急流の落ち葉
案内されたのは、明らかに偉いひとたちばかりが顔をそろえた場所だった。刺すような視線がわたしに集中して、居心地悪く感じる。
「レニ、大丈夫、わたしがいるわ」
身を強張らせたわたしに気付いて、ベラが小声で言う。温かい手が触れて、少し強張りが和らいだ。
「本当に、こんな魔力の欠片もないような娘が?」
「しかし、隣にいるのはモルガン伯の娘だ。本来であれば、あの魔力量で手を繋ぐなど出来ないはず」
そこかしこで交わされる言葉も、手放しで歓迎しているとはとても言えないもの。
「その、話は」
居心地の悪い空間を断ち切ったのは、太后様の声だった。
「とうに決着がついたものだわ。それとも、わたくしや王の言葉を、疑うとでも言うつもりかしら?」
さっき話したときとは威厳も貫禄もなにもかも違って、これが、太后としての姿なのかと感心する。
ベラの言葉も正しかったようで、反論もなく場が静かになった。視線は相変わらずうるさいけれど。
「ここは彼女を見極める場ではなく、彼女に王家からの要望を伝え、聞いてくれるようにお願いする場よ。それが理解出来ていないようなら、この場の邪魔でしかないから立ち去りなさい」
ピシャリと告げられた言葉は、自分に向けられたものでなくても背筋が伸びる。場に集まった重鎮たちにとっても、同じだったようで、びくりと背筋を伸ばす姿がいくつも見られた。
だが、海千山千の重鎮のなかには、気骨のある者もいるようで。
「メレジェイ家から了承は得ているのですから、その娘に許可を乞う必要はないのでは?」
仕事が早いと驚くべきか、娘を売るのが早いと驚くべきか。
両親は、本人にひとことの相談もなく、わたしの人生に関わるなにかを決めてしまったらしい。
ベラとその父が、苦虫を噛み潰したような顔になる。両親の仕打ちに、わたしに代わって憤ってくれたのだろう。
わたしと言えばいまさらだと、怒りも湧きはしないのだけれど。
「わたくしは、礼儀の話をしているの。妻にと乞うならば、最大限の誠意を見せるのが礼儀と言うものだわ。わたくしも、政略結婚をした身だけれど、陛下はわたくしを迎え入れるとき、とても真摯な求婚の言葉を下さったわ」
それは、太后様が魔族の姫だったからではないだろうか。わたしは弱小伯爵家のみそっかすだから、そんなに気を違う必要は、
「人生を貰い受けるのだもの。自分の地位がどうであれ、相手の地位がどうであれ、誠意を尽くすのが筋。本人の同意も得ずに事を運ぶなど、山賊と変わらないわ」
重鎮たちに冷たく言い放ったあとで、太后さまはわたしに歩み寄った。豪奢な衣装の裾が床に散るのもいとわず、膝を突いて、わたしの手を取る。
「あなたに、国王であるわたくしの息子の、妻に、王后になって欲しいの。お願い出来るかしら?」
王后。王妃ではなく、王后?
「わ、たしが、王后、に?」
魔力底辺の落ちこぼれを、国の女性の頂点に立たせると?
「もちろん、わたくしが補佐をするわ。レニちゃんに重責を押し付けて、放り出したりしない。わたくしが一から丁寧に教えるし、優秀な補佐も付ける。ベラちゃんにも手伝って貰いましょうね」
「わたしに、そんな、重役は」
「大丈夫。レニちゃんなら出来るわ。いいえ」
掴まれた手が、強く握られる。
「レニちゃんにしか出来ないの。王后とは、いちばん近くで、王を支え、王の血を継ぐ役目の女性だから」
血を、継ぐ。つまり、王様の子を産むと言うこと。仮にも貴族の娘として、子を授かるための知識はある。触れなければ、子は授かれない。
王様に触れられる女性が、わたしだけだから、わたしにしか、その役目は果たせないのだ。
だからと言って、まさか底辺伯爵家の落ちこぼれを、王后にと言われるとは思わなかったから、度肝を抜かれてしまったけれど。
「わかり、ました。身に余る光栄ではありますが、それが王命であれば、謹んでお受け致します」
「ありがとう。それに、付随して。ウィッテルド公」
「はい」
太后様に呼ばれて、重鎮たちのなかから、ひとりが歩み出る。
今朝聞いた名前。それから、顔にも、見覚えがある。会ったことのあるひとだ。
「おや、顔を合わせたのは数回だが、覚えていてくれたようだね」
「はい。あの、ベラ、モルガン伯の家でお会いしたときは、大変良くして頂いて」
舶来の、珍しいお菓子をくれたひとだ。干した果物だと言うそれは、とても甘くて、不思議な食感だった。惜しげもなくたくさん食べさせて貰って、あとでとても貴重で高価なものだと知って、恐れ慄いたのを覚えている。
それだけではない。
「ご子息夫妻にも、お世話になっています。会うたび可愛がって下さって、この、ドレスも、仕立てて頂いて」
「ああ、聞いているよ。息子も義娘も、きみをたいそう気に入っていて、許されるなら娘に欲しいとことあるごとに言っていた。息子夫婦は、男の子ばかりで女の子には恵まれなかったからな」
これは、王弟様にベラの父の手先と疑われても仕方がないかもしれない。謀ったような会話に頭の片隅で思いながら、ウィッテルド公の言葉を待つ。
「さて、だからこれは、王命と言うだけではなく、当事者である息子夫婦の願いでもあると思ってくれ」
ああ、太后陛下は言葉通り、わたしの希望を通してくれたのか。
「レニ・メレジェイ。きみを、息子夫婦の養女として迎え入れたい。我が息子、フォルクナー侯爵の、義娘になってはくれないだろうか」
「お申出、喜んでお受け致します」
今度はうろたえることなく、答える。ベラからも、太后様からも聞いていたことだったし、ここでうろたえたり、嫌がるそぶりを見せたりすれば、つけ入る隙を与えることになるから。
メレジェイ家では、王后の後ろ盾として不足する。そのために、どこかの養子になることは確定で、見も知らぬ相手に比べれば、ベラの伯母は格段に、気持ちが楽だ。
「ありがとう、レニちゃん。あなたの気持ちを聞きたかったのは、これだけよ。あとは保護者同士、話をつけておくわ。悪いようにはしないから、安心して」
さっきも太后様は、悪いようにはしないと約束して、実際、わたしの望んだ相手を養父母としてくれた。
太后様は、信じられる。
「はい。ありがとうございます、太后様」
「あら、お義母様で良いのよ。まだ婚約者ではあるけれど、いずれはそうなるのだもの。いまから呼んだっていけないことはないでしょう?」
それは、どうだろうか。
婚約なんて、しようと思えば破棄出来るものだし。
なんて、空気の読めない発言は出来るはずもないので。
「はい、お義母様」
大人しく従えば、感極まった顔で抱き締められた。
「なんっっっって可愛いの!!わたくし、こんな娘が欲しかったわ!いいえ、義娘になるのだものね、レニちゃん!嬉しいわ!!息子とだけでなく、お義母様とも仲良くして頂戴ね?約束よ?」
豊満な胸に顔が埋まり、頬擦りまでされた。そんな姿に、居並ぶ重鎮たちがまたざわめく。
「太后陛下と、あんなに触れ合って、なんともないのか」
「魔力の高い者でも、太后陛下にあんなに触れられたら変調を来しかねないぞ」
「本当に、異常な魔力耐性なのか」
交わされる囁きが、耳に入ったのだろう。太后様がわたしを解放し、重鎮たちへと向き直らせた。
「そう言えば、ご挨拶がまだだったわね。この子が、わたくしの新しい義娘になる、レニちゃんよ。可愛いでしょう?レニちゃん、ご挨拶出来る?」
「はい、お義母様。メレジェイ伯家の娘、レニ・メレジェイと、」
「レニ」
名乗りの途中で、ウィッテルド公から待ったが掛かる。
「ウィッテルド家を名乗りなさい。名も、レニ・ウィッテルドと」
「わかりました、その、お祖父様?」
「ああ、それで良い。手続きはまだだが、どうせ今日中には調う。いまから慣れなさい」
「はい。お祖父様」
ウィッテルド公に返事をし、改めて重鎮たちへと目を向ける。
「ウィッテルド家フォルクナー侯の義娘、レニ・ウィッテルドと申します。よろしくお願い致します」
名乗り直して礼をすれば、どこか驚いたような気配がする。
「ふむ、さすがはモルガン伯夫人の仕込みだな。十二歳でここまで美しい礼が出来るなら、悪くない」
横で見ていたウィッテルド公が、満足そうに頷く。及第点が取れたらしい。
「じゃあ、レニちゃんは息子たちと交流していてね。ベラちゃんも一緒に行って良いわ。アレス、案内してあげて」
「はい、母上。さ、兄上行きますよ。レニちゃん、ベラちゃん、おいで」
王弟様に呼ばれて従う。ベラの父は残ったから、おそらく、保護者代理として話をするのだろう。
代わりにわたしについて来るのは、悪魔のように美しい王様。
王后になることを引き受けた以上、わたしの仕事は、この美しいひとと、誰より親しくなることだ。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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