第2話 記憶
「こんな子、産まなきゃ良かった!」
私は覚えている。
お母さんが私に言った最後の言葉。
手をつなごうとした私の手を強く払ったお母さん。
手をつないでほしかった。私の手を離さないでほしかった。
でも、お母さんはもう私の顔すら見てくれなくなった。
私は覚えている。
幼い頃は幸せだった。
お父さんも、お母さんも、私に暖かい笑顔を向けてくれていた。
それが徐々に暗い顔へと変わっていく。
ある日、ふたりに病院へ連れて行かれた。
そして、最後の言葉を言われた。
私は覚えている。
近所の子たちとは違う学校に通った。
お友だちも出来たし、楽しかった。
でも、家に帰るとお母さんはいつも泣いていた。
お父さんはあまり家には帰ってこなくなった。
(全部私のせいだ)
そんな思いが心に渦巻き、苦しくて、苦しくて、苦しくて。
胸の痛みに我慢できず、私は床にうずくまる。
それでも、私にはどうすればいいのか分からなかった。
私は覚えている。
私がいるからお母さんは泣き、お父さんは帰ってこない。
だから、私が家から出ていけばいいんだ。
家を飛び出し、夜の街をただ彷徨う。
「キミ、カワイイね! どこか遊びに行こうよ!」
私に声をかけてきた男性。
それがマサシとの出会いだった。
私に優してくれるマサシ。
マサシが喜んでくれるならと、マサシの求めに応じてその日のうちに初めてを捧げた。
私は覚えている。
マサシと出会ってから一週間。
私は、マサシと暮らし始めていた。
「なぁ、真奈美も誰かを笑顔にさせたくないか?」
私が誰かを笑顔に? そんなことできるの?
マサシは優しい笑顔で頷いた。
「おにいさん、わたしとあそびませんか?」
マサシに教わったセリフを街行く男性に投げかける。
そして、お金をもらってエッチする。
気持ち悪いし、そんなことしたくないけど、男性は大喜び!
笑顔を私に向けてくれるし、とっても優しくしてくれる!
お金を持って帰れば、マサシも喜んでくれる!
(私にも誰かを笑顔にすることができる!)
そんな思いが心に溢れ、とっても嬉しかった。
マサシも応援してくれている。
だから私も頑張ろうと思った。
私は覚えている。
マサシと出会って三ヶ月。
「なんでこれしか稼ぎがねぇんだよ!」
いつしかマサシは、私に笑顔を向けてくれなくなった。
私はマサシに殴られ、蹴られ、毎日嫌々街角に立っていた。
(もうこんなことしたくない)
でも、私にはどうすればいいのか分からなかった。
私は覚えている。
マサシと出会って四ヶ月になろうとする頃だった。
バンッ
マサシの部屋に数人の男性が押し掛けてきて、部屋の中に入り込んできた。私も、マサシも、突然のことに驚き、身動き一つ取れない。
「お前が最後のひとりだ。お仲間は全員拘束済み」
マサシは真っ青になって震えている。
「ウチのシマで勝手なことするとどうなるか、たっぷり身体に教えてやる」
慌てて逃げ出そうとするマサシを取り押さえる男性たち。
「お、お願いです! 許してください、許してください!」
そんなマサシの髪の毛を掴み、顔を上げさせた男性。
「そのセリフ、涙ながらに叫んだ女たちを、お前たちは許したのか?……おい、連れて行け」
泣き叫ぶマサシは、頭に汚れた袋をかぶせられて、そのままどこかへと連れて行かれてしまった。
それがマサシを見た最後の姿だった。
「大丈夫ですか?」
私を暖かな空気が包む。
マサシの命令で、下着姿で暮らしていた私。
そんな私に上着をかけてくれた男性。
それが金髪の兄ちゃんとの出会いだった。