第29話 エルフの里
中へ入ると、エルフの里の町並みが露わになる。
木造建築が多いが、特徴的なのは、樹木そのものをそのまま加工しているような造りになっている建物が多い。
ツリーハウスに近い。山の中のアスレチック施設みたいだ。
露店で売っているものは木の実や野菜が多いが、自分達が作っているような燻製肉や魚の干物もある。
でも……。
「……なんか活気がないわねぇ……」
「そうですね……」
周囲を見回してみても、人々に元気がないのが如実に伝わってきた。
不意に視線を向けたると、露天商のおじさんがぎこちない笑みを浮かべてくる。
「……おや、人間や鬼人が来るとは珍しいねぇ……。げほっ、兄ちゃん、よければお一つどうだい? ……って、言葉なんて分からねぇか。げほげほっ……」
「あ、いえ、分かりますよ。試食させて頂けるのですか?」
「げほっ……に、兄ちゃん、エルフ語が話せんのかい? 俺達の言葉が話せる人間は何人か知ってるが、そこまで流暢に話せる人間に会ったのは初めてだぜ。ほら、ウチで採れたリンバだ。うめぇぞ」
おじさんからリンゴのような果実を受け取る。
かじってみると、味もまるっきりリンゴだった。王林っぽい味わいだ。自分の好みである。
「美味しいですね……!」
「そうだろう、そうだろう。がはは……げほっげほっ」
先ほどから随分と咳き込んでいる。
大丈夫だろうか?
「あの、先程から随分と具合が悪そうですが、大丈夫ですか?」
「……ああ、すまねえな。ここ最近、めっきり体力が落ちちまってよぅ。どうにも世界樹様が元気ないのが原因かもなぁ……」
「ちょっとアンタ! ……げほっ」
「ッ……ああ、すまねえ。今のは聞かなかったことにしてくれ。げほっげほっ」
奥さんらしきエルフの女性が露店の親父さんを諌める。
世界樹はエルフの文字通り根幹。
世界樹が弱れば、エルフも弱る。ガネットさんの言った通りだ。
確かにこれは一大事だ。
親父さんは何事もなかったかのように、リンバを数個、こちらに渡してくる。
「これは?」
「そっちの鬼人たちの分だ。鬼人の言葉はわかんねぇからな。兄ちゃんが渡してくれ」
「ありがとうございます」
というか、鬼人とはなんだろうか?
ホオズキさんたちはゴブリンでは?
するとコソッとガネットさんが耳打ちしてくる。
「彼らにはこの里に入った時点で変装の魔法を使っております。流石に、ただのエント・ゴブリンでは悪目立ちしてしまいますので。鬼人は亜人の一種で、エルフにもある程度認知されています」
「……なるほど」
「ちなみに大輪狼の皆さんは柴犬に見えるようにしています」
「……なんで?」
なぜ柴犬?
いや、自分も好きだけどなぜ柴犬?
「可愛いからです」
ガネットさん、断言。
「……」
「どーしたの、ソースケ? そんなにボクの顔になにかついてる?」
タンポポさんは大きさで言えばライオンの倍以上はある巨体だ。
柴犬どころか秋田犬よりも遥かに大きい気がするけど……。
ちらりと店主の方を見る、
「いやぁ、そんな大きな柴犬も初めて見たけど、可愛いもんだなぁ」
受け入れられてた。
普通に受け入れられてた。
すごいな、柴犬。異世界でも大人気じゃん。
「……その、鬼人――彼らが怖くはないのですか?」
「ん? ああ、そんだけ強い魔力の鬼人にゃ初めて見たが、そもそもあぶねぇ奴はこの里には入れねぇからな……げほっげほっ」
ちらりとガネットさんの方を見る。
「……エルフは里を訪れた者に対しては寛容です。それはすなわち、同族の誰かに認められたということですから。あの結界は同族の許しが無ければ入れませんから」
なるほど、だからこそよそ者である自分達もある程度受け入れてもらえると。
「……もっとも、それも世界樹が正常な状態であればこそ。もしこのまま世界樹が枯れてしまえば、この里を覆う結界も消えてしまいます。そうなれば受ける被害は甚大なものとなるでしょう」
「確かにそれは一大事ですね……」
改めて感じる自分へのプレッシャー。
プロテインへの祈り。どうか効いて下さいマッスル。
「あら、この果物本当に美味しいわねぇ」
「うむ、これなら皆への土産に丁度いいやもしれん」
不安で仕方ない自分の後ろでは、ちょっと観光気分のホオズキさんとアセビさん。
「ソースケ、これはどうやって貰えばいいのだ?」
「支払ですか……」
ガネットさんの方を見る。
「私がお支払致します。この程度、自由に申し付け下さい」
「……助かります」
ガネットさんへお礼を言う。
後で知ったが、エルフの里では独自の通貨がちゃんとあるらしい。
両替所のようなところもあり、そこで他国の貨幣や物品と交換してもらえるのだとか。また、露店によっては物々交換も可能らしい。
「人間の社会ってめんどうねぇ……」
「そーだねー。ボクの頭だとよく分かんないや」
「数が増えればそれだけ手間も増える。貨幣か。よく考えられた仕組みだ。とはいえ、現状では我々には必要のない仕組みだな」
アセビさんとタンポポさんにはあまり興味がない様子だが、ホオズキさんは貨幣経済に一定の理解を示していた。
現状、という部分からも、群れが大きくなれば取り入れようとも考えているのかもしれない。
……一度聞いただけで、経済の仕組みに興味を持つなんて。ホオズキさん、本当に凄い。
色々と露店を見物しつつ、里を進む。
誰もが具合が悪そうで、心が痛んだ。
だが、それが幸いしてか、これほど目立つ顔ぶれにも拘らずそこまで注目されなかった。
「――この辺りまでが商業区となります。ここを先が行政区となります」
商業区を抜けると、町並みがまた変わる。
ツリーハウスのような建物から、どちらかと言えば自分の居た世界のような近代的な造りの建物が多く見受けられる。
しかし素材は石やコンクリートではなく全て木材である事は一目でわかった。
「ガネットさん、これらの建物は本当に全て木で造られているのですか?」
余りにも見事な作りに思わずガネットさんに訊ねてしまう。
すると、彼女は少し誇らしげな表情で語る。
「勿論です。基礎から、支柱、壁の一枚一枚に至るまで、全て木材で作られております。岩や土も使っておりません」
「はぁー、信じられねーな……。どんな強度の木だよそりゃ……」
自分だけでなくモエギさんも同じ感想だったらしい。
「ひょっとして世界樹を木材として使っているのですか?」
「そのような蛮行を行うエルフが居れば、百の極刑に処しても、まだ足りぬでしょうね」
ひぇ……。
ガネットさん、顔は笑っているが、目は全く笑っていない。
「失礼。余りに無礼な言葉でしたね。撤回させてください」
「ありがとうございます。とはいえ、エルフ以外に世界樹の価値を理解するのは難しいでしょう。木材には緑王樹と呼ばれる木を加工したものを使っています。それを木組みと呼ばれる釘を使わない工法で建てるのです」
「……え? 木組み?」
「へぇー、釘を使わないで建物を建てることなんて出来るのかよ?」
ぽかんとする自分。ちょっと半信半疑なモエギさん。
「木材同士をはめ込むことで強度を保つんですよ。とはいえ、これは王国や帝国では使われていないエルフ独自の工法ですので、知らないのも無理はありません」
「ふぅむ、興味深い技術だな」
「私達の拠点でも役立ちそうな技術ねぇ」
ガネットさんの説明を伝えると、ホオズキさんたちも興味深そうに耳を傾けたが、自分はそれどころではなかった。
木組みは自分が居た世界の伝統的な工法だ。
偶然、こちらの世界でも同じ工法が考案されたとは考えにくい。
間違いなくエルフの里にも自分と同じ稀人が居たのだろう。
おそらくは建築に精通した人物。この里にある稀人の記録とは、きっとその人が残した記録に違いない。
そんな感じで歩いていくと、行政区を抜け、ついに世界樹の根元までやって来た。
改めて感じる世界樹のスケールに圧倒される。
もはや大きすぎて樹ではなく『巨大な壁』としか思えない程だ。
根元のウロのような部分には、行政区で見た建物と同じ木材で作られた神殿のような建物があった。
「あれ、誰かこっちに来るわね」
「む……?」
すると前方から神官のような服装のエルフさんたちがやってきた。
「ガネット様! ご無事でしたか!」「ガネット様!」
「皆の者、心配をかけたな。手紙にあった予言の救世主をお連れした。クレマ女王への謁見を」
「おぉ、こちらの御仁が例の……。畏まりました。……げほっ」
神官っぽい人たちの視線が自分に向けられる。
やはりここへ来る途中に見たエルフさんたち同様、顔色が優れない。
「……ガネット様、後ろの鬼人の方々は……? それとずいぶんと可愛い柴犬ですな」
「救世主様の護衛だ。安心しろ。礼を失しない限り、我々に牙を向けることはない」
「畏まりました。……げほっ」
「では皆様、こちらへ……」
神官っぽい人たちは、自分達を見てもなんら動揺する事もなく、中へと通される。
……やっぱりタンポポさんたち柴犬に見えるんだ。
「ここが我らの中枢になります。クレマ様もお待ちです。さあ、こちらへどうぞ」
「はい」
と、平静を装っているものの、内心はバクバクだ。背中の汗も凄い。
ホオズキさんたちは涼しい顔をしているが、自分は平静を保つので精いっぱいだった。
さあ、いよいよエルフの女王様とのご対面である。




