第4話 物理的マッスルセキュリティ
朝、目覚めると、体がバキバキに痛かった。
地面にほぼゴザを敷いただけの寝床は現代社会に浸されまくった中年には中々にキツかったようだ。足が痺れてるし、腰が痛い。
いや、でもこれだって筋肉があれば問題なかったかもしれない。
やはり筋トレをしよう。そもそもこんな訳の分からない世界なのだ。頼れるのは己の肉体のみ。すなわち筋肉である。
「人間、目が覚めたか?」
外からゴブリンさんの声。
そこにはイケメンマッチョマンとなったゴブリンの長さんの姿があった。
相変わらずムキムキでいらっしゃる。なんて羨ましい筋肉だ。あの筋肉さえあれば腰の痛みや足のしびれなんて無縁に違いない。
「おはようございます」
「朝食を用意した。お前も食うか?」
「それはありがたいです。是非、頂きます」
ゴブリンさんについていくと、洞窟の広場では大勢のゴブリン達が食事をとっていた。中心に置かれているのは、巨大なマンモスのような生き物の丸焼きだ。あと周りになんか果物みたいなのも置いてある。推定リンゴのようななにか。
ゴブリンさんの隣に座ると、切り分けられたお肉と果物が葉っぱのお皿に乗って出された。
……物凄く美味しそうな匂いがする。思わず生唾を飲み込んでしまう。
「どうした? 遠慮せずに食べるがいい。この肉はお前のおかげで手に入ったようなものだ」
「……? どういうことですか?」
「お前の秘薬のおかげで我々は強靭な肉体と新たな力を手に入れた。そのおかげで、これまで狩れなかった獲物も狩ることが出来るようになったのだ」
「そうだったのですね。お役に立てたようでなによりです」
と、平静を装ってみたものの、内心はビクビクであった。
だって、彼らはこのマンモスみたいな生き物を数人で仕留めたってことだ。
ゴブリンさんたち怖すぎる。
下手に彼らの気分を損ねると、自分なんてあっという間に肉塊に変ってしまうだろう。
「遠慮なく食うがいい。飯を食ったら、お前を森の外まで案内してやる」
「ありがとうございます。では、頂きます――うまっ」
異世界で初めて食したお肉は、あり得ない程の美味であった。
空腹も相まって手が止まらない。内心の不安をかき消すように、自分は肉を食べ続けた。
「ふぅー……ご馳走さまでした」
結局、お代わりまでしてしまった。
デザート代わりの果物も絶品だった。なんかめっちゃ甘いモモみたいな感じ。見た目はリンゴなのに。
「うむ、見ていて気持ちのいい食べっぷりだった。我々もこんなに食べたのは久しぶりだ」
「……久しぶりとは?」
「普段はなかなか狩りは成功しない。我々はこの森では弱い存在だからな。だが、人間のおかげで、これからは狩りが成功する確率は高くなる。感謝するぞ」
「いえいえ、そんなことは――」
「長、大変! 大変ダヨ!」
ゴブリンの長さんと話をしていると、一体のゴブリンが自分達の所へ駆け寄ってくる。どうしたのかと思えば、長さんになにやら耳打ち。
「――なんだと? 分かった、すぐに行く」
ゴブリンの長さんはなにやら慌てた様子で、他のゴブリンさんらと共に、洞窟の外へ。
なにかトラブルでもあったのだろうか?
しばらくしてゴブリンさんたちは帰って来たが、なにやら困ったような表情を浮かべていた。
「うぅむ……」
困ってる表情だよね? 眉をひそめてこっちをじっと見てくる様は、とてもおっかない。食べられないよね? 今更襲われたりしないよね?
「……人間。我々はお前を人間の住処まで連れていくと約束した」
「はい。して頂きましたね」
会ったばかりの自分を、話が通じるからという理由だけで人の集落まで連れて行ってくれると約束してくれたゴブリンの長さん、マジでいい人である。
「だが少々困ったことになった」
「……どうしたんですか?」
「付いて来い」
ゴブリンの長さんに連れられて洞窟の中を進む。
しばらく進むと行き止まりになった。
「あの……行き止まりですが?」
「ここから外に出る。今は岩で入り口を塞いでいるだけだ」
「ああ、なるほど……?」
岩?
岩ってひょっとしてこの目の前の壁にしか見えない巨大な岩の塊のことだろうか?
自分の身長の倍くらいある。
「ちょっと待ってろ。今開ける」
そう言ってゴブリンの長さんは目の前の岩に両手をくっつける。
「ふんっ!」
ゴブリンさんの筋肉が倍ほどに膨れ上がった。
あれだ。バンプアップってヤツだ。
めりっとゴブリンさんの足が地面に沈むほどに力を溜めると、ゴブリンさんは咆哮した。
「ふんっ……ぬぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
ズズズズズズズズッ! と。
岩が動いた。
「うそーん……」
見た感じ数十トンはくだらないだろう岩が動いてる。
それも結構な速度で、ゴロゴロと転がっている。
そのまま数メートル進むと、岩の隙間から明かりが漏れた。
どうやら外のようだ。
「ふんっ」
ゴブリンさんは岩を横にずらす。
……見間違いだろうか? 今、ちょっと岩、浮いてなかった?
持ち上げたの?
「人間、ここが出口だ」
「す、すごい開け方ですね……」
原始的とかそういう次元の開け方じゃない。
力こそパワーなマッスルセキュリティだ。
というか、ちょっと待って。
この開け方でさっきちょっと外に出てすぐに戻って来たってこと?
……筋肉って凄い。
「人間のおかげだ。あの秘薬で我々は凄まじい力を得ることが出来た。なのでちょっと入口に岩を置いて、外敵の侵入に備えるようにした」
「そ、そうですか……」
ちょっと……ちょっとかぁ……。
やはりプロテインの影響だったようだ。
凄まじいぞ、プロテイン。
「……あれ? でもこれ、普通の皆さんはどうやって開けるんですか?」
「え?」
「え?」
一瞬、ゴブリンさんはポカンとなる。
「……考えてなかった」
考えてなかったらしい。
しまったって感じのゴブリンさん、ちょっと可愛く見えてしまった。
困った顔の下にあるのは張りのある筋肉。
筋肉が困ってる。そう、大胸筋が困ってる。
「人間、どうすればいいと思う?」
「えーっと、普通サイズの方々が通れる別の入口を作ればいいのでは?」
「そうだな。そうしよう。ありがとう人間」
「いえいえ」
言った後で、でもそれだとせっかく岩で入口を閉じた意味がなくなるのではないかと思ったが自分で提案した手前、言い出せなかった。
ちょっとカモフラージュでもすればいいだろうし。
まあそれはとりあえず置いておいて、ゴブリンさんと共に外に出る。
「おぉ……」
思わずそんな声が漏れる。
目の前に広がるのは、アマゾンもかくやという程の大森林。
ゴブリンさんたちの洞窟は少し小高い丘の上にあったみたいで、目の前の森がある程度見下ろせる。なんかテレビ番組でしか見たことのないでっかい樹がそこかしこに生えてる。
でっかい樹に苔が生えて、細い蔦みたいな植物が絡みついて、カラフルなお花がその蔦から咲いている。というか咲き乱れている。めちゃくちゃ甘い砂糖菓子みたいな匂いまでする。
どうみても日本じゃないという確信。やっぱりここは異世界なのだろう。
「見渡す限り森ですね……」
「ここが我らの住む森、最果ての森だ。ここから真っ直ぐ東に進むと人間の住む集落がある……と思う」
「なぜちょっと疑問形なのですか?」
「ここに人間が来る事自体、珍しい。それに我々は自分達の縄張りから出ることが殆ど無い。人間はたまに勝手に森に入って来る。そして我々を襲い、他の魔物も襲い、奪うだけ奪って出ていく」
「あー、それはまた……」
ゴブリンさん目線だとそう見えるか。
というか、よくそんな認識で、自分は保護して貰えたな。
やっぱり話が通じるって大事。あと筋肉とプロティン。筋肉は裏切らない。
「それで、だ。ちょっと今、困ったことになってる。人間、下を見ろ」
「あ、はい」
ゴブリンの長さんに言われて丘から下を見ると、緑色の生き物がたくさんいた。
あれは……狼だろうか?
体毛が緑色の狼がうようよ居た。
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