第30話 エルフの女王様と世界樹の容態
神殿の中の通路はとても広く、先が見えない程に長かった。
そこを進み、階段を上がり、更に通路を進む。
もうこれ、ガネットさんがいないときっと帰り道が分からないかもしれない。
足もだいぶガクガクになった頃、大きな広間へと辿り着いた。
「おぉ……」
エルフの里に来てから、何回目になるか分からない感嘆の声。
広間はドーム状になっており、壁全体が木の幹なのだが、そこにゴブリンさんの洞窟でもよく見かけた水晶がそこかしこに生えている。おかげでちょっとしたプラネタリウムのような光景だ。
「……綺麗」
「すご……」
アセビさんやモエギさんも目を奪われている。
「よくぞ参られた。イグチ・ソースケ。我らが救世主よ」
すると、ドームの丁度自分達が入ってきたところは反対側の方から声が響いた。
見れば、そこにはこれまで出会ったエルフの方々とは明らかに違う服装の女性が居た。
「彼女が我らエルフの里の女王クレマ様です」
この御方が、エルフの女王。……確かにとてつもない美人である。
ガネットさんや他のエルフさんも整った容姿であったが、この人は別次元だ。
目を奪われる程の美貌とは、まさにこの人を指す言葉だろう。
「クレマじゃ。お初にお目にかかる」
「い、井口総助です。お会い出来て光栄です」
「ほぅ……古代エルフ語。本当に我らの言葉を話すのか。ガネットの手紙にも書いてあったが、実際に話してみるまでは信じられんかったのぅ」
クレマさんは興味深そうに自分に視線を向ける。
止めて下さい。変に意識してしまうではないですか。
すると、アセビさんが背中を軽くたたいてきた。
「ソースケ、デレデレし過ぎ」
「そーだよ。相手が美人だからって気ぃ抜いてんじゃねーよ」
ガネットさんの時と同じように注意されてしまった。
というか、何故そんなに不機嫌なのか分からない。いや、違うな。確かに、職場の同僚が大事な取引先相手に、鼻の下を伸ばしていれば不機嫌になるのも分かる。
自分もそんな風に気を抜いた後輩によく注意をしていた。
これは素直に反省せねばなるまい。
「申し訳ありません、二人とも。自分はもう大丈夫です」
「ふんっ」
「へへっ」
表情を引き締めた自分に、アセビさんもモエギさんも機嫌を直してくれた。
「では救世主殿よ。さっそくじゃが本題に入らせてもらおう」
「はい」
「ガネットから聞いていると思うが、我らの至宝、世界樹が今、危機に瀕しておる。これをお主の力で治してもらいたい」
「危機っていうけど、具体的にどういった状態なのですか? 里のエルフの皆様のご容体から察するに大変な状態なのは理解していますが……」
ぶっちゃけ世界樹そのものはとても健康的に見えた。
そもそも自分には植物の状態なんてよく分からないし。
うむ、とクレマさんは頷く。
「表面上は問題ない。表面上は、な。……問題は中身なのじゃ。こちらに来て欲しい」
「……?」
手招きされるままに、更に世界樹の奥へと進む。
ホオズキさんたちも自分の後に続く。
広いドームの広間の先には、木のウロだけの空間が広がっていた。
とはいえ、広間と違い、こちらは暗くてよく見えないけど。
「ここから先は、文字通り世界樹の中じゃ。我らエルフにとっての聖域。限られた者しか、見ることを許されぬ。さあ、見るがよい」
クレマさんが手をかざすと、ウロのあちこち生えている水晶が光り輝き、内部をより明るく照らす。
同時に、自分達の目にも、それははっきりと分かった。
ウロのあちこちに黒く変色した部分があったのだ。それはともすれば腫瘍のようにも見えた。
「こ、これは……」
「すっげー痛々しい感じだな」
「すごく嫌な感じねぇ……」
「この樹、とっても悲しそうだよ。すっごく苦しんでる」
それぞれ感想を漏らすが、総じて、内部の痛々しさを感じているようだ。
自分もその痛ましさを感じながら、周囲を観察する。
するとある事に気付いた。
「……ん? あの削ったようなあとは?」
黒々とした変色部分の周囲には、削り取ったような跡もあったのだ。
「治療のあとじゃ。数年ほど前から世界樹は黒腐病と呼ばれる病にかかった」
「黒腐病……聞いたことがあんぜ。樹を黒く腐らせて殺しちまうやっかいな病気だ。進行が早ぇ上に、周囲の木々にも伝染するし性質がわりぃ。森が丸ごとやられちまったって話もあるくらいだ」
モエギさんが忌々しそうに説明する。
森を丸ごと腐らせるなんて、とんでもない病気だ。
「小娘、お主よく知っておるな」
「森の薬師だからな。じーちゃんが教えてくれた」
「よく学んでおるな。では黒腐病の対処法は知っておるか?」
「症状がまだ浅い内なら黒い部分を間引く。どうにもならない場合は、木そのものを焼いちまって、それ以上拡散されるのを防ぐ、だったかな」
「その通りじゃ。普通ならばそれで充分対処できよう。しかし、それが世界樹の場合だとどうなる?」
「どうなるって――あっ」
モエギさんは何かに気付いたようにハッとなる。
クレマさんも頷く。
「そうじゃ。規模が大きすぎて、間引くことも焼き払う事も難しいのじゃ。表面化した部分を切り取る事で、なんとか症状を抑えてはいるが、それも一時的な処置に過ぎん。ここから見えぬ内部は更に深刻な状態に陥っておる。このままでは世界樹は死に、周囲の森まで汚染され、我らエルフの里は滅ぶこととなるじゃろう」
「……」
世界樹の状態を確認した我々は一旦、ウロから出る。
ドームの中へと戻ると、用意してあった席に着く。
うーん、なんかとんでもない規模の話になってきたぞ。
「……里の人達はこのことを知っているのですか?」
「いいや。詳細を知っているのはわらわとガネット、それに一部の神官だけじゃ。世界樹の悪い噂を、民に広めるわけにはいかんからの。とはいえ世界樹の衰弱はすでに里のエルフ全てに伝播しておる。異変はもう周知じゃろうな……」
確かに、ここへ来るまでに見たエルフの皆様は誰もが体調を崩されていた。
世界樹が原因とは気付いていても、どうにもならないのだろう。
「原因も分からず、対症療法しか出来ぬ日々が続いた。じゃがある日、予言を授かったのじゃ……」
「予言……?」
「わらわの固有魔法じゃ。『その者、あまねく全ての命と言葉を交わし、聖なる白き雫を持って世界樹を救わん』――そう、告げられた」
ガネットさんが言っていたのと同じだ。
クレマさんは自分の手を取る。
「ガネットから見つけられたと聞いた時は、歓喜に震えた。これで……これで世界樹を、里を救うことが出来ると。頼む、イグチ・ソースケ殿。世界樹を救ってほしい。もしそれが叶うのであれば、わらわに出来るいかなる対価でもソナタに支払おう。じゃから、どうか……どうか……」
「クレマ様……どうか、どうか涙をお拭きください……」
すぐにガネットさんが駆け寄り、クレマさんの肩に手を添える。
涙を流し、悲嘆にくれる女性を見て、自分が言えることは一つしかない。
「……分かりました。成功するかどうかは分かりませんが、自分に出来ることは全てやりましょう」
なんて言ってみたものの、内心はもう心臓バクバクである。
……これ、失敗したら、本当にどうしよう……。
「――失礼します!!」
そう思っていたら、不意に後ろの扉が勢いよく開かれた。
「……?」
何だろうと思って見てみれば、そこには痩せ細ったエルフの男性が居た。
今まで見たエルフ同様、整ってはいるがどこか神経質そうな顔。
これまで見たエルフの神官さんよりもちょっとだけ上等な感じの衣装だ。
その人物の登場に、ガネットさんが不機嫌そうな表情を浮かべる。
「サフラン……貴様、不躾に入ってくるとはいったいどういうつもりだ? 女王陛下の御前であるぞ?」
「……それはこちらの台詞だ。けがらわしい人間や鬼人をこの聖域に招くなど、貴様こそどういうつもりだガネット……!」
怒気を孕んだ声音。
にらみ合う二人には火花が散っているような幻覚すら見える。
え、なに? どういうこと?




