宇宙一悔しかった日。
手が空を掴む。
「おっと。お前はこれが何だか知るまい?」
月影芋薫の手は5センチ上でその硝子の円柱を掴み取っていた。
「それはババアの骨壺の中身だ、俺の家族を返せ」
岩城はしゃがんで右手を長く差し出した体勢になっていた所から一瞬で前方への跳び蹴りを見舞った、だが月影芋は軽く上体を反らしただけでそれを避けてしまう、間髪入れずに岩城の左手が床を叩いて蹴りの飛距離を伸ばした、踵が僅かに月影芋の腹を擦る。
「出来ない相談だな、俺の七代前のジジイの「骨」はこいつを手に入れる事なんだ」
これ見よがしにもう一度円柱を放り上げる。シャンデリアの暗い蝋燭の光を浴びて、多角形の先端の影が微かに内部で虹を結んだ。
怪しい歪んだ虹が透明な円柱の中でモザイク状の構造を浮かび上がらせていた。
瞬時に立ち上がった岩城は指を鉤状に曲げた手を次々と繰り出して月影芋に迫るが、月影芋は大股に後ろへ走って掴ませなかった、そして充分に距離が開いた所で懐から小型銃を一発。痺れ薬の仕込まれた弾丸は岩城の首筋に突き刺さった。
「じゃあな。生きてる間にまた会う事は多分無い」
倒れ込んだ岩城の背中に何か軽い紙の束が放り落とされた。
「月影芋…何だってこんな真似をする?」
「また焚き火を囲みたくなった。だが地球にはもう薪はない」
月影芋は倒れた岩城をじいっと見てから大股に立ち去った、その後を数人の男たちが続いて行く。
喫茶店「盆」オーナーのみね子がカーテンみたいなレース生地で出来た純白のドレスの胸元にトレイを抱いて口をあんぐり開け、最後の一人が置いて行った3980円の伝票ときっちり同額の代金を見てレジを打った。
そのチン、という音と共に、岩城の意識は遠のいて行った。