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案山子

作者: 通りすがり

住宅街の一画に雑草が生い茂った空き地がある。広さ10坪ほどのこの空き地には所狭しと立ち並ぶ案山子の姿があった。


元々この辺りは、住宅地として整備される20年ほど前までは一面に畑が広がっており、当時はあちらこちらの畑に案山子の姿が見られた。

今も住宅街から少しばかり離れれば昔ほどではないが畑は存在するが、最近ではどの畑にも案山子の姿を見ることはなくなっていた。


その案山子が立ち並ぶ空き地の周囲に住む住人たちは、その不気味な景観に嫌悪や恐怖を感じていて、空き地の持ち主に度々苦情を入れて案山子を撤去するように迫っていた。

空き地の持ち主は、この空き地の隣に建つ古ぼけた家に住む60代の男性下田だった。下田の家族は祖父の代からこの地に住んでいたが、20年ほど前に両親を相次いで病気で亡くしてからは、下田はここに一人で住んでいた。そしていつの頃からか今となってはわからないが、案山子を一体また一体とどこからか持ってきてはこの空き地に立てるようになっていた。

そんな下田は苦情を入れに来た住人に対して、案山子にも魂があって生きている。不要になったからといって簡単には捨てられるものではない、だから行き場の無くなった案山子はここに集まってくるしかなかった、と意味不明の理屈を捏ねて、苦情には一切耳をかさなかった。

そんなことから下田は変人として周囲の住人からは奇異の目で見られ、案山子同様に避けられる存在であった。

そして、その住宅街に住む子供たちにとっても、その案山子がいる空き地は不気味な場所であった。

親や学校の教師からはこの案山子が立つ空き地には絶対に近づいてはいけないと言われていたが、一部の男の子たちは怖いもの見たさで空き地まで行くことがあったりもした。

その日も、小学校5年生の宏樹と剛と陽太の3人は、学校が終わった放課後に、案山子を見に空き地へと行くことになっていた。

この3人は度々この案山子を見に来ており、今日は空き地の中にまで入り込んで近くで案山子を見てみようなどと話し合っていた。

空き地の周囲には囲いとなるようなものはなく、誰でも勝手に中に足を踏み入れることは可能だった。

だがいざ近くまで来てみると、宏樹と剛の二人はその案山子の立ち並ぶ光景のあまりの不気味さと異様な迫力に急に怖気づいてしまい、やっぱり帰ろうと言い始めた。だが陽太はそんな怯える二人を馬鹿にした口調で嘲笑し、こんなの全然怖くないと言い放った。

「なら中に入って案山子に触って来い」

陽太の態度に腹を立てた剛は陽太に向かってそう言いながら詰め寄った。

だがそんな剛の様子を見てもなお顔に浮かんだ嘲笑を消すことはなく、「そんなの簡単だ」と空き地の中にずかすかと入ろうとする。

それを止めようと宏樹が陽太の肩を掴んだ瞬間、たまたまそこを通りかかった同じクラスの友人の母親が、口調は優しい感じだったが、表情は少しだけ険しい様子で3人にここで何をしているのかと聞いてくる。

しどろもどろの説明だったが何とか誤魔化すことはできたが、友人の母親はあそこの案山子の空き地には絶対に近づいてはいけないと注意をして去って行った。

「この辺りには知り合い多いから、誰にも見られないようにこの中に入るのは難しいな」

陽太はしょうがないといった様子でそう言ったのを見て、宏樹はこれで案山子の話を諦めてくれるのではないかと少し期待した。

しかし、それを聞いた剛は馬鹿にしたように笑った。

「やっぱり怖いんだろう」

「こんなの全然怖くないって言ってるだろ。じゃあ誰もいない夜に来て中に入ってやるよ」

宏樹はそれはさすがにやり過ぎだと止めた。だが二人は宏樹の言うことを無視して話を続ける。

「言ったからな。なら絶対に夜に来いよ。そうだ、中に入った証拠にあの奥の方に立っている案山子の頭の部分にまかれた青いタオルのようなものを取って来い」

「わかった。だけどもしそれを取ってきたら二人には俺の言うことを何でも聞いてもらうからな」

剛に煽られ陽太はムキになっていると思った宏樹は必死に二人を止めようと説得したが、二人は宏樹の言うことにはやはり一切耳を貸そうとしなかった。

そうして、夜に陽太は1人でここへ来て空き地の中に入り案山子から青いタオルを取ってくることになった。

夜になり、宏樹は陽太が本当に行ったのかずっと気になって仕方がなかった。だが自分が夜にあの案山子の空き地まで行く勇気はとてもなかった。陽太はどうなったのだろうという不安な気持ちを抱えながら、宏樹は眠れない一夜を過ごした。

そして翌日になり、陽太は学校に来なかった。

「怖くてあそこに行けなかったから俺たちと会いたくなくて、学校をズル休みをしたんだろう」

剛はそう言って笑っていた。だが宏樹はそのときに何か嫌な予感がしていた。

3時間目の授業が終わった後の休み時間に宏樹と剛はクラスの担任の先生に職員室に呼ばれた。

担任は職員室の自分の席に座ると、目の前に立つ二人と同じ視線の高さになった。そして二人に向けて真剣な眼差しを向けた。

「今から話すことはクラスの他の子にはまだ話さないでほしいんだけど、実は陽太がいなくなったんだ。昨日の夜にどうやら家を抜け出したみたいなんだが、ご両親は朝になって気づいたらしい。陽太のご両親から学校に陽太が来ていないかと連絡がきて行方不明だということが分かったんだが、今もまだ陽太は見つかっていない。お前たちはクラスの中では陽太と一番仲が良かっただろう。陽太がどこに行ったか知らないか」

宏樹はそれを聞いてまずいと思い、すぐに先生に本当のことを話そうとした。だが隣にいた剛は宏樹が口を開く前にそれを制して、「僕たちは知らない」と答えていた。

宏樹は剛がなぜそんな嘘をついたのか、その真意がわからず剛の顔を見るが、剛は一瞬だけ睨むような視線を宏樹に向けたが、あとは先生の方を見たままで宏樹と目線を合わせようとしない。

先生は宏樹に向かって、「お前は何か知らないか」と聞いてくるが、宏樹は困ったようにおどおどした後に小さな声で「僕も知らないです」と答えた。

職員室を出たあとに宏樹は、なぜ先生に嘘を言ったんだと剛を責めた。

「本当のことを言ったら俺らも怒られるんだぞ。大丈夫、俺らが言わなければこのことは誰も知らないから」

剛はケロっとした顔でそう言った。

宏樹はそんな剛の態度に腹が立っていた。

「じゃあ陽太はどうするんだよ。剛が陽太にあんなことを言うからこんなことになったんだぞ。それに......」

宏樹は自分はあんなに止めたのに、と言おうと思ったが、それは口には出せなかった。

だが剛はそれでも余裕の態度は変わらなかった。

「大丈夫だって。放っておいてもそのうちに帰ってくるよ。それより宏樹、お前絶対にこのこと誰かに言うなよ。言ったらお前のことを許さないからな」

そう宏樹に言い放つと剛は教室に一人で戻って行ってしまった。

その場に一人だけ取り残された宏樹はどうしたらいいのかわからず、ただただ困惑しているだけだった。


その日学校が終わり宏樹が自宅に帰ると、宏樹の母親が陽太が行方不明になっていることについて何か知っているのかと聞いてきた。どうも陽太の両親が警察に捜索願を出したようで、ご近所中に宏樹が行方不明だという話は広がっているらしかった。

宏樹は、担任の先生からも聞かれたけど僕は知らないと母親に答えた。母親は陽太はどこにいったのかしらとひどく心配した様子だった。

宏樹は陽太のことがどうしても気になり、あの案山子のいる空き地へと一人で様子を見に行ってみることにした。

日が暮れかかった夕方、見る景色全てが橙に染まっている。空き地に着いた宏樹はすぐに案山子を確認した。昨日剛が陽太に取って来いと言った青いタオルを巻いた案山子は、昨日と同じようにタオルを頭部に巻いたまま奥の方に立っていた。

陽太は昨夜ここには来なかったのかもしれないと少しだけ安心したが、その時目に入ってくる周囲の景色に昨日とは異なるなにかを感じていた。

案山子の立つ空き地を見ていると、どうも昨日より案山子の数が多くなっているような気がする。

昨日、数えた時は案山子は全部で15体立っていた。それは3人で数えたから間違いはなかった。だが今案山子の数を数えてみると16体ある。もう一度数えたが間違いなく16体だった。

昨日より1体増えている......。

どの案山子が増えたのだろうと一体一体注意深く見てみると、気になる案山子があるのを見つけた。

その案山子は、あの青いタオルを巻いた案山子の隣に立っていた。

その案山子は他の立ち並ぶ案山子より少しだけ大きさが小さい気がする。そしてその案山子が着けている青と白のストライプのシャツ、その服は宏樹には昨日陽太が着けていた服と同じ服に見えた。

もう少し近くに寄って確認してみようと空き地に近づいたとき、宏樹は誰かの視線を感じ立ち止まった。周囲を見渡すと空き地の隣に立つ古い家、その家の窓から下田がこちらを見ていた。そして宏樹と視線が合うとニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべた。

宏樹はそれに気づいた瞬間、全身にぞわぞわと鳥肌が立った。とてもこの場には留まることができない、宏樹は案山子に背を向けて全力で走り去った。


行方不明の陽太はあの家の老人に案山子にされてしまった。宏樹は絶対にそうだと確信していた。そして一晩悩んだ宏樹は意を決し親にそのことを伝えようとした。ベッドから起きだし部屋を出るとキッチンに居る母親の元に向かう。キッチンに入ると母親と目が合うと母親は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

「陽太くんが昨日の夜に見つかったってよ」

「えっ」

宏樹は予想外の母親の言葉に、思わず絶句してしまった。

「あらやだ、そんなにビックリして。どうしたの」

そんな母親の言葉は耳に入ってこなかった。

後で聞いた話だが、昨日の深夜に陽太が近くの農道をフラフラと歩いているところをパトロールしていた警官に発見されて保護されたのだった。

とくに怪我などはなく元気だと言うことだった。


陽太は発見された翌々日から学校に登校してきた。とくに変わった様子は見られなかった。宏樹は陽太に直接行方不明の間の話を聞いてみるが、ただ覚えていないとしか答えなかった。

剛も陽太にどこに隠れていたんだとしつこく聞いていたが、陽太が相手にしないでいると次第に剛は白けた様子で陽太と話すことはなくなっていった。

ただ宏樹は陽太が案山子にされたのではなかったことにホッとしていた。

それから数日が経ち、皆が陽太にあったことを忘れかけていたある日、学校の帰りに宏樹は畑の横の畔道で陽太が一人で微動だにせずに突っ立っているのを見かけて声をかけた。

宏樹は陽太に何をしているのか聞くが、なにも答えようとはしなかった。

その時の陽太の変わった様子は気になったが、いくら話しかけてもほとんど反応をしないので、やむを得ず宏樹は陽太をその場に残して立ち去った。

数日後、陽太が下校の途中で再び行方不明となった。その際には警察はもちろん、テレビのニュースなどでも放送されたりもして大々的に捜索が行われたが、今度は陽太が見つかることはなかった。


それから数ヶ月が経ったある日、下田の家から火災が発生し全焼した。そして逃げ遅れた下田は焼死した。隣の空き地に立ち並ぶ案山子にも延焼し、ほとんどの案山子も灰となってしまった。下田の家の焼け跡から燃えたランドセルの残骸と思われるものが見つかった。鑑定の結果、ランドセルであることは確認されたが、それが陽太のランドセルかは結局わからなかった。

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