表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

急流の落ち葉

 案内されたのは、明らかに偉いひとたちばかりが顔をそろえた場所だった。刺すような視線がわたしに集中して、居心地悪く感じる。

「レニ、大丈夫、わたしがいるわ」

 身を強張らせたわたしに気付いて、ベラが小声で言う。温かい手が触れて、少し強張りが和らいだ。

「本当に、こんな魔力の欠片もないような娘が?」

「しかし、隣にいるのはモルガン伯の娘だ。本来であれば、あの魔力量で手を繋ぐなど出来ないはず」

 そこかしこで交わされる言葉も、手放しで歓迎しているとはとても言えないもの。

「その、話は」

 居心地の悪い空間を断ち切ったのは、太后様の声だった。

「とうに決着がついたものだわ。それとも、わたくしや王の言葉を、疑うとでも言うつもりかしら?」

 さっき話したときとは威厳も貫禄もなにもかも違って、これが、太后としての姿なのかと感心する。

 ベラの言葉も正しかったようで、反論もなく場が静かになった。視線は相変わらずうるさいけれど。

「ここは彼女を見極める場ではなく、彼女に王家からの要望を伝え、聞いてくれるようにお願いする場よ。それが理解出来ていないようなら、この場の邪魔でしかないから立ち去りなさい」

 ピシャリと告げられた言葉は、自分に向けられたものでなくても背筋が伸びる。場に集まった重鎮たちにとっても、同じだったようで、びくりと背筋を伸ばす姿がいくつも見られた。

 だが、海千山千の重鎮のなかには、気骨のある者もいるようで。

「メレジェイ家から了承は得ているのですから、その娘に許可を乞う必要はないのでは?」

 仕事が早いと驚くべきか、娘を売るのが早いと驚くべきか。

 両親は、本人にひとことの相談もなく、わたしの人生に関わるなにかを決めてしまったらしい。

 ベラとその父が、苦虫を噛み潰したような顔になる。両親の仕打ちに、わたしに代わって憤ってくれたのだろう。

 わたしと言えばいまさらだと、怒りも湧きはしないのだけれど。

「わたくしは、礼儀の話をしているの。妻にと乞うならば、最大限の誠意を見せるのが礼儀と言うものだわ。わたくしも、政略結婚をした身だけれど、陛下はわたくしを迎え入れるとき、とても真摯な求婚の言葉を下さったわ」

 それは、太后様が魔族の姫だったからではないだろうか。わたしは弱小伯爵家のみそっかすだから、そんなに気を違う必要は、

「人生を貰い受けるのだもの。自分の地位がどうであれ、相手の地位がどうであれ、誠意を尽くすのが筋。本人の同意も得ずに事を運ぶなど、山賊と変わらないわ」

 重鎮たちに冷たく言い放ったあとで、太后さまはわたしに歩み寄った。豪奢な衣装の裾が床に散るのもいとわず、膝を突いて、わたしの手を取る。

「あなたに、国王であるわたくしの息子の、妻に、王后になって欲しいの。お願い出来るかしら?」

 王后。王妃ではなく、王后?

「わ、たしが、王后、に?」

 魔力底辺の落ちこぼれを、国の女性の頂点に立たせると?

「もちろん、わたくしが補佐をするわ。レニちゃんに重責を押し付けて、放り出したりしない。わたくしが一から丁寧に教えるし、優秀な補佐も付ける。ベラちゃんにも手伝って貰いましょうね」

「わたしに、そんな、重役は」

「大丈夫。レニちゃんなら出来るわ。いいえ」

 掴まれた手が、強く握られる。

「レニちゃんにしか出来ないの。王后とは、いちばん近くで、王を支え、王の血を継ぐ役目の女性だから」

 血を、継ぐ。つまり、王様の子を産むと言うこと。仮にも貴族の娘として、子を授かるための知識はある。触れなければ、子は授かれない。

 王様に触れられる女性が、わたしだけだから、わたしにしか、その役目は果たせないのだ。

 だからと言って、まさか底辺伯爵家の落ちこぼれを、王后にと言われるとは思わなかったから、度肝を抜かれてしまったけれど。

「わかり、ました。身に余る光栄ではありますが、それが王命であれば、謹んでお受け致します」

「ありがとう。それに、付随して。ウィッテルド公」

「はい」

 太后様に呼ばれて、重鎮たちのなかから、ひとりが歩み出る。

 今朝聞いた名前。それから、顔にも、見覚えがある。会ったことのあるひとだ。

「おや、顔を合わせたのは数回だが、覚えていてくれたようだね」

「はい。あの、ベラ、モルガン伯の家でお会いしたときは、大変良くして頂いて」

 舶来の、珍しいお菓子をくれたひとだ。干した果物だと言うそれは、とても甘くて、不思議な食感だった。惜しげもなくたくさん食べさせて貰って、あとでとても貴重で高価なものだと知って、恐れ慄いたのを覚えている。

 それだけではない。

「ご子息夫妻にも、お世話になっています。会うたび可愛がって下さって、この、ドレスも、仕立てて頂いて」

「ああ、聞いているよ。息子も義娘も、きみをたいそう気に入っていて、許されるなら娘に欲しいとことあるごとに言っていた。息子夫婦は、男の子ばかりで女の子には恵まれなかったからな」

 これは、王弟様にベラの父の手先と疑われても仕方がないかもしれない。謀ったような会話に頭の片隅で思いながら、ウィッテルド公の言葉を待つ。

「さて、だからこれは、王命と言うだけではなく、当事者である息子夫婦の願いでもあると思ってくれ」

 ああ、太后陛下は言葉通り、わたしの希望を通してくれたのか。

「レニ・メレジェイ。きみを、息子夫婦の養女として迎え入れたい。我が息子、フォルクナー侯爵の、義娘むすめになってはくれないだろうか」

「お申出、喜んでお受け致します」

 今度はうろたえることなく、答える。ベラからも、太后様からも聞いていたことだったし、ここでうろたえたり、嫌がるそぶりを見せたりすれば、つけ入る隙を与えることになるから。

 メレジェイ家では、王后の後ろ盾として不足する。そのために、どこかの養子になることは確定で、見も知らぬ相手に比べれば、ベラの伯母は格段に、気持ちが楽だ。

「ありがとう、レニちゃん。あなたの気持ちを聞きたかったのは、これだけよ。あとは保護者同士、話をつけておくわ。悪いようにはしないから、安心して」

 さっきも太后様は、悪いようにはしないと約束して、実際、わたしの望んだ相手を養父母としてくれた。

 太后様は、信じられる。

「はい。ありがとうございます、太后様」

「あら、お義母かあ様で良いのよ。まだ婚約者ではあるけれど、いずれはそうなるのだもの。いまから呼んだっていけないことはないでしょう?」

 それは、どうだろうか。

 婚約なんて、しようと思えば破棄出来るものだし。

 なんて、空気の読めない発言は出来るはずもないので。

「はい、お義母様」

 大人しく従えば、感極まった顔で抱き締められた。

「なんっっっって可愛いの!!わたくし、こんな娘が欲しかったわ!いいえ、義娘になるのだものね、レニちゃん!嬉しいわ!!息子とだけでなく、お義母様とも仲良くして頂戴ね?約束よ?」

 豊満な胸に顔が埋まり、頬擦りまでされた。そんな姿に、居並ぶ重鎮たちがまたざわめく。

「太后陛下と、あんなに触れ合って、なんともないのか」

「魔力の高い者でも、太后陛下にあんなに触れられたら変調を来しかねないぞ」

「本当に、異常な魔力耐性なのか」

 交わされる囁きが、耳に入ったのだろう。太后様がわたしを解放し、重鎮たちへと向き直らせた。

「そう言えば、ご挨拶がまだだったわね。この子が、わたくしの新しい義娘になる、レニちゃんよ。可愛いでしょう?レニちゃん、ご挨拶出来る?」

「はい、お義母様。メレジェイ伯家の娘、レニ・メレジェイと、」

「レニ」

 名乗りの途中で、ウィッテルド公から待ったが掛かる。

「ウィッテルド家を名乗りなさい。名も、レニ・ウィッテルドと」

「わかりました、その、お祖父じい様?」

「ああ、それで良い。手続きはまだだが、どうせ今日中には調う。いまから慣れなさい」

「はい。お祖父様」

 ウィッテルド公に返事をし、改めて重鎮たちへと目を向ける。

「ウィッテルド家フォルクナー侯の義娘、レニ・ウィッテルドと申します。よろしくお願い致します」

 名乗り直して礼をすれば、どこか驚いたような気配がする。

「ふむ、さすがはモルガン伯夫人の仕込みだな。十二歳でここまで美しい礼が出来るなら、悪くない」

 横で見ていたウィッテルド公が、満足そうに頷く。及第点が取れたらしい。

「じゃあ、レニちゃんは息子たちと交流していてね。ベラちゃんも一緒に行って良いわ。アレス、案内してあげて」

「はい、母上。さ、兄上行きますよ。レニちゃん、ベラちゃん、おいで」

 王弟様に呼ばれて従う。ベラの父は残ったから、おそらく、保護者代理として話をするのだろう。

 代わりにわたしについて来るのは、悪魔のように美しい王様。

 王后になることを引き受けた以上、わたしの仕事は、この美しいひとと、誰より親しくなることだ。

拙いお話をお読み頂きありがとうございます

続きも読んで頂けると嬉しいです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ