第7話 マッスル同士は分かり合える
芝狼さん達はとても燃費が良かった。
百匹近くいた群れに必要だったプロティンは僅か三杯。というのも――。
『我はこれでも大丈夫だったが、他の者では栄養が凄すぎる。もっと薄めてくれないか?』
とのことだった。
という訳で、最初の芝狼さんにあげたやつを三~四倍に希釈して、他の芝狼さんたちにも与えたところ、そこには巨大な四足獣の群れが出来上がった。
ジェラシックパークに迷い込んでしまったかのような恐怖体験。
しかも檻がないぶん、こちらの安全が一切保証されないデンジャラス・ビーストである。
で、その芝狼さんの内の一匹が今、自分の目の前にいる。
(でっかぁ……こわぁ……)
プロティンで元気いっぱいになった芝狼さんは崖も一っ跳びだった。
さっきまで登れなくて、尻尾をだらんとさせていたのが嘘のようである。
目の前に突然、ジャンプして現れた時には、本当に漏らしてしまうところだった。
咄嗟に自分を庇うように前に出てくれたボスゴブリンさん、マジで良い人である。
「――人間、お前のおかげで群れは救われた。感謝する」
「あ、いえいえ、困ったときはお互い様ですから」
芝狼さんからは敵意を感じない。ちゃんと話し合いに応じてくれるようだ。
それにしても、芝狼さん、ご立派になってから言葉使いが滑らかになっている気がする。ゴブリンさんたちもそうだったし、プロティンにはそういう作用もあるのだろうか?
「それで……栄養不足が解消されたのであれば、もう自分たちを襲う事もありませんよね?」
「勿論だ。なんなら森の中を移動するのであれば手伝ってやる」
芝狼さんは自分の背中を見せてくる。乗せてくれるということなのだろう。
「おお、それは助かります」
「……人間、芝狼は何と言っているのだ?」
後ろからゴブリンさんが話しかけてくる。心なしかちょっと不機嫌な声音。
ああ、そうか。自分は会話が出来ても、ゴブリンさんには何を言っているのか伝わっていないのか。
「森の中を移動するのであれば、芝狼さんが手伝ってくれると言っています」
「な、なんだと!? それは本当か?」
ゴブリンさん、凄く驚いた。
「そ、そこまで驚くほどなのですか?」
「当然だ。芝狼は同族の子供以外は絶対に背に乗せることはない。人間、お前は凄い。芝狼たちに仲間と認められたのだ」
「なるほど……」
「……それに我々が連れて行くよりも芝狼の方が安全で早い。人間、芝狼に手伝って貰うといい」
ゴブリンさん、心なしかちょっと残念そうな顔。
筋肉もハリが無くなっている。浮き出た血管がしょぼんである。
そういうの心にくるからやめてほしい。ますます情が移っちゃうじゃん。
「いや、でもやっぱり自分は、ゴブリンさんたちにお願いしたいです。彼らに連れて行ってもらうと約束して貰ったので」
「人間……」
ゴブリンさん、ちょっと感動した感じの声だ。
「そうか。だが困ったことがあれば言ってくれ。我々はお前に大きな借りが出来た。礼は尽くさねば、群れの掟に反する」
芝狼さんたちも凄く義理堅い。
なんだろう。見た目は完全に人外なのに、どちらも言葉通じるだけでこうも違うのか。
「おさー、栄養はばっちりだけど、子育てはどこでしますー?」
すると群れの一匹が長の元へとやってくる。……当然のように崖を越えないでほしい。とても心臓に悪い。
「ウム、確かにそちらも考えねばならんな」
「子育て、ですか?」
「ああ。我々の子は成長は早いが、生まれてすぐはとても弱い。安全な場所じゃなければ、すぐに敵に狙われてしまう。片時も休む暇がない」
「それは大変ですね……」
確かに子育てって大変だよな。
自分は種をまいたことも、育てたこともないので実感はないが、同期が子育てで滅茶苦茶疲れていたのは良く覚えている。
あの時の、目の下のクマはとてもお父さんだった。子育て費用にお小遣いも減らされたらしい。
世の中のお父さんって本当に凄いと思う。
「……そういえば、ゴブリンさんたちの住処って結構広かったですよね?」
「ん? 何だ急に。まあ、そうだな。とても広いぞ?」
「……」
もう一度、芝狼さんの方を見る。
「あの、芝狼さん。子育てに必要な環境とはどのようなものなのですか? 必要な条件とか場所とかはありますか?」
「特にない。外敵に襲われさえしなければこだわりはない。強いて言うなら土の上であれば問題ない。我らの子は根を張って育てるからな」
そこは植物みたいな生態なのか。いや、根を張るってことはそこから動けないってことだ。確かにそれなら子育ては大変だろう。なにせ自分達はその場から動けず、狙われ放題なのだから。
これなら問題ないかもしれない。
自分はゴブリンさんと、芝狼さんを交互に見回す。彼らの視線が自分にイン。
正直、とても怖い。か弱い人間如きが、意見しちゃ駄目な感じ。でも、ここは頑張って勇気を振り絞る。
「あの、これはあくまでご提案なのですが、ゴブリンさんの住処の一部を彼らに使わせてはどうでしょうか? 代わりに芝狼さんらはゴブリンさんたちが移動する際の手助けをする。これなら双方にメリットがあると思うのですが……」
「……なんだと?」
ゴブリンさんの瞳が険しくなる。
「他の魔物と手を組むというのか……?」
同じように芝狼さんも眉間にしわを寄せている。
共に筋肉がわなわなと動いている。
……やっぱり駄目だっただろうか?
うん、訂正しよう。彼らの怒りを買ってマッスルされる前に。
「いや、でも無理なら――」
「「なるほど、その手があったか」」
ゴブリンさんと芝狼さんは、納得とばかりにうんうんと頷いていた。
思わずずっこけそうになった。先ほどの緊張感を返してほしい。
「でもいいのか?」
「何がですか?」
「我々にはとてもいい提案だ。でもこれ、人間の負担が増える。我々はお互いに言葉が通じない。間に入ってくる者が居ないと、このやり方は成り立たない」
確かに、これは互いに意思疎通が出来なければ成立しない。
そして彼らの言葉を理解し、会話をすることが出来るのは自分だけだ。
「構いませんよ。それを言うなら、自分だってゴブリンさんたちに助けて頂いた恩があります。困ったときはお互い様ですよ」
「そうか……。人間、感謝する」
「いえいえ」
と善人ぶってみたものの、実際の所、これは自分にとってもメリットが大きいのである。
ゴブリンさんたちを信用していない訳じゃないが、自分はこの世界ではとても弱い。こけて石に頭でもぶつければ、それで死んでしまう程度の儚い命である。
そう、何か一つ、手違いでもあったら詰みなのだ。
ならば少しでも自分の安全確保の為に力を割くのは当然のこと。
だってゴブリンさんの話では、森の入口まで向かうのに一週間はかかる。
芝狼さんに乗せてもらえば、もっと早く辿り着けるかもしれないが、それでも道中はとても心細い。様々な木々が生い茂り、泥やぬかるみ、歩きにくい地形の悪い場所だってたくさんあるだろう。
道中で他の魔物に遭遇する可能性だってあるだろうし、なんなら変な虫に刺されて感染症にでもなったら、それだけで自分は死んでしまう可能性だってあるのだ。
自分としては時間がかかってもいいから安全なルートでこの森を出たい。
なので、この提案をした次第。
ゴブリンさんと芝狼さんが仲良くなってくれれば、きっとこの森をもっと安全に移動できるから。ゴブリンさんと芝狼さんには悪いが、これはあくまでも自分の保身のためなのだ。
勿論、自分が居なくなった後も、彼らが共生できるように手はずは整えるつもりだ。簡単なハンドサインや、意思疎通が出来る方法も考えておく。そうすれば、彼らだけでも最低限の意思疎通は出来るはずだ。
「では芝狼よ、よろしく頼む」
「……?」
ゴブリンさんは芝狼に手をだす。芝狼さんは、その意味が分からず首を傾げる。
自分の方を見た。くりっとしたおめめが、可愛らしい。
見た目はとても化け物でマッスルな肉食獣なのに、昔飼っていた柴犬を思い出す。
「これはゴブリンさんの友好のあかしです。彼の手を怪我をさせないように握り返して下さい」
「成程、分かった。ゴブリンよ。これからよろしくぞ」
ぽふっと、芝狼さんはゴブリンさんの手に、自分の手を重ねる。
傍目には、巨大な四足動物がお手をする感じに見えてちょっと可愛い。
何はともあれ、こうして芝狼さんとゴブリンさんは共生関係になったのであった。
しかしこの時の自分は知らなかった。
この世界において、魔物同士が徒党を組む。
それがどれほどとんでもないことなのかを。
メリークリスマッスル