第36話 やはり筋肉……筋肉は全てを解決する
さて、この状況をどうすればいいだろう?
目の前にはなんか怪しいローブの男性。
こちらは丸腰の男女二人。
いや、丸腰ではないか。
リュックにタブレットとか色々入ってる。
「……いちおう確認すっけど、ソースケって戦えるのか?」
ぽそっとモエギさんが小さい声で聴いてくる。
「いいえ、全く」
「だよな。戦いどころか魔法も碌に使ってるところ見たことねーし」
うん。申し訳ないが、自分は戦闘に関しては本当に素人だ。
魔法だって未だに一つも使えない。
モエギさんも戦えるとは思えなし、どうすればいいだろう……?
「仕方ねぇ。じゃあ、アタイがどうにかするしかねーか」
「え?」
意外な発言に目を丸くする自分を余所に、モエギさんは前に出る。
そしてすぅっと息を吸うと――。
「――カァッ!」
次の瞬間、彼女を中心に光のエネルギーが溢れ出した。
あれだ。最初にプロテインを摂取した時の光である。
あ、そうだ。プロテインだ。
モエギさんもプロテイン飲んでたんだった。
ダンッ! と、床に足がめり込むほどの踏込と共に、モエギさんは凄まじい速度を伴って、フードの男へ突貫する。
「おらぁ!」
「ぐっ……!」
突き出した拳が腹に命中し、フードの男は凄まじい勢いで壁に叩きつけられた。
激突の衝撃で壁の一部が崩壊し崩れ落ちる。
その光景に自分は唖然となる。
「も、モエギさん戦えたんですか?」
「ちょっとだけな。じーちゃんに比べりゃ全然だけどよ」
ちょっとってなんだろう?
それは比較対象がたぶんおかしいだけだと思う。
モエギさんのお爺さん――カラマツさんもかつては名うての冒険者だったし、プロテインを飲んで病気を完治させた今では、ホオズキさんたちに戦闘を指南するほどの腕前である。
自分からしてみれば、どちらもめっちゃ強いじゃんとしか思えない。
「ふぅー、やっぱこれ、使いこなすの難しいな。すぐに力が解けちまう」
モエギさんを包む光が消える。
同時に瓦礫の中から男が出てくる。
おぼつかない足取りで、その口からは血が溢れていた。
「……凄まじい力ですね。厄介なのは鬼人と狼だけだと思っていましたが、そちらの女性まで戦えるとは思いませんでしたよ……げほっ」
「随分と苦しそうですが、これに懲りて素直に引いてくれませんかね……?」
「……」
フードの男は少し考え込むような仕草をする。
「お断りします。確かにかなり傷を負いましたが、状況はまだ私が有利ですから」
「何故……?」
「外に居る魔物の中に一体、我々の特別製が居るんですよ。三等級の魔物を更に強化しています。その魔物の名はサイクロプス。稀人には分からずとも、そちらの彼女にはこれがどれだけ危険な存在か理解出来るでしょう?」
自信満々な男の言葉に、自分はモエギさんの方を見る。
モエギさんは愕然としていた。
「さ、サイクロプスだって……? 三等級の魔物の中でもとびっきり危険な魔物じゃねーか……」
「それ程の存在なのですか? 確かに等級で言えばホオズキさんたちと同じですが……」
むしろホオズキさんたちが負けるイメージって全然思い浮かばない。
いい運動になったなーくらいの感じでここへ戻って来ても全然驚かない。
「確かに等級じゃ同格だが、サイクロプスは強さだけなら二等級の魔物と変わらねーんだよ。ただ気性が穏やかで、めったに人を襲わないってだけで」
モエギさんの説明に、男はくつくつと笑う。
「その通り! 我々はそのサイクロプスを捕獲し、凶暴化させる実験をしたのですよ! 犠牲は出ましたが、その甲斐あって結果は上々! 視るもの全てを破壊する素晴らしい生物兵器となってくれました! こんな小さな里など、一時間もかからずに滅ぼしてみせるでしょう!」
「そ、そんな……」
「ふふふ、さあサイクロプスにこの里を蹂躙されたくなければ、大人しく我々と共に来ていただきましょうか? それともここで大人しく指をくわえて見ていますか?」
「ッ……!」
そんな危険な魔物まで居たなんて。
ホオズキさんたちなら大丈夫だと思いたいが、万が一のことがあったらマズイ。
ひとまずここは男の要求を飲むふりをして時間を稼いだ方がいいだろう。
「……ソースケ、どうする?」
「仕方がありません。ここは一旦、彼の言う通りにして時間を稼ぎましょう」
近くに居るエルフが異変に気付いてくれるかもしれない。
「わ、分かりました。言う通りにするのでその魔物を――」
自分がそう言いかけた瞬間、ズドンッ!!!!! と凄まじい音が広間に響いた。
「なっ……なんだ今の音は?」
「爆発、でしょうか?」
これも目の前の男の仕業かと思ったが、フードの男も困惑した様子で周囲を見回している。
ややあって、広間の扉が開かれた。
「すまん、遅くなった」
「ホオズキさんッ!」
入って来たのはホオズキさんだった。
「鬼人……? バカな。魔物たちの相手で手一杯だったはず……」
「そちらはナズナたちに任せている。もうじき片付くだろう。我は大将を仕留めたので、先に戻ってきた」
そう言って、ホオズキさんは何かを床に放り投げる。
ボロボロのそれは以前、狐さんに貰った魔石に似ていた。
それを見てフードの男の表情が変わる。
「ば、馬鹿な……! サイクロプスの魔石……? 二等級の、それも我々が強化した魔物を倒しただと!?」
信じられないと叫ぶフードの男の言葉に、ホオズキさんはぴくりと反応する。
ホオズキさんは凄まじい速さで言語を習得している。
特にモエギさんやカラマツさんの話す王国語なら既に他人と会話できるほどに。
「……そうか。あ奴の戦い方には、どこか違和感を覚えたが、貴様の仕業だったのか。戦いたくない者を暴走させ、無理やり戦わせるなど卑劣の極み。筋肉の風上にもおけん」
「き、筋肉? な、なにを言っている……?」
ごめん。それは自分も分からない。
だがこれで状況は逆転した。
フードの男もそれを理解してか、苦々しい表情を浮かべる。
「仕方がありません。この場は引いて――ぐがああああ!?」
「させると思うか?」
フードの男が懐から何かを取りだそうとした瞬間、ホオズキさんが一瞬で距離を詰めて男の腕を掴む。
しかしそこでフードの男は驚くべき行動に出た。
「ッ……仕方がありません。腕一本、差し上げましょう! 斬風!」
「貴様――ッ!?」
なんと魔法で自らの腕を斬りおとしたのだ。
その瞬間、男の体が光り輝く。
「ではさようなら――」
「待て!」
ホオズキさんが手を伸ばそうとするが、間に合わなかった。
光が収まると、そこには男の姿が無かった。
――エルフの里から離れた廃墟。
フードの男はそこに居た。
「ハァ……ハァ……ッ。なんなんだあの化け物は……」
斬りおとした腕を必死に押さえながら、フードの男は歯噛みする。
事前に聞いていたとはいえ、まさかあそこまでの化け物とは思わなかった。
ギリギリ転移魔法が間に合わなければ、果たしてどうなっていたか。
「くそっ……我々の計画が台無しではないですか……」
激痛に苛まれながら、ふらふらと立ち上がると、あるものに目がいった。
魔笛を握りしめながら、エルフの死体――サフランだ。
男の使った転移魔法は事前にしていた場所に転移する。
サフランが魔笛を使い、魔物の軍勢を召喚したこの場所は、彼らの隠れ家の一つだった。
苛立たしげに、男はサフランの死体を足蹴にする。
「くそっ! くそっ! この役立たずが!」
何度踏みつけても、腹の底から湧き上がってくる怒りと不快感は消えそうにない。
ともかく早く止血をして、ここを離れなければ。
「せめてこの魔笛だけでも回収して……。まったく上になんと報告すればいいか……」
降格は免れないだろうが、この馬鹿に責任を全て押しつけて、上手く立ち回るしかないだろう。それに稀人以外にも有益な情報も手に入った。
あの鬼人たちを利用できれば、サイクロプスを失った分など余裕で補てんできる。
いや、それ以上の戦力になる事は間違いない。
「ふふ、この借りは必ず返してもらいましょうか……」
男はサフランの死体から魔笛を回収し、頭の中で今後の展望を描きながら歩き出す。
そして不意に、前を見ると――。
「――――見つけたぞ」
あの鬼人が、居た。
「………………………………………………は?」
なんで?
どうして?
幻? 幻覚?
いや、違う。本物だ。
「なん、で……?」
男の疑問は当然だろう。
目の前で仁王立ちをするその鬼人――ホオズキは事もなげに答える。
「お前の魔力を辿って、急いでここまで走ってきただけだ」
「? ? ?」
意味が分からなかった。
魔力を辿るというのはまだ分かる。
だが走ってきた? 何で? 足で? 走ってきた?
あの世界樹の神殿から、この廃墟まで何十キロ離れていると思っているのだ。
「馬鹿な……そんな、いや、嘘だ! 出来るわけない! 転移魔法の使い手が仲間に居たのでしょう! それでここに転移して――」
「お前は何を言っている?」
混乱する男に、ホオズキはさも当然のように。
「――転移魔法を使うより、走った方が速いに決まってるだろう?」
「……」
走って追いかけた方が速い?
なんだそれは? 何を言っている? あり得ないにも程がある。
理不尽を体現したかのような存在が目の前に居た。
「もう一度、さっきの魔法を使ってみるか? 構わんぞ? どこまでも追いかけて捕えてみせるがな」
それはハッタリでもなんでもない、ただの事実。
「……は、ははっ」
男はその言葉を聞いて、口から渇い笑い声しか出なかった。
これは無理だ。
もうどうしようもない。
「…………降参します。お願いです。殺さないで下さい」
フードの男は、完全に心が折れてしまったのであった。
正確にはホオズキさんは魔力ではなく筋肉の気配を辿っています
意味が分からないよね。作者にも分かんない




