第31話 さあ世界樹さん、プロテインの時間だよ……
入ってきたエルフの男性はサフランと言うらしい。
その視線が自分に向けられた。
まるで汚物でも見るかのような視線だ。
何故、そんな目を向けられるのか、自分には心当たりがない。
ホオズキさんたちの目も鋭くなっている。
「人間……それに鬼人や魔獣まで……! ガネット! 貴様、聖域である世界樹の神殿をどこまで汚すつもりだ!」
「それはこちらの台詞だサフラン。彼らがここに居るのは、クレマ女王陛下のご意志だ」
「ッ……! 女王様! 何故、私の進言を却下なされたのですか! これは我らエルフの問題です! 部外者を呼び込むなど、誇り高きエルフにあるまじき行いですよ!」
……それは暗に女王様の意見を否定していないだろうか?
いいのか?
「……サフラン。現状を憂いるぬしの気持ちは痛いほど分かる。じゃが、我らだけで世界樹を治せぬことはぬしにも理解出来ておろう? なればこそ、わらわは予言に従い、彼らをこの里へ招いたのじゃ」
「しかし……!」
「しかしなんじゃ? もし余所者を招いて事態が収束するのであれば、わらわは喜んで余所者を招く」
「ッ……では、その者らが万が一、女王陛下に牙を向けたらどうするのですか?」
「わらわの眼には、ソースケ殿にそのような下心があるようには見えんかったから安心せい。もし裏切られたのであれば、その時はわらわの見る目が無かっただけのこと。それともなんじゃ――」
とんっと、クレマさんが軽く指でテーブルを叩く。
その瞬間、底冷えするような凄まじい圧がクレマさんから放たれた。
「ぬしはわらわが信じられぬとでもいうのか? それともわらわがその程度のだまし討ちで傷を負うと本気で思っておるのか?」
「ッ……いえ、失礼しました。女王陛下の御心のままに」
サフランさんは片膝を突き、額に冷や汗を浮かべながら首を垂れる。
自分も背中から冷や汗が止まらない。
「……凄まじいな」
「今まで見た生き物で一番の魔力ねぇ……。手合せ願いたいわ」
「こわー……」
「……」(ぶくぶく)
ホオズキさんとアセビさんは逆にとても嬉しそうに笑みを浮かべていらっしゃる。
タンポポさんは普通に怖がってるし、モエギさんは――ってあれ? モエギさん、気絶してない? だ、大丈夫だろうか?
とん、と再びクレマさんがテーブルを叩くと圧が消えた。
その瞬間、思わず大きく息を吐いた。
こ、怖かった……。めちゃくちゃビビった。
「まあ、よい。ぬしなりに、里を思ってのことじゃろう。下がれ」
「はっ……」
去り際に、その視線がもう一度自分たちに向けられる。
その視線に、自分はどこか違和感を覚えた。
ともすれば何かを焦っているような。そんな違和感を。
「……?」
扉が閉まると、クレマさんとガネットさんはやれやれと溜息をつく。
「……今の男性は?」
「サフラン。エルフの司祭の一人じゃ。優秀なのじゃが、あの通り少々頭が固くてな……」
「身内の恥をお見せして申し訳ありません」
ガネットさんが申し訳なさそうに謝罪する。
「構いませんよ。自分も似たような立場なら、同じような意見を出すかもしれませんし……」
このままだと会社潰れて社員全員路頭に迷うから外部に支援を求めるなんて、自分の居た世界ではよくある事だ。
しかし、先ほどのエルフのようにそれを『恥』と思う者も少なからずいるのも確か。自分達で何とかするのが筋だろうって。
結果的に、外部に助けを求めなくとも、自分達で何とか出来たというケースだってある。
立場が違えば意見も違う。
でも、どちらも現状を憂いているというのは同じだと思う。
「ソースケ殿は変わった価値観をお持ちだな。稀人は皆、そうなのか?」
「さて、それはわかりません。自分も他の稀人に出会った事が無いので」
「ああ、それで我が里にある稀人の記録が見たいと……。勿論、約束は守ろう。世界樹が救われた暁には、そなたの望むものは全て叶えよう」
「ありがとうございます」
とはいえ、成功するかどうかはまだ分からない。
「では、ソースケ殿。お願いできるか?」
「はい」
なんだかひと騒動あったが、とうとうプロテインの時間がやって来た。
ああ、背中からじっとりと汗が出る。心臓が痛い。
ともかく、ここまで来た以上は仕方ない。やるだけやってみるとしよう。
自分はカバンからプロテインを取り出す。
「それが……?」
「はい。これがプロテインです」
「ぷろていん……なんとも力強い響きじゃ」
「ええ、今にも体を動かしたくなるような響きですね……」
……真面目な表情で、そういうこと言わないでほしい。
クレマさんもガネットさんも顔面偏差値が凄まじいから、なんか物凄いシュールな台詞に聞こえてしまう。とはいえ、それは自分があくまでこの世界の人間ではないからだ。
おっと気が逸れてしまった。
目の前の事に集中しよう。
残ったプロテインは奇しくもタンポポさんたちに使ったのと同じソイプロテインだ。世界樹も植物だし、効果があると信じたい。
これを水に溶かして、この巨木――エルフさんたち曰く世界樹へと注ぐ――のだが、このサイズだ。果たしてシェイカー一杯で足りるだろうか?
とりあえずシェイカーにプロティンを大匙一杯、水を入れてシェイク。
「これを世界樹へと与えたいのですが……」
「では先程のウロに頼めるか? あそこならば、すぐにその効果も目視できよう」
「分かりました」
クレマさんに導かれ、再びホールの奥にあるウロへと向かう。
「では……」
シェイカーの中身を、世界樹のウロへと注ぎ込む。
……これでいいのだろうか?
自分の感覚としては、ただ地面――というか、巨大な木の足場にプロテインをこぼしているようにしか見えない。
しかし、注いだプロティンは、瞬く間に足場の木へと吸収された。
すぐに変化は訪れた。
ドクンッと、世界樹が大きく脈打ったのである。
「い、今のは……?」
クレマさんたちの方を見る。
彼女達も驚いたように目を丸くしていた。
「……まさか、今のは世界樹の鼓動か……?」
「じょ、女王様、あそこを見て下さい! 黒腐病の黒いシミが……!」
「なんじゃと……」
ガネットさんの指差す方向を自分も見る。
そこには黒いシミが消えていく様子が、はっきりと確認できた。
「黒腐の痕が消えたことなど、これまでなかったことじゃ……」
「これが聖なる白き雫の力……」
いや、ただのプロテインなんですけどね……。
まあ効果があったようでとても良かった。自分も肩の荷が降りた気分だ。
「……でもぉ、黒いシミはまだまだ残ってるわねぇ」
「え? あ、確かにそうですね……」
アセビさんの言葉の通り、ウロの中にはまだまだ黒シミが大量に見られた。
やはり量が足りないのだろうか? これだけ巨大な樹ならさもありなん。
自分は再びプロテインを混ぜ混ぜし、世界樹へと注ごうとした、その瞬間だった。
「むっ――ぬぅぉおおおおおっほおおおおおおお!」
突如、クレマさんが奇声を上げたのだ。
え? なに? いったいどうしたの?
「こ、これは……まさか!?」
それを見て、驚いた様子のガネットさん。
「知っているのですか、ガネットさん?」
「これはクレマ様が予言を授かる時の奇声よ」
「よ、予言……?」
というか、普通に奇声って言ってますけど良いんですか?
「んほああああああ! んほああああああ! おっほおおおおおお……ふぅ」
クレマさんがゴロゴロと地面を転がりながら、奇声を上げるが急に冷静になった。
うわぁ、急に冷静になるの怖い。
「予言を授かった。ソースケを除き、全ての者はこの場から去るのじゃ。それが授けられた予言じゃ」
ぽんぽんと、服の汚れを払いながら、とても冷静なお顔のクレマさん。
先ほどまでと同一人物とはとても思えない。
ホオズキさんたちにも伝えるが、少々難色を示した。
「……ソースケを一人にしろというのか?」
「不安ねぇ」
「一緒に居ちゃだめなの?」
彼らの言い分は、自分としても同意するところ。
このウロの中に一人とか、ちょっと――いや、だいぶ心細い。
自分で言うのもなんだが、か弱いわが身なのである。
「ソースケ殿に一切、危険はおよばぬ。それも予言として授けられた」
「クレマ様の予言は絶対です。外れたことはありません。故に、ソースケ殿の身に危険が及ぶことは万に一つもありませんので、ご安心ください」
クレマさんとガネットさんの言葉に、ホオズキさんたちも渋々従う。
そして皆さんが出ていき、ウロの中には自分一人だけが残された。
……いや、なんで?
ちょっと不安だけどしょうがない。
まずはプロテインである。
再びプロテインを世界樹へと注ぐ。
ドクンッと静かな脈動と共に、黒いシミがまた少し消えた。
まだ足りないか。
『――すか……』
「ん?」
三杯目を作ろうとしていると、なにやら誰かの声が聞こえた気がした。
しかしここには自分しか居ない。
気のせいだろうか?
『――聞こえますか、稀人よ……。この声が聞こえますか……?』
今度ははっきりと聞こえた。
「き、聞こえます。この声は……アナタは誰なのですか?」
なんという神々しい声なのだろう。
今まで聞いた誰よりも澄み渡り、それでいて心地よい声音。
『ワタシはエルフたちが世界樹と呼ぶ存在です』
「せ、世界樹……!? 世界樹に意思があるのですか?」
『その通りです。私はこの地を統べる世界樹。名をマッスール・ジムトレイニーと申します』
「……………………はい?」
なんて?




