

 王様が身を乗り出し、焼き菓子の皿をひょいと持ち上げる。

「さあ、お食べ」

「ありがとうございます」

 そんなのは、貴人のやることではない。本来、控えている使用人がやるべきことだ。

 けれどそれすら望めないくらい、王様はひとを恐れているのだ。

 寄れば触れれば針が刺さる、寂しいヤマアラシのように。

「美味しいです」

「そうか。気に入ったならたくさん食べるが良い。そなたはどうにも、細過ぎるように思う。触れれば折れてしまいそうだ」

 発育不良の幼児体型を、ずいぶんと歯に衣着せて言ってくれた。

「折れませんよ。こう見えて丈夫なんです。馬にも乗れますよ」

「それはよいな。余は、馬には乗れぬゆえ、共に遠乗りは出来ぬが、機会があれば乗って見せておくれ」

 もしや失言をしただろうか。

「王様は、乗れる生きものはなにかあるのですか?」

「む、そうだな、竜には乗れる」

「りゅう」

 りゅうって、あの、竜、だろうか。空を飛ぶ?

「竜って、乗れるんですね」

「否」

 王様が首を振る。

「直接乗る者はほぼおらぬ。移動手段にするとしても、乗るのではなく馬車のように、車を引いて貰うのが普通だ」

 息を吐いて、王様は続けた。

「でなければ、魔力差で死ぬゆえ」

「竜は、ヒトより、」

「格段に魔力が高い。ゆえに、近付ける者からして少ない。触れられるものなど、まずおらぬ、が」

 わたしを見下ろし、王様が首を傾げた。

「そなたであれば、触れられるかも知れぬな。興味があるなら、共に乗ってみるか?」

「え」

 竜に?

「乗、れるんですか?わたしが!?」

「余の相棒が、良いと言うたらな」

「王様の、相棒」

「怪我をしているところを、たまたま見付けてな。怪我が治るまで世話をしたのだ。それを恩に感じてくれたのか、以来、馬に代わって余を乗せてくれている」

 なんと。

 ヒトとの触れ合いは出来ない王様も、竜とならば触れ合えるのか。

 それは。

「良かった」

「む?」

「王様に、触れ合える相棒がいてくれて」

「そ、うか」

 竜には触ったことがない。見た目は大きなトカゲだが、種として近いのはトリとなにかで読んだような気がしないでもない。トカゲは皮膚が固くてぬるいが、トリはふわふわで温かい。竜の触り心地は、どちらに似ているのだろうか。

「竜って、柔らかいですか?あったかい?」

「む?そうだな、表皮の温度はヒトより低いようだ。とくに速く飛んでいるときは、冷えてひんやりとしている。だが、飛んで降り立つと体内の熱を逃がすため、冬場は湯気が立つほどに熱くなる」

「へぇ」

 つまり、トカゲのような、変温動物に近いのだろうか。

「手触りは種類による。鱗に被われたものは固く、羽毛に被われたものは柔らかい」

「種類があるんですね」

「ああ」

「王様の相棒はどちらですか?」

 てっきりトカゲのような見た目のものだけと思っていたが、トリのような見た目のものもいるのか。

「羽毛だ。翼の羽根は硬く強いが、腹の辺りは綿毛のような羽根に被われていて、柔らかい」

「大きいんですか?」

「胴体だけで、馬三頭分くらいの体積があるな。空を飛ぶゆえ体重は、体積に対して軽いようだが。翼を広げれば、この部屋の端から端まで届くだろう」

 そんなに大きな身体の、おなかがふわふわ。

「それは、おなかに身体を埋めたら、気持ちが良さそうですね」

「おなかに、身体を?」

「はい。やったことないですか?」

「ない」

「えー?顔だけでも、埋めてみたりは?」

「ないな」

 そんな、もったいない。

「羽毛のなかに、手を突っ込んでみたりとか」

「手を突っ込めるものなのか、羽毛は」

 せっかく触れ合える相手なのに、触れ合いを堪能していないのか、王様は。

「羽毛だけじゃなくて、動物の毛皮もですけど、外側は、水を弾くようにちょっと硬めなんですよ。でも、水を弾く外側の毛に守られた内側は、体温を保つために、ふわふわなんです。だから、手を突っ込んだら、ふわふわであったかいと思いますよ」

 でも、竜にそんなことしたら、失礼だろうか。すごく、気持ち良さそうなのに。

「やろうと思ったことがないゆえ、許されるかもわからぬが、訊いてみるだけならば問題ないかとは思う」

「じゃあ、会ったときに訊いてみます」

 許して貰えると良いな。絶対に気持ちが良い。なんなら埋もれてお昼寝したい。安らかに眠れそうだ。

「そなたは」

 王様がわたしの顔をうかがう。

「恐ろしくはないのか、竜だぞ。足だけで、そなたより大きい」

「え?怖くないですよ?」

「なぜ」

「なぜ、って」

 だって。

「危険な生きものだったら王様はわたしに、一緒に乗ってみるかなんて、言わないでしょう?危険な生きものなら怖いですけど、そうでないなら大丈夫ですよ」

 わたしより大きいと言うなら馬だってそうだ。突進されたらひとたまりもないし、頭を踏まれたり蹴られたりすれば死ぬ。

 わたしたちに乗馬を教えるとき、ベラの父はまず、馬の危険性をしっかり教えた。

「もちろん、身体の大きさが違えば、危険もあるでしょうけれど、それはわたしが注意すれば良いだけの話です」

「…………そうか」

 どこか呆然と、王様は呟く。

「そうか」

 わたしはなにか、変なことを言っただろうか。

「もっとお食べ」

 訊ねる前に、王様が焼き菓子の皿を手に言う。

「ありがとうございます。王様は、食べないんですか?甘いものは嫌い?」

「嫌いではないが、好んで食べもせぬな」

「美味しいのに」

 焼き菓子を手に取ってかじる。やっぱり美味しい。

「美味しいですよ」

 ろくに考えもせず、食べかけの焼き菓子を王様の口許に差し出す。ベラ相手によくやっているから、つい、身体が動いてしまった。

「これは」

「食べてみませんか?」

「これを?」

 王様に問い返されて、食べかけを食べろと言うのは不敬なのではと気付く。

「あ、駄目ですね。新しいものを」

「いや」

 王様が、わたしの手の中の焼き菓子をかじる。

「ふむ」

 咀嚼し飲み込んだ王様が、唸って考え込む。

「いままで、何度も食べた菓子だ」

「そうなんですね」

 それは偉そうに美味しいですよなんて言って、烏滸おこがましかった。

「同じ味の、はずだが」

 自分の唇に指先で触れた王様が、考え考え語る。

「なぜであろう。妙に、美味く感じた」

「誰かと食べると美味しいですよね」

 ひとりで食べる食事より、ニニと食べるおやつの方が美味しい。ニニのニンジンのケーキは、もう二度と食べられないかもしれないけど。

「昼食を」

 王様が呟く。

「共に食べないか」

 その判断をするのは、残念ながらわたしではない。

「了解兄上、手配しておくよ」

「大丈夫よレニ、食事の作法は習った通りで問題ないわ」

 わたしに代わって外野から、返答が返る。

「わたしも一緒にいるから。よろしいですか?」

「ああ、構わぬ。アレス、手配を」

「はい、兄上。じゃあ、僕は行くけど、レニちゃん、ベラちゃん、くつろいでいて良いからね」

拙いお話をお読み頂きありがとうございます

このエピソードタイトルを使いたくてこのお話を書いたと言っても過言ではありません(過言)

『広間と言えど限度がある』も実はちょっと好き


良い感じの長さに書くのが下手で

一話ごとに長さがマチマチで申し訳ないですが

続きも読んで頂けると嬉しいです

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