お互い様でお似合いの
「なるほど、教育の不足は敢えて。決して、頭の回転の悪い子ではない、と言うことですね」
おや?
「謁見の場で、僕が兄上のそばにいたのは、覚えている?」
「はい」
王弟だとは気付いていなかったけれど、この顔があったことは覚えている。
「そのときの様子から言って、どうも知識に欠落があるようだから、どうしたことかと思っていてね、ちょうど良い機会だから、確かめようと思ったんだよ」
今度は嘘ではないらしい笑みを浮かべて、柔らかい表情で王弟様は言う。
「選択肢がないとは言え、王妃候補だからね。特異体質なだけの馬鹿なのか、あえて無知を装っていたのか、なにか理由があって教育を制限されていたのか、見極めて対応を考える必要があったんだ。愚かな子ならばそれなりの扱い方があるし、逆に、愚かを装った誰かの手先なら、警戒が必要でしょう?」
「そう、ですね?」
つまり、ベラの父か、その上にいる方かの、手駒かもしれないと疑われていたと言うことなのだろう。
「もし手駒なら、ここで頭の良さを示しはしないだろう。僕に逆らうのも悪手だ。つまりレニちゃんは」
ちらりとベラとその父を見遣って、それからわたしに笑い掛ける。
「僕ら、魔力が高い者の勝手に巻き込まれた、特異体質の生贄。決して愚かではないけれど、底抜けに優しい子だ。大人しく、モルガン伯に庇われていれば良かったものを、矢面に立ってしまうなんてね」
「レニは、良い子でしょう?」
わたしの腕を抱いて、ベラが問い掛ける。
「そうだね。奇跡みたいな子だ。きみとしても、本当は、手放したくなかっただろうね」
「……手放すつもりはありませんよ。レニのいちばんの友人は、わたしですから」
わたしの腕を抱くベラの腕に力がこもる。
「そうだね。レニちゃんほどではないにしろ、きみも稀有だ。レニちゃんには不足する知識を、補う役目もしばらくはあるだろうね」
疑いは、晴れた、のだろうか。
王弟様はわたしとベラを見比べて、にこりと微笑んだ。
「レニちゃんも、ベラちゃんも、兄上を頼むよ。僕はまだ、父母にも姉妹にも触れられた。けれど、兄上はほんとうに、百年、孤独だったんだ」
ああ、そうか。
棘のある空気の理由に気付いて、ほっと息を吐く。王弟様は、この方は、ただ、兄である王様を慮っていただけなのだ。そのために、憎まれ役を買っただけ。
そしていまのところどうにか、わたしはこの兄想いの王弟様の眼鏡に適っている、と言うこと。
「こちらこそ、不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「それだとレニちゃんが、僕に嫁ぐみたいだよ。まあ、僕もお嫁さんは探しているけれどね」
きみは兄上を救ってと、王弟様は目を細める。
言われてみればこの方も、結婚相手は限られるはず。
「……」
ちらりとベラに目を向ける。王弟様に比肩する、稀有な魔力の持ち主。
「まあその辺は追々ね」
わたしの視線の意味に気付いただろうに、触れることはせず、王弟様は話題を変えた。
「母上が行ったから、たぶんそろそろ踊る会議も決着したと思うよ。待たせて悪かったけれど、やっと主役の登場だ」
王様が来る、と言うことだろう。
「母上に聞いたかな?僕も似たようなものだけれど、兄上は僕以上に、女性、と言うか、人間に、免疫がないから、あのひとの妻になるのは大変だと思うけれど、どうか見捨てないであげて欲しい」
「ええと、むしろ、わたしの方が、見捨てられるのでは?」
なにせ底辺伯爵家の、
「「それはない」わ」
ベラと王弟様の声がそろった。
「レニは誰とでも関われるし、触れられるけれど、国王陛下には現状レニしか触れ合える相手がいないのよ。他人の温かさを感じたければ、国王陛下は誰かを殺すかレニに触れるかしかないの。そんな貴重な相手、捨てられるはずがないわよ」
「ベラちゃんの言う通りだよ。今では僕や母でさえ、兄上の近くに立つときは身体が強張るんだ。兄上は聡いから、それに気付かずにはいられない。だから誰かといると、兄上は気が休まらないんだ。でも、レニちゃんは違う。昨日見て、驚いたよ。あんなに、なんでもない顔で、兄上に歩み寄って、触れることが出来る人間がいるなんて」
手を伸ばした王弟様が、両手でわたしの、ベラに抱かれていない方の手を掴む。
「人間はおろか、魔族ですら、兄上に触れられる者はいないんだ。ほんとうに、レニちゃんは、掛け替えのない存在なんだよ。きみが、現れてくれて、僕は心から感謝している。だからこそ、見極めなきゃなんて思ったのだからね」
ほら、と、王弟様はわたしの手を包み込んだ両手を掲げる。
「いまもきみは、身構えもしない。僕ですら、手を伸ばせば大抵のひとは怯えるのに、手を掴んでも平気な顔だ。都合の良い、夢を見ている気分だ。たとえきみがどんな悪女でも愚者でもきっと、兄上はきみを手放せない。だからね、諦めて。きみが見捨てられることはない。きみはもう、自由にはなれない。だからこそ、きみがどんなに愚かでも僕は支えるし、きみが望むなら、叶えられる望みは出来る限り叶えるよ」
王様ほどではないが、王弟様もびっくりするくらいの美貌だ。そんな美貌の王弟様に、こんな風に手を握られて懇願されるなんて、憧れる少女はどれだけいるだろうか。
「えっと……」
かく言うわたしは見惚れることもなく、困惑しているのだが。
昨日まで、自分は魔力ド底辺の落ちこぼれ貴族だと思っていたのだ。それが、王族に価値を認められるなんて、現実味がない。夢かと思うのは、わたしの方だ。
「その、悪女や愚者になる予定は、いまのところない、ですよ?」
「そうだね。それは、少し話しただけでもわかったよ。母上もきみを気に入ったようだしね。安心した。レニちゃんになら、兄上を任せられる」
そんな、大層な人間ではないと、自分では思っているのに。
それでも断れはしない以上、出来ることをやるしかない。
「身に余る光栄です。わたしに、どこまで出来るかわかりませんが、出来る限りのことはやります」
「レニは、レニのままで良いのよ、きっと」
背筋を伸ばして言ったわたしに、ベラは苦笑して言い、それに王弟様も、そうだね、と同意した。
「変に気負ったり、身構えることはないよ。ただ、そうだね、兄上はきっと、触れることに怯えてしまうと思う。それを、嫌がったり、呆れたりせず、根気良く付き合ってあげてくれると、ありがたい」
「わかりました」
わたしが頷いたところで、部屋の扉が叩かれた。
「さて、ようやく迎えのようだね。行こう、レニちゃん、ベラちゃん。モルガン伯も、行けるかい?」
どうして、と思いかけて、気付く。ベラの父は、ベラに直には触れられない魔力なのだ。王様に近付くのは、危険なこと。
「ええ。私はマリアベラとレニの、保護者として来ましたから」
それでも、ついて来ると言ってくれるベラの父。保護者として、父親として、本来はこれが正しい姿なのだろう。
やっぱり、両親ではなくベラの父に、ついて来て貰って良かった。
つい、そんな風に思ってしまったわたしは、良い娘ではないのだろう。だから、お互い様で、お似合いだ。
「レニ?」
「あ、ごめん、なんでもないよ、大丈夫」
思わず苦笑してしまったわたしにベラが気付き、首を傾げたベラに、微笑んで首を振った。
いま考えるべきは、正しい家族の姿についてではない。魔力のせいで、ひととの触れ合いを望めなかった王様と、交流する方法だ。
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