第33話 そして事態は急転する
「――お断りします」
自分はマッスールさんのお願いを断った。
困惑の気配が周囲から伝わってくる。
『な、何故ですか……?』
「そのエルフ――サフランさんが今回の騒動の原因であるならば、やはりまずはクレマさんやガネットさんへ話を通すべきです。いきなり、部外者の自分へ話を持っていくのは筋が通らないと思います」
『し、しかし説明したでしょう? 彼女達の力では……』
「だとしても、です。いきなり部外者である自分を頼るのは、やはり間違っていると思いますよ?」
何事も筋道は大事だ。
会社で最初に社長に直談判なんて出来ないように、先ずは上司に話を通す。
他社に話を通すのであれば、もっとちゃんと手続きをしなければいけない。
何故そうしなければならないかと言えば、そうじゃないと社会が成り立たないからだ。
そして、これはエルフの種族性を鑑みてのお返事だ。
例のサフランさんも含め、エルフは独自の価値観――まあ言ってしまえば種族至上主義の傾向が強い。
クレマさんやガネットさんも話の端々にそんな感じが見えた。
そんな中で、突然現れた部外者が世界樹から予言を受けたなどと言われれば、彼らはどう思うだろうか?
エルフの面子丸つぶれである。
下手をすれば、クレマさんは今の立場すら危うくなってしまうかもしれない。
自分達をこの里に招くことでさえ、おそらく相当な話し合いが行われたはずだ。
そんな中で、この相談は危うすぎる。
この世界でなんの立場も、しがらみもない自分がホオズキさんやカラマツさんにお願いするのとはわけが違うのだ。
……おそらくマッスールさんはサフランさんに毒を盛られて相当ナイーブになっているのだろう。
信じていた者に裏切られるというのは本当に辛いからね。
でもだからといって、今もなお、マッスールさんを信じてくれている者をおざなりにしていいということではない。
「マッスールさん、クレマさんにちゃんと説明しましょう。きっとアナタの力になってくれる筈です」
『……確かにソースケの言う通りですね。ふふ、我が子同然のエルフに裏切られ、少しだけ心の筋肉が弱っていたのかもしれません』
「心の筋肉」
『そうですね。クレマ達に全てを話します。話し合い、その結果、アナタ達を頼る事になるかもしれません。その時は、改めて我々に力を貸してくれますか?』
「ええ、勿論です」
それなら自分は喜んで協力する。
……まあ、力仕事ならホオズキさんたちに任せるしかないのだけど。
というか、断られたらどうしよう。そこまでする義理はないとか言われて。
マッスールさんには偉そうなことを言っておいてこれである。
自分もちゃんとホオズキさんたちに伝えなければ。
「じゃあ、まずがプロテインの治療を続けますね。とにもかくにも、マッスールさんに元気になって貰わなければ始りませんので」
『はい、お願いします』
という訳で、三杯目となるプロテインを注ぐ。
すると黒いシミはまた少し消えた。
だが、まだまだ残っている。
四杯、五杯と注ぐたびに、黒いシミはどんどん消えていく。
『あぁ、力が……力が漲ってきます。ワタシの病が完治する……素晴らしいです』
「……結局すべて使い切ってしまいましたね」
合計十五杯。今まで最高の量だ。
これで全てのプロテインを使い切ってしまった。
「では――最後の一杯を注ぎますね」
『はい、お願いします』
さようならプロテイン。今までお世話になりました。
十五杯目――すべてのプロテインを使い切ると、ついに全ての黒いシミが消えた。
さて、どうなるだろうかと見守っていると、すぐに変化は起きた。
ドクンッ、ドクンッと世界樹の鼓動は、自分の耳にもはっきり聞こえる程に、だんだんと強くなってゆく。
『素晴らしい……力が溢れてきます。病が治るどころか更なる力が……ん?』
「どうかされましたか?」
『今、何か里の近くで奇妙な気配が……これは……?』
ウロの中の水晶が明暗する。
いったいどうしたのだろうか?
『――ッ! マズイ! ソースケ、今すぐクレマ達に伝えて下さい! 大量の魔物がこの里へ向かっています!』
「な!? ど、どういうことですか?」
『ワタシにも理由は分かりません。ですが、事実です。すぐに防衛の準備を! ワタシの体にぷろていんが馴染むまではまだ少し時間がかかります! とにかく急いでください!』
「わ、分かりました!」
尋常ではないマッスールさんの声に、自分も急いでウロから出る。
広間で待機していたクレマさん達の視線が自分に集中する。
「おぉ、ソースケ殿。どうじゃ? 世界樹の治療は上手く――」
「マッス――あ、えっと世界樹さんから伝言です! 魔物の大軍がこちらに向かっていると」
「……なんじゃと? いったいどういうことじゃ?」
当然、クレマさんは困惑した様子。
しかし隣に座るガネットさんはハッと何かに気付く。
「ひょっとしてソースケ様の御力は世界樹との会話も可能なのですか? ですが、ご安心ください。この里には結界が張ってあります。たとえどんな魔物の軍勢であろうとも、これを破ることは――」
「た、大変! 大変です!」
ガネットさんの言葉を遮って、広間にエルフの神官が慌てた様子で入ってくる。
「何者かによって結界装置が破壊されました! さ、更に北東より大量の魔物の軍勢がこちらに向かっているとの連絡が……。じょ、女王様、指示を! 指示をお願いします!」
「なんですって……!?」
「結界が破壊されたじゃと……?」
神官エルフさんの報告に、今度こそクレマさんとガネットさんの表情が変わった。
結界の破壊。自分にはその犯人に心当たりがある。
あの神経質そうなエルフの男性――サフランさんだ。
いったい何故、そんなことをするのかは分からないが、彼が関係しているのは間違いないだろう。
「魔物の数は千体をゆうに越えます。それに三等級、四等級と見られる個体も多数確認されたと……。こ、このままでは……」
「慌てるでない。すぐに戦闘に参加できる者を北東の防壁へ向かわせろ。防衛に徹するだけでよい。その間に、神官はわらわと共に大規模魔法陣の準備を行う! 急げ!」
「はっ!」
「ガネット、お主が現場の指揮を取れ。住民の避難を最優先じゃ。よいな?」
「畏まりました」
クレマさんの指示の元、ガネットさんと神官エルフさんが広間を退出する。
「ソースケ殿よ、すまぬ。どうやら火急の事態のようじゃ。お主らはここに残っていてくれ。ここはこの里で一番安全じゃ」
「分かりました。……ですが、クレマさん、少々お伝えしたいことが」
「なんじゃ?」
「実は――」
自分は先ほど世界樹さんから伝えられた情報を、クレマさんへ話す。先ほどはああいったが、流石に状況が状況だ。伝えておかなければマズイだろう。
クレマさんは信じられないといった表情を浮かべる。
「サフランが……」
「はい。世界樹さんは確かにそう言っておりました」
「……分かった。奴の捜索も並行して行うとしよう。ソースケ殿よ、感謝する」
なんとか信じてくれたようだ。
クレマさんも広間を出て行き、自分達だけが残される。
とりあえず自分は、ホオズキさんたちに今しがたのやり取りを説明した。
「ふぅん。なんだかずいぶんな騒ぎになったわねぇ。魔物の大軍がこの里に向かっているなんて」
「ボク達、ここで大人しくしてていーの?」
「うむ、このままエルフの里が危険にさらされれば、ソースケも困るのではないか?」
「それは……確かにそうですが」
するとホオズキさんは立ち上がる。
「ならば我々も出よう。戦闘ならば我らも役に立つはずだ」
「勿論、ソースケはここに居なきゃ駄目よぉ? ああ、モエギもね」
「魔物の群れなんて、ボク達がぱぱっと片付けてくるよー」
「皆さん……いいんですか?」
自分の言葉に、ホオズキさんたちはきょとんとする。
まるで何を当たり前のことを言っているんだと言わんばかりに。
「当然だ。それに戦うのは我々だけではないからな。タンポポ、皆に伝言を頼む。エルフの里の北東に居る魔物どもを殲滅するとな」
「りょーかい」
「え?」
……みんな?
――エルフの里から少し離れた場所にて。
「――タンポポから連絡がありました。里の北東に出現した魔物の大軍を殲滅するとのことです。父上の言う通り、念の為、待機していて正解でしたね」
「がっはっは! ようやくワシらの出番かぁ!」
「うっほ! がんばるうっほ!」
三体の筋肉モリモリのマッチョゴブリン。
そして無数の大輪狼にまたがったゴブリン達が、凶悪な笑みを浮かべながら、今か今かと出番を待ちわびていたのである。
魔物の軍勢「頑張るんだ……!せめて2、3話くらいは……!」




