第6話 おめでとう 芝狼 は しんか した!
芝狼さんとの話に夢中になっていると、ゴブリンさんが凄く不思議そうな顔で自分を見ていらっしゃる。
「おい人間、さっきからなにを言っているのだ? 無視するな。悲しくなるぞ」
「あ、すいません。つい話し込んでしまって」
というか、そんなマッスルな図体で服の裾をちょこんと引っ張ってくるとか止めて欲しい。いちいち仕草が可愛いなあ、このゴブリンさんは。
「話す? 誰とだ?」
「下に居る芝狼さんとです。あ、ちょっと待って下さいね。少し待ってもらうようにお願いします」
下に居る芝狼さんたちに少しの間、静かにしてもらうようにお願い。
すると、彼らは意外にも素直に話を聞いてくれた。
ひょっとしたら助けになるかもしれないと言った自分の言葉を信じているのだろう。
だとしたらすごく不安になる。もし彼らにプロテインが効果なかったらどうしよう?
「! お前、他の魔物とも話が出来るのか?」
ゴブリンさん、めっちゃ驚いた。
そんな大げさにリアクションしないでくれないだろうか?
彼は凄まじいマッスルの持ち主だ。リアクションと同時に、筋肉にすっごく血管が浮き出るのである。正直、羨ましい。ナイスバルク。
「たぶん、この指輪のおかげではないでしょうか?」
というか、きっとそうである。
だってこの指輪を付けてからゴブリンさんとも話が出来るようになったし。
「……ちょっと付けてもいいか?」
「構いませんよ」
指輪を外して、ゴブリンさんへと渡す。
ゴブリンさんはちょっとウキウキした様子で自分がはめていたのと同じ指に指輪をはめた。
……今更だが、ゴブリンさんも五本指みたいだ。
そのままゴブリンさんは崖の下へ向けて、声を上げる。
「おぉーい! 芝狼共、この声が聞こえるかー!」
すると、芝狼さんらから反応。
『ナンカ、デカイゴブリンガ吠エテル!』
『怖イ!』『凄ク怖イ』
『イツモ見テルゴブリント違ウ! 上位種!』『上位種ダ!』
『人間騙シタノカ!』
聞こえてくるのは、芝狼さんたちの怯える声。
この感じだと、ゴブリンさんの声は、彼らには理解出来ていないっぽい。
というか、指輪を外してもゴブリンさんや芝狼たちの声は聞こえるらしい。
とにかく、このままじゃマズイと思ったので、急いで、自分も声を上げる。
「芝狼さん、落ち着いて下さい! 彼にアナタ方を害するつもりはありません。確認したいのですが、彼が何を言っているか、分かりましたか?」
『大キナ声デ叫ンデタ! 何言ッテルカ分カラナイ!』
先ほどの芝狼さんが会話に応じてくれた。
どうやらゴブリンさんが指輪をはめても効果は無いらしい。
「……これ、返す」
ゴブリンさんは凄く残念そうな感じに指輪を返してくれた。
すごくしゅんとなってる。筋肉のハリの無さが、今の彼の心情を如実に表しているだろう。
期待させてしまったようで申し訳ないが、これは自分にもどうにもならない。ごめんね、筋肉。ソリーマッスル。
「……それで人間、芝狼と何を話していたのだ?」
「えっと、彼らの事情を聞いていました。彼らが他の生物を襲うのは、あくまで出産の為の栄養が必要だからだそうで、それさえ別に確保できれば襲う必要はないとのことです。それでですね――」
リュックの中からプロテインを取り出す。
「これを彼等にも与えてみようと思いまして」
「その秘薬をか?」
「秘薬という程のモノでは……。あ、でももう牛乳がないか……。すみませんが、お水を頂けませんか?」
「……今、持ってくる」
ゴブリンさんはどこか納得していない様子だったが、水を持ってきてくれた。
おぉ、水瓶だ。初めて見た。それに湯呑のようなコップもある。
そりゃそうだよね。水道なんてないだろうから、こうして水を溜めておかなきゃいけないよね。水場がどこにあるかは分からないが、貴重である事には変わりないだろう。
にも拘らず、こうして得体のしれないアラサー野郎のお願いを聞いてくれるゴブリンさん、マジでいい人である。
しかし食料の備蓄だけでなく、水瓶まであるとは。
ゴブリンさんの文明レベル、思った以上に高い。
「では失礼しますね」
シェイカーに水を入れて、プロティンを混ぜる。今回混ぜたのはソイプロテインだ。大豆由来のたんぱく質で出来てるやつで、ゴブリンさんにあげたのはホエイプロティンの方。
ホエイは動物のたんぱく質由来らしい。なんか筋トレに良い方、ダイエットに良い方って感じで紹介されてた。
今回、ソイプロテインを選んだのは、相手は狼だけど、なんか植物っぽい感じだったので、なんとなくこっちの方がいいかなと思っただけである。
色んな種類を買っておいて良かった。お徳用割引に感謝である。
シェイク、シェイク――よし、しっかり混ざったようだ。
いちおう、ちょっと味見。
うん、バニラ味だ。
そして自分が飲んでも、やはりプロテインはただのプロテイン。
効果はないようだ。
再び崖の端まで行くと、下に居る芝狼さん達へと声を掛ける。
『ええっと、栄養になるか分かりませんが、試してみてください』
崖の上から、一体の芝狼目がけてプロテインをばしゃり。水に混ざったプロテインは重力に従って空中を降り、見事に真下に居た芝狼さんに命中した。
……というか、これでいいのだろうか?
普通にぶっかけちゃったけど、ちゃんと飲ませた方がいいのでは?
しかしプロテインはそのまま、周囲には飛び散らず、当たった芝狼さんにあっというまに吸収された。
すごい、どういう仕組みになってるんだろう?
『ム、コレハ……ガハッ……アァァ……』
プロテインを浴びた芝狼さんがその場にうずくまる。
「長!」
「長ガ倒レタ!」
「オノレ人間!」
……なんか凄く既視感のある光景である。
というか、今の芝狼さん、群れの長だったみたい。あ、起き上がった。
「ちからガ……力が漲るぅぅぅうううううううううううううッ!」
何と言う事でしょう。そこには元の倍近くまで巨大化した芝狼の姿があった。
狼って言うより、もはやライオンみたいな大型の肉食獣みたいだ。いや、ライオンより遥かに大きい。
植物の葉っぱみたいな鬣がふっさふさに生い茂ってる。それに尻尾も太くなってるし、なんか伝説の生物っぽい感じが凄い。
「素晴らしい……素晴らしい栄養だ。人間よ、これはまだあるのか?」
「あ、はい……。まだまだたくさんあります」
牛乳じゃなく水で大丈夫ならば量は問題ない。芝狼は百匹近く居るが、全員に与えるくらいの量は十分にあるだろう。
『そうか……。礼を言うぞ、人間。これ程の栄養が得られるとは思わなかった。これで群れは救われる』
『あ、はい……それは大変よろしいですね……』
何はともあれ、これで芝狼さん達の問題は解決しそうである。
やっぱりプロテインって凄い。
(……でもなんだろう? このやってしまった感が凄まじいのは……?)
ゴブリンさんたちといい、芝狼さんたちといい、自分は何かとてつもない化物をこの世界に生み出しているのではないだろうか?
いや、きっと気のせいだろう。
そう思い込むことにした。