天才少女の恋 2
※伯爵令嬢マリアベラ・モルガン視点
なにかの手違いで、彼女が途中で脱落していれば。そうでなくても、わたしが思うほどには魔力耐性がなくて、王宮の魔力に少しでも当てられていれば。
そんな愚かな願いも虚しく、彼女はケロリとした顔でくつろいでいた。紅茶にお菓子でもてなされ、ボードゲームや本まで用意されている。
思わず尋ねれば、二時間も待っていたと言う。
両親は王宮に隠し通してくれていたのだ。それはありがたいが、彼女には可哀想なことをした。
「レニはわたしの友人なの。幼い頃からずっと一緒で、だから、このくらいはなんともないのよ」
繋いだ手を示せば、目を見開かれる。
「そ、う、だったのですね。先にわかっていれば、こうもお待たせせずに済んだのですが」
「そうね。わたしから、申し送りしておくべきだったわ」
彼女はよくわかっていない顔で、わたしと女性使用人の会話を聞いている。わからないのだ。気付きもしないのだ。この場に満ちた、魔力に。
天才マリアベラ・モルガンの名は、良くも悪くも知られている。だから、そのわたしが平然としていることは、さして不思議にも思われない。驚かれるのはいつだって、天才の横に当たり前のように立つ彼女だ。
なにせ彼女はこうして触れ合ってすら、少しも魔力を感じさせない。
「そちらが噂のメレジェイ伯令嬢かな」
良くも悪くも知られるマリアベラ・モルガンが、好んで側に置く令嬢。彼らが聞く噂とはそれだろうか。
なんにせよ、わたしと違って彼女と結ばれることの出来る彼らを、彼女に近付けるつもりはない。王だから渋々許すのだ、そうでない相手に彼女を掻っ攫われるなど、許せるものではない。
「わたしは少しあちらの方に用事があるので、失礼致しますわ」
強引に話を切り、彼女を連れて離れる。話があるのは本当だった。だって彼女はここに来てなお、魔力に気付いたそぶりがない。わたしですら、魔力があると感じるほどの、強い魔力だと言うのに。
男性官吏に声を掛け、呼び出しの順番を変えて欲しいと頼む。この呼び出しは、事前の魔力測定で見込みがあるものほど後に回される。だからこのなかでは、マリアベラが最後で、彼女が最初のはずだ。それではあまりに、場が混乱する。
「レニ・メレジェイ?いや、彼女は、」
「彼女の方が、わたしより魔力に強いのです。間違いありません」
「なにか、根拠が?」
根拠。あるに決まっているだろう。彼女は。
「わたしと姉が魔力暴走で死にかけたときに、暴走した魔力をすべて吸い取って放出させてくれたのが彼女です。わたしたちは、あのあと半月寝込みました。少しも近付けなかった大人だって、何人も寝込んでいたはずですが、彼女は直後ですらケロリとしていて、少しも魔力に当てられていませんでした」
男性官吏が目を見開く。六年前の魔力暴走事故は、死人を出さなかったためさして話題にならなかったはずだが、さすがに王城の官吏には知られているらしい。
「……わかりました、少し、メレジェイ嬢と話して判断しましょう」
彼女と話した男性官吏は、どうするか答えはくれなかったが、始まった呼び出しで彼女がいちばんに呼ばれることはなかった。
彼女より先に自分が呼ばれて、男性官吏が完全に自分の意見を酌んでくれたのだと気付く。視線で彼に礼を伝え、謁見の場へと向かう。
無駄にも思えるほどに長い廊下と、大きな広間。黙って歩きながら、重たい魔力を感じて、身体が強張る。
ああ、普段、自分を恐れるひとたちは、こんな気持ちだったのか。
そんなことを考えながらも広間を辺り、陛を昇る。
陛の上、国王と相対して、
「っ」
駄目だ、と、直感的に悟る。理屈でなく、本能が、目の前の男に触れてはいけないと告げていた。
ああ、わたしに触れられないひとたちは、こんな気持ちだったのか。
その場に膝を突き、頭を下げる。
「申し訳ありません、わたしでは、その尊き御身に触れることが叶いません」
明らかな落胆が、場を覆う。それでも国王が、わたしに言葉を掛けようとした、その前に。
「ですが」
許しも得ずに顔を上げ、国王を、わたしから彼女を奪う男を見据える。
「このあともうひとり、娘がやって来ます。わたしの掛け替えのない親友です」
「このあと?今回もっとも魔力が高いのは、そなたのはずであったが?」
「ええ。わたしが頼んで、順番を変えて頂きました。そうでないと、わたしの番が落ち着かないでしょうから」
国王が、目をすがめてわたしを見下ろす。憎たらしいほど、顔の整った男だった。
「どう言う意味だ」
「次に来る娘は、あなたの手を取るでしょう。あなたの手を取り、額に当てる。まるで、なんでもないことのように」
「そんな馬鹿な」
わたしもそう思ったことだろう。姉と彼女が、この世にいなかったならば。
「わたしもそうでないことを祈っています。だって、それなら彼女をあなたに奪われずに済む」
そうだったら、どれだけ良いか。
「本気で、言っておるのか?余に、触れることの出来る娘がいると」
「ええ。残念ながら」
「残念、などと、」
言いかけて、国王は、わたしを見つめた。
「それが事実ならば、そなたにとっても手放し難き相手であるだろう。それゆえに、そなたは残念なのか」
「ええ。わたしにとって、唯一無二の友です。どうか、大切に、して下さい」
首を垂れる。心から。
「わかった。そなたの願い、受け取った。下がって良い」
わたしが戻れば、次に呼ばれるのは彼女だ。
来た道を戻る足は、鉛のように重かった。
それでも歩いていれば身体は進んで。彼女は国王のもとへと向かって、帰って来た。
「ねえ、ベラも王様の、手を取った、のよね?」
当たり前のように、国王の手を取って。なんにも知らずに、わたしの罪を責める。
「いいえ」
そしてわたしはわたしの天使に、己の罪を懺悔する。醜く愚かなマリアベラ・モルガンの犯した罪を。
「どうして?」
天使はいとも簡単に、わたしを許して見せる。
「ベラは優しいよ、ちっとも恐ろしくない」
その、言葉が。わたしたちにとって、どれほど、
「え!?」
突然泣き出したわたしに慌てる彼女は、きっと一生わたしの気持ちなんてわからないだろう。
それで良い。それで、良いのだ。
「おやすみ、ベラ、良い夢を」
でなければ、こうして抱き締めて眠るなんて出来ない。
「おやすみ、レニ」
恋しい少女を抱き締めて、わたしはそっと目を閉じた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
ガールズラブタグのターンエンド
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