天才少女の恋 1
※伯爵令嬢マリアベラ・モルガン視点
わたしはきっと、誰かの妻にはなれないだろう。貴族の娘の存在意義である、良い家に嫁ぎ、あるいは婿を取り、家を継ぐための子を授かると言う役目が、わたしでは果たせない。そのことを申し訳なく思いつつも、それ以上に安堵してしまった自分が、なによりも親不孝で申し訳なかった。
それでも。最愛のひと、恋する相手とは決して結ばれないから。誰か別の相手に嫁ぐくらいなら、誰にも嫁がず、王城で女官でもして生きたい。胸の内に持っていた願いが、叶うかもしれないことに、やっぱり安堵が勝ってしまうわたしは、貴族の娘として失格だ。
天才と言われるマリアベラ・モルガンは、実のところそんな、自己中心的な愚者だった。
自分のことを天才と言われるたびに、本物の天才は別にいるのにと思う。そして、自己愛で天才を隠しているマリアベラと言う女のことを、救いようのない愚者だと思う。
今は彼女が子供だから隠せても。
彼女が十二歳になる年の一月七日には、どうしたって彼女の才は知られてしまうのに。
それでもせめて隠し通せるうちは。いずれは王家に盗られてしまうとしても。愛しい少女を自分だけの宝物として、抱え込んでおきたかった。
幸いにも、と言って良いのかはわからないが、彼女の両親や兄姉は彼女の能力の稀少性や重要性に気付いてはおらず、あろうことか人身御供として彼女をわたしに差し出した。さらにマリアベラの両親は、彼女を隠して囲うことで得られる優位性に、価値があると判断した。
もしも。と思う。もしも、自分が彼女より五つ六つ歳上の、貴族の男であったならと。もしそうならば己の身体が男になったその後ただちに、彼女の身体を暴き尽くして、既成事実でもって彼女をわたしに縛り付けられたのにと。
けれど実際は自分は彼女と同い年の女で。魔力は高いがそれだけで。なんの力もなくて。王家が最愛のひとを奪って行くのを、指を咥えて見ているしかないのだ。
もちろん、奪われてそのままでいるつもりはない。彼女を腕に留める力はなくとも、彼女を追い駆ける力はある。無駄に高い魔力のお陰で嫁ぎ先がなく、代わりに王城勤めに適性があるのだ。誰より、それこそ親兄弟よりも彼女を愛している自信がある。年頃の令嬢のなかでは、わたしが最も彼女と親しい。
きっと王后にならされる彼女の、専属侍女として、常に傍にいれば良い。
この恋は。この恋を成就させることは。彼女の幸いには繋がらないから。だから想いは伝えない。友情だと。親愛だと。軽く思って貰って良い。
その天賦の才ゆえに、未来が限られてしまう彼女に。未来を選ぶことが許されない彼女に。それでも許された未来で、出来る限りの幸せを手繰り寄せることが出来るように。
子供の彼女をわたしが抱え込む代わりに。彼女がわたしの腕から奪われたそのあとは。残りの生涯を、彼女の幸せのために費やそう。
それで良い。結ばれなくても、共にいられたら。手を伸ばせば触れられる場所で、彼女が笑っていてくれたなら。幸せだ。わたしはもう。それだけで。
嘘。
本当は。ほんとうは。
彼女が瞳に映す唯一の人間でありたい。彼女に触れる唯一の人間でありたい。今すぐにでも彼女の手を取って、誰もいない、誰にも見付からないところまで、連れ去ってしまいたい。
優しい彼女はそれでもきっと、許してくれてしまうだろう。
それで、どんなに苦しい生活になったとしても。見窄らしい生活の果てで、無様に野垂れ死ぬことになったとしても。少しの文句を言うことはあっても、結局はわたしを許してしまうだろう。
彼女の耳をふさぎ、情報を遮断して、なにもかもを隠して来たわたしの愚かさを知っても、きっと許してしまうように。
ああ、かみさま感謝します。わたしのもとに、彼女と言う天使を遣わせてくれたことに。そして、お恨み申し上げましょう。せっかく遣わせてくれた天使なのに、決して結ばれることのない相手として、彼女とわたしをつくり給うたことに。
醜く愚かなわたしは彼女の幸せを打ち壊してでも、自分の欲望を満たしたいと願い。けれど己の醜さゆえに、彼女を汚さず手を止める。
いっそ、彼女が自分を嫌ってくれたら。開き直って、嫌われることもなにも気にせず、連れ去ってしまえたかもしれないのに。彼女は天使で、だからこそ、わたしのように醜くはなり得ないのだ。
ああ、通過儀礼の日が。彼女が奪われる日が。もう間近に迫っている。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
ガールズラブタグの本領発揮
続きも読んで頂けると嬉しいです




