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命の価値

作者: グレファー

 人々が宇宙に進出し、その生態系を広げても、やることは変わらない。


 拓き・繁殖し・争い・滅ぼす。


 ――今にして思えばそんなことを思っていたのも、人が常に繰り返す若気の至りってやつだったのだろう。


 今も僕は思い出す。あの光景を。まだ人類は何も捨てちゃもんじゃないってことを。


 宇宙歴308年――

 今や宇宙には多数のスペースコロニーが存在し、今では地球に降りたことがある人間すら珍しくなってきた時代。

 スペースコロニー「サンホーム」ではコロニーの東側・西側に分かれて争いが絶えなくなっていた。

 アルター・シュプリーム二等兵は東側の志願兵として、とある任務についていた。

 そして作戦ポイントに向かうためにアルターはトラックの荷台で揺られていた。


「よぉ!新米!気分はどうだ!」


 車酔いをしてうつむいていたアルターの背中を、丸太のように太い腕をもった偉丈夫の男が思いっきり叩く。


「ハンス上等兵勘弁してくださ…ウェップ」


「アハッハッハッハ!悪いなアルター坊!」


 ハンス上等兵は気にせずアルターの背中を叩きつづける。


「それくらいにしてやりなさいハンス上等兵」


 車を運転していた細面の顔をした男がハンスを注意する。


「自分はこのヒヨッコを心配していただけでありますよゲルト中尉」


 ハンス上等兵はアルターの背中を叩くのをやめ、ゲルト中尉に返事をする。


「アルター君。今回の任務では君の技能が特に重要だ。車酔いは辛いだろうが現地に着いたらすぐにコンディションを発揮できるように頼む」


 ゲルト中尉は感情を感じさせない事務的な口調でアルターに声をかける。アルターはうなだれながら元気なく、はいと答えるのが精いっぱいだった。


 今回の任務は今はもう使われていない旧コロニー気象施設の威力偵察。すでに新型の気象システムに移管が完了しており、両軍共に廃棄された施設として気にしてなかったが、2日前にとある報告が偵察班から来る。


「お前はこれが初任務なんだからあんま気ぃ張るなよアルター坊!どうせちょっと偵察して目的のロボットを回収して終わりなんだからよ!」


 ハンスがアルターの肩に腕を回し、笑いながら肩を叩く。

 そう、気象施設の監視班から所属不明のロボットを発見したとの報告があったのだ。

 もしかするとそのロボットは西側の偵察ロボットかもしれない。その真偽を確かめ、もしくはそのロボットを確保しこちら側の偵察ロボットに仕立てられないか。それが任務だった。


「どんなに簡単なものだろうと任務は任務ですハンス上等兵。あまり気を抜かないように」


 運転しているゲルト中尉はハンス上等兵に注意をし、ハンス上等兵は渋々敬礼で返す。


 突然トラックが急ブレーキで止まり、大きく揺られ中の面々もバランスを崩す。アルターは胃液が喉まで逆流するがかろうじて飲み込むことができた。


「な…なんだ!突然!」


 ゲルト中尉はトラックから降り、大声で呼ぶ。


「ハンス上等兵!アルター二等兵!二人とも降りてください!」


 僕とハンス上等兵は荷台の面々の間を通りながらトラックを降りる。

 トラックの前面に移動する間、辺りを見て位置を確認する。すぐそこに気象施設が見えることから目的値の直前だったようだ。


「これは…西側のエアカー?」


 僕とハンス上等兵がトラックの前面まで来ると、ゲルト中尉は残骸を調べていた。


「アルター君。君はこれを見てどう思う」


 ゲルト中尉は僕に訊ねた。


 僕は残骸を見た。ちらっと聞こえたゲルト中尉の言葉通り確かにエアカーの残骸なのはわかった。

 しかし気になったのはその破損部分だった。


「中尉がおっしゃっていた通りエアカーの残骸だと思います。しかしその機体中部にある破損個所…なにか巨大な物体でへこまされたような…」


 そう、エアカーの腹部分から後部エンジン部分にかけて何か巨大な棒にぶつかったような形跡があったのだ。

 横から何か柱に衝突したにしては、へこみ方が斜めすぎた。それはまるで…


「その…言い方を変えると斜め上から殴られたような…」


 ゲルト中尉は僕の荒唐無稽な発言に何の表情も浮かべなかった。ただ何かを考えるように口に手を当てていた。そして手を当てながら口を開いた。


「この辺りを飛行していたことを考えると、東西かかわらず軍用の者である可能性が高い。損傷しているかもしれないがまず間違いなくレコーダーが積まれているだろう。アルター君、調査を頼めるか」


「ハッ!」


 僕は命令を聞き、敬礼をして調査を開始した。


 僕がこの任務に徴用された理由――1年前まで機械学科の課程で最優秀の成績を収めていたからだった。ロボットの確保・修理・もしくは書き換えを行える人材として。まさか初の命令がエアカーのレコーダーの調査とは思わなかったが。


 レコーダーの調査は難なく終わった。取付箇所がどちらにしても大体同じだったし、確かに多少故障はしていたがせいぜい部品が衝撃で外れていた程度で少し開いてハメなおすだけで再生ができるようになった。


「たいしたもんだアルター坊」


 ハンス上等兵は感心したように僕を見ていた。

 僕自身不思議に思っているのだがこのコロニーでは機工学科に興味がある人間がとても少ない。宇宙の中で機械に囲まれることでかろうじて生きているようなものなのに。


「アルター君。再生してみてくれないか」


 ゲルト中尉に促され、僕はレコーダーの再生を行った。


『ポ…トS2…N…9に到達――こ…り調査を開…る』


 映像はちらつき、音も飛び飛びではあったが辛うじて内容は理解できるくらいではあった。

 映像はエアカー内部を映しており、西側の兵装をした3人がエアカーから気象施設を調査しているみたいだった。


「やはり西側のエアカーだったか…」


 ゲルト中尉がつぶやく。


「しかしこいつら何しに来たんですかねぇ?」


 ハンス上等兵が映像を見て疑問に思う。


『な…だ!あい…ぐわっ!』


 その言葉と共にエアカーに突然鉄筋が斜め上から鉄筋を叩いつけられていた。そして映像がそこでノイズが走り止まる。


 この映像をみた僕たちは言葉を失っていた。

 襲われていたのは『西側』のエアカーなのだ。そして僕たちはそれを知らされていない。


「どうしますゲルト中尉」


 ハンス上等兵はゲルト中尉に訊ねる。その言葉にもうふざけた態度は感じられなかった。


「一旦本部に連絡を取り、確認を行います。そしてその後、気象施設に入り任務を遂行しましょう」


「えっ!?」


 僕は驚いてつい言葉が出てしまった。


 ゲルト中尉は僕を睨み、冷たい口調で僕に言う。


「何か質問が?アルター二等兵」


 僕は回答に困りハンス上等兵を見る。しかしハンス上等兵も僕に対し冷たい表情を見せていた。そうか、これが軍隊なんだ。


「い…いえ…ゲル…」


 その時だった。突然ハンス上等兵が僕に迫り、押し倒してきた。突然のことに何が何だかわからず受け身を取り損ね、地面に頭を思いっきりぶつけてしまった。目の前に火花が散り、景色がくらむ。


「起きろ!アルター!起きろ!」


 おぼろげにハンス上等兵の声が聞こえ、その後顔面に強い痛みを感じ、僕は目を覚ました。頬がビリビリし、鼻がむずむずした。


 ――数瞬考えそして急いで飛び起きた。何があったんだ!?


「アルター君!走れ!」


 ゲルト中尉が僕に向かって叫ぶ。声の方向を見るとゲルト中尉は全力疾走で気象施設に向かっていた。


 僕はいまだに状況を把握できておらず棒立ちしてしまう。そしてハンス上等兵が僕を抱え、全力で走る。


「なにやってんだアルター!早く逃げるぞ!」


 ハンス上等兵に抱えられながら、後ろを見る。さきほど乗っていたトラックの荷台に鉄骨が突き刺さって煙を上げていた。


「……え?」


 僕はようやく状況を理解しはじめてきた。そしてハンス上等兵の腕を振りほどく。


「すみません!自分で走れます!」


 僕は言った。前を見るとゲルト中尉が気象施設の入り口前に先についており、扉を調べているのが見えた。手を振り僕たちを呼ぶ。


「二人とも!入れます!急いで!」


 その時だった。後ろから耳を切り裂くスラスターの音が。僕は走りながら後ろを見る。


 ――異形だった。それはかろうじて人の形をしてはいたが、全身のコードがむき出しになっており、何より自身の3倍の大きさはあろうかという巨大な右手のせいでどうみても重心が安定していないフラフラの状態で空を飛んでいた。


「何者なんだ!こいつは!?」


 ハンス上等兵が叫ぶ。その異形は右手を僕たちの方に向ける。何をしてくるかわからないが何かヤバイことだけは理解できた。


 ――銃声、そしてその異形がバランスを崩した。狙いを外した右腕はあらぬ方向に飛んで行った。


 銃声は前から――気象施設からだ。その方向を見ると西側の兵士がロボットに対し銃を向けていた。


「西側の兵士!?」


 同じく銃声の方向を見ていたハンス上等兵が思わず声を出す。異形がバランスを崩しているうちに何とか気象施設の入り口にたどりついた。


 中はボロボロに荒らされてたが電気は生きているのか明かりはついている。僕たち三人は異形から逃げるため、気象施設の奥へ奥へと進んでいった。


 中はいたるところが老朽化でボロボロとなっており、何度か荒らされているのかいたるものがひっくり返されていた。


 正直息は切れていたがまだ安心はできない。僕たちは何とか読める案内図に従い、コントロールルームまで走っていった。


 階段を二つ登り、3階にあるコントロールルームにたどりつく。僕は部屋についた瞬間に体力が切れて倒れこんでしまう。


 ハンス上等兵とゲルト中尉は近くの机や椅子をかき集め、扉の前にバリケードを張る。そしてようやく息をつくことができた。


「な…なんだったんだあいつは…」


 ハンス上等兵は息を切らしながら言う。


「ロボット…それにしか見えません」


 僕は答えた。ゲルト中尉は水筒の水を飲みながら僕に質問をしてきた。


「アルター君…。ロボットに詳しい君に聞きたいことがあります」


 僕は絶対に質問が来ると思っていた。…あのロボットはロボットとしてあり得ない行動をしていたからだ。


「あれは遠隔操作リモートですか?それとも自立機動オートですか?」


 僕は少し考え、口を開いた。


「…あれは自立機動型です。まず間違いなく」


 ロボットには人間が実際に操作する遠隔操作型リモートと、操作が介入しない自立機動オートの二種類が存在する。


 オートロボットのプログラムには厳しい制限が課せられており、俗にいうロボット三原則――これが必ず守られるようになっている。


 人に危害を加えず、人に従い、人に危害を加えない範囲で自身を守る。つまり僕たちを襲うということはまずありえないはずなのだ。


「考えることはいくつかありますが…今はこの気象施設のコントロールの確保をお願いできますか」


 ゲルト中尉は僕に命令した。僕は疲れて腕を上げるのも億劫だったが何とか敬礼をする。そしてコンソールパネルへと向かい始めた。


「クソッ!連絡がつながらねえ!」


 ハンス上等兵は壁を思わず叩く。


「やはり彼らは…?」


 ゲルト中尉が訊ねる。


「ええ…どうやらあのヘンテコが投げた鉄骨で…」


 ハンス上等兵は悔しさをにじませた声で報告する。


 僕は意識してパネルへ向かった。だがどうしても頭によぎってしまう。あのトラックには他に10人乗っていた。鉄骨。煙。


 恐怖が身体を広がる前にあるファイルを見つける。自立機動ロボット『MASS』…?


「ゲルト中尉。これを」


 僕はゲルト中尉を呼んだ。


「なんでしょうアルター君」


 ゲルト中尉は僕のそばに寄り、コンソールのモニターを見る。僕はモニターに『MASS』の情報ファイルを展開した。


 ファイルによると気象観測およびコントロールを行うため、自立機動および飛行も可能としたタイプの50年以上前に作られたモデルだった。


「気象観測用!?それにしちゃあ随分物騒なもん持っていたじゃねえか!?」


 ハンス上等兵はモニターを見て嘲るように言う。ファイルをさらに展開していくと、何らかの日記ファイルが確認できた。僕はそれもモニターに開く。


『このファイルを見ているものよ。この日記が再生されているとき、まだ戦争は続いているだろうか』


 モニターには白髪の学者風の老人が映し出される。僕はこの老人に見覚えがあった。


「これは…ロボフ博士!?」


 僕は驚いて口を開く。ハンス上等兵とゲルト中尉は僕を見た。


「知っているのですか?アルター君?」


 ゲルト中尉は僕に訊ねる。


「ええ。教科書にも載ってる人で自立機動ロボットの基礎工学の第一人者でした」


 モニターの中のロボフ博士は教科書で見たものよりもかなり老けて…いや弱って見えた。


『私が作ったロボット達の戦争利用に反対し、この閑職に追いやられてからすでに5年が経つ。だが私は後悔していない。彼らはただプログラムに従う無垢な存在だ。そんな何も知らぬ彼らをこの愚かな戦争に利用することなどあってはならない』


「ご丁寧にお話ししてくれることだこと。遺言ってのはそんなもんか?」


 ハンス上等兵は鼻で笑う。


『だが…私はこの5年でようやく作り上げることができた。自己で考え・学び・進化する最高傑作、”MASS”を』


 カメラが移動し、博士の横にいたロボットを移す。


「これは…あの時の…!?」


 ゲルト中尉は驚いてモニターを見る。画面のロボットとは装甲のハゲなどの違いはあったが、確かにあのロボットと同一のものだった。


『このMASSは大多数(MASS)の人間を守る、という意味を込めて名前を付けた。…コロニーの気象管理は生活インフラを守るために必ず必要なものであるにも関わらず、あの愚かな政治屋はこの施設の廃棄を決定した。あと数日もすればここから所員は誰もいなくなる』


「50年前って…まだ新しい気象管理施設ができたのは30年前だぞ!?」


 ゲルト中尉は驚いていた。…僕は実はこの件に関しては知っていた。戦争の引き金を引き、当時のインフラを破壊しつくした愚かな政治家…。それが不倫がバレたことを隠すための票稼ぎってんだから嫌になる。


 画面の中のロボフ博士は咳き込んでいた。


『ゴホッ!ゴホッ!…だからこそこのMASSにすべてを託すことにした。MASSなら自分で考え、コロニーの大多数の人々を守るために天候のコントロールをしてくれるだろう。そして――――』


 画面が切れ、日記のファイルが終了した。


「あのロボットの名前と製造年月がわかったくらいで、ほかのことはわからずじまいですか」


 ハンス上等兵はゲルト中尉に言う。


 ゲルト中尉も頷き、改めて僕に質問をした。


「アルター君。我々の認識ではオートロボはまず人を襲うことはない。そう考えております。…なにか条件付きで人を襲った例はありますか?」


 僕は考えて過去の事例を思い出す。しかしそのような事例は聞いたことがなかった。


「…正直何も思い浮かびません。交通事故などの故意でないものならいくつか例はありますが…」


 僕は報告しながらさらにファイルを探る。そして気になるファイルを見つけた。


「陽原子爆弾…?」


 明らかに気象管理施設にはふさわしくない名前のファイルだ。僕はそのファイルをモニターに表示した。


『ロボフ博士。考え直してくれましたか』


 モニターに映し出された映像には銃を構えた東側の兵士数人と囲まれたロボフ博士とMASSが映っている。その中の指揮官と思われる兵士が博士に尋問をしていた。


『この気象施設を操作し、西側の気象コントロールを乱すことができれば、我々の作戦は有利に展開するのです』


 ロボフ博士は怒りながらその兵士に食いかかる。


『何を言うか!そんなことをすれば西側の兵士だけではない!西側に住んでいるすべての人々や、東側にすら影響がでるのだぞ!?』


 兵士は一笑に付して答える。


『それは我々の管轄外だ。それにどうせ殺すのに銃で殺すのと窒息死させるのと何が違いがあるというのです?』


『お前ら…!自分が何をしてい…!』


 ロボフ博士の発言が終わる前に兵士たちは銃の引き金を引き、博士を撃った。


『お前がいなくても作戦は展開できる。どうせなら生かしてやるくらいでしかないのに、自分が偉人とでも勘違いしていたか?』


 博士は血まみれになりながらMASSにしがみつく。


『MASS…これから…お前には業を背負わすことになる…。本当にすまない…すまない…』


 博士は力を失い、そのまま地面にずり落ちる。


『邪魔だ』


 指揮官は博士を蹴り飛ばす。


『さて操作のための準備を…』


 その瞬間、MASSは腕を振り、指揮官の首が真後ろを向いていた。


『な…なんだ!?』


 囲んでいた他の兵士たちが恐怖し、MASSに対し銃を乱射する。MASSは自身の腹部を守りながら兵士たちを薙ぎ払っていく。10秒後には一人を残し全員物言わぬ肉塊に変わっていた。


『なんでロボットが俺らを襲うんだよぉ!?』


 残った兵士はMASSに向かい銃を乱射する。MASSは再び腹部を何よりも大事に守りながら、兵士をに突撃しその胸を右腕で貫いた。


 最後の兵士が絶命したあとMASSは腹部を守る姿勢を解いた。MASSの腹部には空間があり、その中に何らかの黒い球体が入っていた。


 ここで映像は途切れ、僕たち3人は言葉を失っていた。


「ゲルト中尉…」


 ハンス上等兵がゲルト中尉の名を呼ぶ。言葉をどう続ければいいかわからないようだった。


 ゲルト中尉はしばらく考え、僕に命令を出す。


「あの”MASS”というロボットが今回の任務の対象であることは間違いないようです。わからないことが今はありすぎますが、まずは任務を達成するためにこの施設のコントロールの確保を急いでください」


 僕ははい、と返事をし改めてコンソールに向かう。この施設のコントロール自体に複雑なロックはかかっておらず5分で確保することができた。


 何十年も前に廃棄された施設にしては各設備の整備がされていたのか、各フロアのカメラなどの状況がすぐつかむことができた。


「まさかあのロボットが整備してたんじゃねえだろうな…」


 ハンス上等兵がつぶやく。博士の遺言をそのまま真実ならこの気象施設を整備するために生み出されたロボットだ。確かにそれはありうる。


「…!ゲルト中尉!これを!」


 僕はモニターの中で気になる映像を見つけ、それを拡大する。4階の階段の踊り場で先ほど僕たちを助けた西側の兵士が銃を撃っていた。そのまま5階に向かい、気象コントロール用雲培養槽へと走っていく。


 そしてあのロボット…MASSがそのあとを追いかけていた。右腕は屋内行動用のものに換装したのか通常サイズの腕になっていた。


「ゲルト中尉!助けましょう!」


 僕はゲルト中尉に進言をする。


「…助ける?」


 ゲルト中尉は僕の顔を見て訊ねる。


「当然でしょう!?あの西側の兵士は僕たちを助けてくれたんですよ!?」


 ハンス上等兵は鼻で笑い僕の肩をつかむ。


「何言っているアルター二等兵。あいつは敵だぞ?そもそもあいつらの目的もあのロボなんだから助けるも何もないじゃねえか」


 ゲルト中尉もうなずく。


「そうですアルター君。我々の任務を考えるならむしろ、あのロボットにあの兵士を始末してもらい、邪魔者がなくなってから我々であのロボットをどうするか考えた方がいい」


「な…!?」


 あまりにも冷たい彼らの判断に僕は絶句した。モニターでは先ほどの兵士が培養槽のドアを閉めていたが、MASSはドアをぶち壊す形で中に侵入していた。


 ーー考える時間も躊躇している時間もない。僕はコンソールを操作し、館内マイクをONにした。


『いいか今ロボットから逃げている西側の兵士!僕は東側の任務で来ている、アルター・シュプリーム二等兵だ!これからそっちに助けに行くから辛抱しろ!そして東側の人間が見えても撃つなよ!』


 モニターに映る西側の兵士は突然聞こえた僕の声に驚き辺りを見回していた。そして自分が映る監視カメラを見つけたのか、カメラの方を向き、一度うなずくと走って奥に逃げて行った。


「何をしているんだアルター坊!?」


 ハンス上等兵は驚いて僕を見る。僕は構っている時間もなく扉のバリケードをどかし始める。


「時間がありません!あのロボットをどうにかするには急いで培養槽まで行かなきゃいけない!」


 ゲルト中尉は拳銃を取り出し僕の頭に向けた。


「…今の君の行為は西側の兵士への利敵行為だ。…本来ならこの場で銃殺されても何ら文句は言えない」


 僕はゲルト中尉を見返す。


「ここで僕を撃って状況が改善するならどうぞ撃ってください。ただゲルト中尉はそんなことに意味はないと理解しているはずだ」


 ゲルト中尉は目をつぶり少し微笑む。そして拳銃をしまいバリケードの片づけを手伝い始めた。


「我々には現在あのロボットを抑えるための火力がまるでない。丸腰の状態だ。あの西側の兵士の手を借り、そのあとに我々で確保する。その作戦で行きましょう。いいですね?」


 僕はうなずいた。ゲルト中尉はハンス上等兵を見る。


「…ハンス。今は思うことがあるかもしれないがアルター君の言葉が正しい。私の命令に従ってくれないか」


 ハンス上等兵は頭を掻きむしり、やけくそ気味に敬礼ををする。


「あ~!もう!わかりましたよゲルト中尉!」


 ハンス上等兵もバリケードの撤去を手伝う。バリケードの撤去が終わり、僕は改めてモニターを見る。


 培養槽はそのフロア内で吹き抜けの二層構造になっており、先ほどの兵士は二階の奥の方に隠れていた。MASSは一階のタンク置き場などを調べているのか巡回して歩き回っていた。


「あのロボット…どうやらそんなに優秀なセンサーを持っているわけではなさそうです。おそらく視界は人間とそう変わらない」


 僕はロボットの動きを見て言う。


「つまり、不意打ちに関しては成功の目があるということですね」


 ゲルト中尉はハンス上等兵に準備を任せ、自分はそのあたりのガラクダで即席の武器の作成を行っていた。


「これを君たちに」


 ゲルト中尉は僕とハンス上等兵に鉄パイプに石片を付けた即席のハンマーを手渡す。


「相手は人間じゃない以上、手持ちのナイフを使ってもさしてダメージは薄いでしょう。つまり質量で壊すしかないが、先ほどの映像を見る限り銃の弾を弾くような相手です。これを持っても正面切って戦わず、不意打ちで急所だけを狙うように」


 僕とハンス上等兵はうなずいた。だが今の話の流れでハンス上等兵の表情が変わる。


「…そういえばさっきのロボットが人を襲う映像、誰が撮ったんだ?しかもファイル名にわざわざ爆弾て」


 ハンス上等兵は不意につぶやく。僕とゲルト中尉は準備の手が止まる。確かに。なんかあの映像色々おかしくなかったか?


「…ハンス上等兵。その疑問はあとで考えましょう。今は時間がない」


 ハンス上等兵は頷き、湧き上がる疑問を棚上げして僕たちは扉を開けた。


 ×××


 ユーリ・ティアーチェ少尉は息を潜め培養槽のタンクの影に隠れていた。


 今回の任務はすでに廃棄された気象管理施設で陽原子反応が確認されたとかで、その偵察だけのはずだった。だがエアカーでの偵察中あのわけのわからないロボットが私たちを襲い、私以外全員死んだ。


 かろうじて私だけは生き延びれたが…もう手持ちの下記は今握っている拳銃1丁しかない。


 先刻、スピーカーから聞こえたアルター…とかいうやつは本当に来るのだろうか。私が奴らの立場なら嘘の放送を流し、私をここに縛り付け、あのロボットに始末してもらう。そのような作戦を立てるだろう。


 ただどうせ、あのロボットの目の前に出ても殺されるしかない。わずかな希望でも私は縋らなくては…生き残らなくては…。


 そのような考えを頭に張り巡らせていたためだろうか。私は油断してしまっていた。突然ライトが私を照らし、私は光の方向を見る。


 あのロボットが私を補足していた。もう右腕を振りかぶっていた。やばい――避け――


 ×××


「だりゃあああああああああ!!!!」


 僕は西側の兵士を今腕を振りかぶり襲おうとしていた瞬間のMASSの側頭部を思いっきりハンマーでたたきつける。


 石片は砕けMASSはバランスを崩し倒れる。倒れる際も何かとても大事なものを守るように腹部を左腕でかばっていた。


「こっちだ!」


 僕は西側の兵士に手を伸ばす。西側の兵士は少し迷ったものの僕の手を取る。


「急げ!アルター君!」


 ゲルト中尉が入口前で銃を構えながら叫ぶ。僕は西側の兵士の手を引っ張り階段を降り急いで走る。


 だが走り始めた直後、目の前にMASSが跳躍し着地する。


 僕は西側の兵士を後ろにかばい、MASSと対面する。ところどころ錆ており、体を覆う装甲は剥がれ、それでもなお何か大切そうに腹部だけは庇われていた。MASSは右手を振りかぶる。


「もう一人いることを忘れんなよ」


 ハンス上等兵が1階のタンクの影から現れ、MASSの側頭部を再度ハンマーでたたきつける。


 その隙を縫って僕は入口まで走り抜ける。MASSは起き上がるが、遅れてハンス上等兵も培養槽から出た瞬間、ゲルト中尉はMASSの後ろのタンクを撃ち、急いで扉を閉める。


 次の瞬間水素で満たされた培養槽で爆発が発生し、轟音と共に衝撃が施設内に走る。


 僕たちは作戦通り培養槽から出て、急いで最上階-気密エリア――へと向かう。あそこなら気密エリアで重大な事故が発生したときのためのシェルターが存在するからだ。


 何とか気密エリアのシェルターまで逃げ込んだ僕らはシェルターの扉を閉める。


 僕たちは息を切らし、しばらくは何もできなかった。その間も気象施設の爆発は続いていた。


 ――放棄されたはずの気象施設でここまでの水素が充満していたのは予想外ではあった。あのMASSは本当に今の今まで気象管理を行っていたのだろうという証拠にもなっていた。


「ハァ…ハァ…お前たちは…何が目的だ」


 西側の兵士が僕たちに向かって訪ねる。その声を聞き、僕とハンス上等兵は驚きの声を上げた。


「「お…女!?」」


 西側の兵士はヘルメットを外すと、黒色の長い髪がほどかれ広がった。


「女だが兵士だ…。ユーリ・ティアーチェ少尉だ。それの何が問題だ?」


 ゲルト中尉は息を切らしながらユーリに質問をする。


「そちらはいったい何の目的でここに来た…?あのロボットが目的か…?」


 ユーリはゲルト中尉を見る。


「こちらに答える義務があると思うか?」


 ゲルト中尉は深く息を吸い、拳銃を取り出しユーリに向ける。


「ユーリ少尉とか言ったな。現在我々の状況は切迫している。…1秒でも惜しいんだ」


 ユーリはゲルト中尉に侮蔑の目を向け、やれやれと頷く。


「数日前からこの気象管理施設で陽原子反応が観測された。…そのため何が起きてるかの調査のために偵察に来たんだ」


「陽原子…?」


 僕はつい口に出してしまった。そういえばさっきそんな言葉を見た気がしたからだ。


「あまり一般的な知識ではないから知らないかもしれないが、酸素に反応して爆発的なエネルギーを生み出すものだ。…ただあまりに爆発的に生み出すせいでコントロールができず、爆弾くらいでしか使い道がない」


 僕とハンス上等兵は言葉に出さず目を合わす。


「爆弾…?仮に聞くがその爆弾はどのくらいの威力があるんだ?」


 ゲルト中尉はユーリに訊ねる。


「…?だいたい拳ほどの大きさがあればこのコロニーを吹き飛ばすことができるくらいだ」


 陽原子、爆弾、拳大、コロニーを吹き飛ばす。-まさか…まさか!僕の中でいくつかの予測が立ち、それらが一つの事実を指し示す。


「ゲルト中尉!」


 僕はゲルト中尉に向かって叫ぶが、ゲルト中尉はそれを制止する。


「ユーリ少尉。貴官がこの任務に来たということは、陽原子の爆弾について知識があり、それを扱うことができるという認識で相違はないか?」


 ユーリは頷いた。…おそらくこちらに流れた危機感の雰囲気を感じ取ったのだろう。


「…アルター君」


 ゲルト中尉は僕を呼んだ。


「なんでしょうかゲルト中尉」


 ゲルト中尉はユーリに向けていた拳銃を僕に手渡す。


「申し訳ないがここから先は君一人に託すことになってしまう」


 ゲルト中尉が力なくへたり込む。よく見ると上着の下から血があふれ始めていた。


「ゲルト中尉!?」


 僕はゲルト中尉の身体を支えた。


「先ほどの爆発で破片がどうやら背中に刺さったようです。…致命傷ではありませんがどうやら動くのは難しそうだ」


「でも…一人って…!」


「悪いアルター坊、俺もだ…」


 ハンス上等兵は力のない声で返事をする。僕はハンス上等兵を見るがゲルト中尉のように血は出ていない。ただよく見ると左腕があらぬ方向に曲がっていた。


「あのロボットを殴りつけた際にどうやら反撃をもらったみたいだ…左腕が折れちまった」


「アルター二等兵。君に命ずる。このユーリ・ティアーチェ少尉と協力し、あのロボットに収められている爆弾を回収してきてください」


 僕は乾いた笑いが出た。そしてこの命令を聞いてユーリは立ち上がって反論した。


「ロボットに爆弾!?それに私が協力だって!?」


 ゲルト中尉は脂汗をにじませながらユーリを見る。


「先ほど貴官を助ける際にコントロールルームで見た記録がそれを指し示しています。貴官も自分の任務を遂行するためにはこちらの協力が必要なはずだ」


「しかし…クソッ!」


 ユーリは苛立ちながら壁を叩く。


「アルター坊、ちょっといいか?」


 ハンス上等兵が僕を呼ぶ。


「なんですかハンス上等兵」


 僕はハンス上等兵に近寄る。


「さっきの…陽原子爆弾の記録のことだが」


「ああ、あれ誰が撮ったんだって話でしたね」


 ハンス上等兵は少し考え、僕に言う。


「どう考えてもあれは…博士自身で撮ったとしか思えんのだ」


 僕は驚いてハンス上等兵に反論する。


「あんな状況下で博士が自分で撮ったと?その後の保存も含めて?」


 ハンスはバツが悪そうな顔をする。


「俺は正直お前みたいに学があるわけじゃないし、ゲルト中尉のように頭が回るわけじゃない。ただ状況の引き算をしてってカンってやつがあれは博士自身が撮ったんじゃないかって思ってるんだ」


「…どうしてそれを僕に?」


 僕はハンス上等兵に訊ねる。ハンス上等兵は笑って答える。


「それを理屈でこねるのがお前の仕事だからだよ。頼んだぜ、アルター二等兵」


 僕はゲルト中尉、ハンス上等兵が持っていた最低限の装備を預かり、シェルターの扉を開ける。


 状況が状況だからユーリの装備は没収しないでいいとゲルト中尉の言葉からユーリにも拳銃は持たしている。


「…お前たち正気か?この状況で後ろから撃たれるとか思わないのか?」


 ゲルト中尉は表情を変えずにその質問に答える。


「貴官がまず我々に救出されたという借りすら忘れる、典型的な西側の兵士ならばそうすればいい」


 そう言われてユーリは黙ってしまう。


「…それに貴官を救出することを一番最初に言いだしたのはそこのアルター二等兵です。我々はむしろ貴官を見殺しにしようとしていた。その事実だけは伝えておきます」


 ユーリは驚いて僕を見た。そこで初めてユーリの顔をよく見ることになったが思った以上に美人で恥ずかしくなって目をそらしてしまった。


「…アルター君はこれが初めての実戦だ。正直なところ我々も動けないことを考えると、癪ではあるが貴官に頼らざるをえないのが実情というところだ。互いにセコイ駆け引きはなしでいきましょう」


 僕とユーリはシェルターの外に出て扉を閉めた。まず最初にコントロールルームに向かう。そう決めていた。


「先の話、本当か?」


 コントロールルームに向かう最中、ユーリは僕に訊ねる。


「…どの話です?」


「お前が私を助けたという話だ」


「…ええ。あんたが見殺しにされそうになってる中、命令を無視して助けましたよ」


 僕は答えた。


「どうしてそんなことをした?私は敵だぞ?」


 僕は正直どう答えればいいかわからなかった。そして思ったことだけを言った。


「あんただって僕たちを助けただろ?…それでいいんじゃないか」


 ユーリは疑問の表情を浮かべていた。


「助けた…?いつ?」


「え…?あ、ああそういう…プッ…フハハ…アッハッハ…」



 その言葉に僕は思わず笑ってしまった。


「な…なにがおかしい!?」


「いや、あんたが外で銃をあのロボットに向かって打ってた時、僕たちを助けるために撃ってたと思ってたんだけどさ。まさか何にも意図せず撃ってたとは思わなくて」


 ユーリは納得がいったような顔をした。まぁ人が人を助けるなんて特に理由もなにもないってことだな。僕はそう思った。


 ロボットが人を助けるのにも同じ――


 僕の足が止まった。自立機動オートで作られたロボットは理由なく人を助ける。それはロボットに組み込まれた存在意義だからだ。


 ――あのロボットが人を襲う理由が人を助けているためだとしたら?


 コロニーを吹き飛ばす爆弾、人を襲うロボット、自分で考える人工知能、腹部の球体、博士の遺志。


「そうか」


 僕は思わず口に出していた。


 ×××


 MASSは雲の培養槽における水素の爆発でボディ全体に破片が突き刺さっていたが、まだ行動が可能であった。


 そして自らの人工知能での演算の結果、今の爆発で気密エリアに被害が出ていないか確認すべきという結論をだした。


 あの箇所の隔壁に被害があった場合、そこから二次被害三次被害が連続して発生してしまう。


 50年の長い年月の中でMASSは自身の右腕を換装可能とすることで、様々な用途に使用することを学んでいた。そして施設内のあらゆる箇所に右腕のスペアを用意していた。


 培養槽から出たMASSは、近くのベンチの後ろから施設内行動用の右腕に差し替える。そして気密エリアを目指し、歩みを進めていた。


 最上階の気密エリアに到着したMASSは右腕の近くのアクセスポイント近づけ接続する。そして隔壁がそれぞれ無事であることを確認した。


「よう」


 MASSはその声を聞き、声の主の方を見る。声の主は宇宙服を着て隔壁エリア前に立っていた。


 ×××


 ーー僕がMASSと接敵する30分前の事。MASSが人を襲う理由に気付いた僕は、コントロールルームには向かわず、気密エリアに引き返していた。


「どういうことだ!?まずはコントロールルームで動向を把握することが先だろう!?」


 ユーリが僕に怒りながら訊ねる。


「あのロボット――MASSが人を襲う理由が分かったんです」


「人を襲う理由?」


「あのロボットを開発したロボフ博士は…あのロボットにとんでもないものを仕込んでいました」


「ああ、陽原子爆弾、だな」


 僕とユーリは気密エリアに到着し、僕は備え付けの宇宙服を見つけ、ユーリに渡す。


「それ着てください。この先は東と西の連絡通路になりますが、気密がされてないので普通に宇宙に放りだされることになります」


 ユーリは驚いて僕に訊ねる。


「どういうことだ!というかまだいろんなことが話途中だぞ!?」


 僕は上着を脱ぎ、宇宙服を着ながら答える。


「オートで動くロボットはロボット三原則により人を襲うことはまずありません。だがあのMASSはそれを無視して僕たちを襲撃した」


 ユーリも上着を脱ぎ宇宙服を着る。まさか目の前で脱がれるとは思っていなかったので僕はさすがに驚いて身体ごと目線を背ける。


「博士が単にそれを無視して作っただけでは?」


 ユーリが答える。そう、その可能性もある。だけど違うという確信があった。あの動画ファイルが答えだ。


「残された映像だと博士は最後までロボットの良心ってやつを信じようとしていた。-ロボットはプログラム通りにしか動かない。最初から人を襲うことをプログラムしてしまえば単にそれは殺人機械として完成してしまう」


 宇宙服を着終わり、服内部の気密を確認する。さすがに古いがなんとか気密は保たれていた。


「だから博士はプログラムはしない代わりに、外付けの条件を一つ仕組んだんです」


 ユーリも宇宙服を着終わったことを確認し、僕はユーリの方に体を向ける。服の大きさもあり、距離感がつかめずユーリは僕に密着する形で近づいてくる。


「コロニーを爆破しうる陽原子爆弾…!」


「…自分の身体の中にコロニーに住む数百万の命を奪う爆弾が仕組まれているとMASSが認識するならば…その爆弾を奪いにくる数人の命と天秤に比べればどっちが重いかは明らかだ」


 僕の説明にユーリは絶句していた。そして僕は淡々と続けて話す。


「より多くの人の命を救うためにあのロボットは今完全な暴走状態になっている。…逆に言えば逆手に取ることも非常に容易ってことです」


「どう…するんだ?」


 ユーリは恐る恐る僕に訊ねる。僕は感情をこめずに言った。


「陽原子爆弾より多くの人間を殺せばいい」


 ×××


 ーーそしてMASSと接敵した僕は、隔壁の前に立ちながらMASSと目があった。これであのロボットと目を合わせるのは2回目だ。


 先の爆発のためボディはさらにボロボロになっているが、それでも動きを止めずにここまで来た。


 少し感傷的な思いは胸に来た。50年以上気象と爆弾を何も言わずに守り続け、今もボロボロになっても動き続けるその姿に敬意を表したくなった。


「だけどさ、やっぱりロボットはプログラム通りにしか動かない。……その姿にもなんら感情があるわけじゃない」


 僕は隔壁の緊急解錠ボタンを押し、気密ブロックを全開放した。


 施設内にサイレンが鳴り響く。気密ブロックが解放されたことによる避難のアナウンスが流れる。


 隔壁が開き始めたことにより空気が隔壁から外へ漏れ始める。MASSは大事そうに守っていた腹部のガードすら解き、隔壁を閉じようと僕の方へ向かってきた。


『ユーリ!いまだ!』


 MASSが僕の前方5メートルまで来た瞬間、足元に張られていたワイヤーがピンと張られMASSの足を取る。


 近くの曲がり角に潜んでいたユーリが仕掛けた原始的なワイヤートラップ。だがすべての命令系統が隔壁を閉じることに集中しているMASSの足を取ることは簡単だった。


 僕はその隙を見逃さずMASSに近づく。そして腹部の空間に映像で見たものと同じ球体があることを確認し、それを奪い取る。


 ×××


 ーー僕がこの作戦を気づいたのは、ユーリと宇宙服を着ている時だった。僕の作戦の説明を聞いたユーリは、僕に掴みかかってきた。


「陽原子爆弾より人を殺す!?貴様何を言っているんだ!?」


 女性とはいえ僕よりはるかに軍歴がありそうなユーリに抵抗することもできず、僕は押し倒されてしまう。


「違う!違う!あくまで殺そうとする条件を突きつけるだけ!」


 僕は必死に弁明するがユーリはなおも僕をつかむ。


「どういうことだ!?」


 僕は隔壁を指さして答える。


「コロニーの気密は厳重に管理されている…!一つ隔壁が開けばそこからドミノ倒しで全部ぶっ壊れてしまう可能性があるからだ…!だけどそんなことすら忘れた過去のお偉いさん方のおかげでこの施設の隔壁は見ての通り放置されている状態だ…!」


 僕は息ができず顔がどんどん赤くなり脂汗がにじんできていた。


「だから"奴"に天秤にかけさせるんだ…!爆弾と隔壁、どっちが大切かって…!」


 それを聞きユーリは僕を離す。僕は咳き込みながら首をさする。


「それでそのあとはどうする気だ?」


 ユーリはなおも興奮しながら僕に訊ねる。


「あいつを行動不能にして腹部から爆弾を奪い取れば暴走状態は解除されるはず」


 僕は答えた。ユーリはそれを聞き、信じられないと手を振る。


「行動不能にして!爆弾を奪い取る!?前提の行動不能にする方法は置いといても、やつが大事に守る爆弾をその一瞬で奪えるとでも!?」


「奪えるはず。…しかも多分手を伸ばすだけで」


 僕は答えた。


「どうしてそう言い切れる!?」


「それはあんたがこの任務に来たのが答え。陽原子が数日前から漏れ出したんだろ?」


 ユーリはハッとした。


「つまりあのロボットの爆弾の封印が解かれ始めたってことだ。多分なんらかの事故で封印箇所の蓋か何かが外れたんだ。そうなれば守るものとしての行動は一つ」


「それが…今回の襲撃…!」


 ユーリは合点がいったように僕に言う。


 僕は舌打ちをしてつぶやいた。


「この推理は間違ってないはずだ。…なにが大多数の人々を守るロボットだ。とんだ大虐殺(MASSACRE)兵器だ。チクショウ」


『やった!ユーリ!い…!』


 僕はその球体をユーリに渡そうとするが、その瞬間一気に血の気が引いた。


 ――爆弾が起動している…!爆弾に時間が表示されており、30秒のカウントが進んでいた。


 何で!?どうして!?何が!?なぜ!?高速で巡る考えの中で、ハンス上等兵の言葉が頭に浮かぶ。博士があの動画を自分で撮った。”陽原子爆弾”のタイトルのファイル。


 もしかして、もしかして。


 ユーリが何か叫んでいるが頭が回転しすぎてもう何も聞こえない。これしかもう方法はなかった。


 僕は開けた隔壁の方へ全力疾走で走っていった。隔壁から宇宙空間へ飛び出した。


 宇宙に浮かぶコロニーに住んでいるが、無重力状態での行動は僕は数えるほどしかない。それも全部軍での訓練でのもので実際に宇宙にでたことは一度もなかった。


 コロニーの窓から宇宙はよく見ていたが、生で見る宇宙は感動を覚えるほど綺麗だった。僕は浮遊しながら後ろを振り向き隔壁の方を見る。


 隔壁から宇宙に漏れた空気は出た瞬間に凍結しているが、一部の空気はまだこちらにまで届いているのが服に感じる圧力でわかる。


 まだ――まだ離れなきゃならない。陽原子が酸素に反応するなら、その酸素がないさらに奥へ行かなければ…。


 そしてそれは僕が帰れなくなる距離まで離れなければならないという事は直感で理解できた。だが考えることは放棄した。


 あと10秒-そういやあのユーリって人綺麗だったな…。独身かな?脈あるかな?


 あと5秒――ゲルト中尉とか明らかに悪だくみしてそうな人だったのに最後までいい人だったな、ハンス上等兵とかもいい人だった。あのトラックにいた人たち…ああなんてこと考えてるんだ僕は。


 少しでも爆弾を遠くへと思い、僕は両手でもっていた爆弾を右手に持ち直した。その時だった。何者かが僕の爆弾を奪い取ったのだ。


 驚いてその方向を見ると――MASSがいた。僕の爆弾を奪い取り、そして僕の身体をコロニーの方向に蹴飛ばしたのだ。


 僕とMASSは目があった。ただのカメラでしかないことはわかっている。だがその瞳には何かいいたげな感情があるのではないかと思った。


 0秒。爆弾が爆発したが、反応する酸素が少なかったためか少しの閃光を上げただけだった。


 僕はその光から目が離せなかった。そして何者かに手を引っ張られた。ユーリがギリギリまで身体を伸ばし、僕をつかんでくれた。


 ユーリに引っ張られ隔壁内に戻った僕は隔壁の閉鎖ボタンを押した。隔壁が閉まりはじめ、気密が回復していく。


 気密が回復したことを知らせるアナウンスが流れ、僕とユーリはヘルメットを取った。二人とも力なく床に転がり、大きく息を吸って吐いてを繰り返した。1分ほど経ち、ユーリが起き上がり僕の横に座る。


「馬鹿!何やってんのあんたは!?死ぬ気だったの!?」


 ユーリは怒り半分心配半分の感情をこめて僕に言う。僕は笑いながら答える。


「あれしかなかったからさ…チクショウあの博士とんでもない罠をしかけてやがった」


 今更僕はあの博士の評判を思い出していた。人間嫌いの偏屈博士。そのくせ理想は一丁前。やられた…。もしMASSから強引に爆弾を奪い取るものが現れれば、その時は人類は滅んでしまえとでも思っていたのか。


 あんな動画ファイル残していたのも、のちの人間への警笛のつもりだったのか。


「でも…驚いた。まさかあのロボットが最後あんなことするなんて…」


 ユーリは僕に気を許したのか今までの厳格さが嘘のような口調で話しかけていた。


「50年以上人を守ってきたロボット…やっぱり意思があったのかな」


 ユーリは僕に訊ねる。僕はMASSとの最後の顔を合わせた瞬間を思い出していた。


「…いやあれは僕が宇宙空間で遭難しかけてたから救ったにすぎないよ」


 僕は言った。


「フッ…案外ロマンってやつを理解しないんだな君は」


 僕は立ち上がってユーリを見て言う。


「ロボットはプログラム通りの行動しかとらないさ。意思とか遺志とかなんだとか関係ない。…いや関係あっちゃいけないんだ」


 僕は閉じた隔壁の方を見る。


「じゃなかったらあのロボットは自分の意思で人を殺して回った事になる。…そんなの悲しすぎるじゃないか」


 施設の入り口前に東側の軍の救急隊が来て、怪我をしたゲルト中尉とハンス上等兵を搬送していった。


 搬送される直前ゲルト中尉は僕の手を強く握りしめてくれた。ハンス上等兵は僕の肩を叩き、よくやったと褒めてくれ今度行きつけの怪しい店に連れってやると笑いながら言って車に乗っていった。


 ユーリは同じく来ていた西側の救急隊の車に乗り戻るとのことだった。東側と西側の救急隊が接触して問題ないのかと心配したが、それくらいは全員わきまえているようだった。


 僕とユーリは出発前に少し話をする時間を取ることができた。


「今回は助かったよ…礼を言う機会を逃していた。本当にありがとう」


 ユーリは僕に右手を差し出す。僕は同じく右手で握り返す。


「僕たちも君には助けられた。お互い様だろ?」


 そして僕はユーリの手を両手で握る。ユーリはびっくりして僕の顔を見る。


「宇宙で漂流しかけた時思ったことがあるんだ…聞いていいかい?」


「あ…ああ?」


「…君って彼氏いる?」


 僕は意を決してユーリに聞く。


 ユーリはしばらく放心し、そして大笑いした。


「アハッハッハッハッ!」


「ど…どうなんでしゅか!?」


僕は恥ずかしくなりカミカミになりながら答えを聞き返す。


「アルター。君、まだ学生とかそのくらいだろ?」


ユーリは笑いで目に涙を浮かべ、目をこする。


「私はたぶん君の5つくらい上で、…そうだな”今は”独身だ」


「へ?」


 そしてユーリはおもむろに僕の顔に顔を近づけ…口づけをした。


「2歳の子供がいるけどそれでも良かったら待ってるよ。…早く戦争が終わるといいな!」


 僕は放心してユーリは車に乗っていくのを見届けていた。


 車は走り去っていったあとも僕は回収班の筋骨隆々の兵士にぶん殴られるまでずーっとボケーっとしていた。


 ――これが僕の忘れえない思い出だ。


 東側と西側で協力してコロニーの危機を救ったこの事件がきっかけとなり、和平活動への気運が高まりはじめた。


 そもそももう戦争を続けるのが互いに限界だったのもあるだろう。1年後には停戦協定が結ばれ、ユーリとも再開することができた。


 そうしたことがあった今でも僕はロボットに自分の意思があったことは認めることはないだろう。だけど確かにあの時MASSは僕を、コロニーを救った。


 その事実のあの光景だけは絶対に絶対に忘れない。

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